その11 家の火元にご用心
一時間ほどして、ベガは帰宅した。
インタビューの嵐によって、かなりの疲労があったのだろうか。あまり力を使いたくなかったようで、歩いて帰路をたどった様子。大きな怪我が無いようで、本当によかった。体が安堵に包まれる。
「ああ鈴香、来てたんだな」
「貴方とルイさんが、心配だったから」
ベガは納得したものの、何かを考えている。
「差し詰めオイラたちは、歩く精神安定剤ってやつか」
……あー。
なんとなく、上手いかも。
「物騒ね。薬剤なんて」
薬が嫌いなのか、鈴香は若干嫌そうな顔をしているような。
その後からは、再びいつものような、明るい時間が過ぎて行った。
三人で近況を語り合ったり(主に鈴香が聞く形になるのだけれど)、トランプで遊んだりもした。この時ばかりは鈴香も力を使わないでいるのか、僕たちが勝てることも結構あった。
そしてしばらくが経過して、事件が起こる。
「なあ……ルイ、何か臭わないか?」
言われてみれば、確かに。
「お前、何か忘れてないか?」
そういえば、そんな気がする。
ベガが出かける前に何か……何か……。
「まさかと思うけど、ガスコンロのスイッチ、止めてないなんてこと……ないよな」
「あっ」
「「…………。」」
「ごめんなさい。止めてません」
「お前ってやつはっ! さっきからの今じゃないか!」
「フフッ。やっぱり」
「鈴香、何笑ってるんだ!」
「とっくにこうなること、分かってたもの。見えてた」
「「言って(くれ)よ!」」
だがこれで先ほどの謎が解けた。鈴香はベガのことで笑っているのと同時に、このガスコンロのボヤ騒ぎを予知して、あまりに馬鹿げていたために笑ってしまったのだ。
「ルイ、何ニヤニヤしてるんだ。そんなことよりも、今は見に行かないと……うわっ!」
鍋からはドス黒い煙が立ち込めている。
臭いし、キッチンが異常に暑い。
「内部塗装が焦げてる…!? ルイ、鈴香! 急いで水を汲むんだ!」
「はいいい!」
「任せて」
電源をオフにして、直ちに消火活動に入る。
幸いにも大事に至ることは無くて、早急に消し止めることができた。だけどまさか、塗装がそのまま発火に繋がるなんてことがあるなんて。
水だけなら焦げたり焼けたりしないと思ったけれど、そんなことは無いんだね。
「勉強になりました」
「勉強だけで済ませるなよ。お前の場合は、学習をしてよ」
「うう、胆に銘じます……」
「分かってくれるならいいんだよ。お前は素直だ。素直なのはいいことだ」
確かに、真面目に答えているけれど、自分は本当に素直なのだろうか。
「じゃあ、オイラは部屋で休んでるよ。色々あって疲れちゃった」
「うん、わかった」
ベガがリビングの扉を閉めると、部屋の中は静寂に包まれる。
何だか寂しいなあ。
あれ、寂しいって。
「……鈴香?」
また、突然いなくなっちゃった。挨拶ぐらいしてってくれればいいのに。
それからしばらくして、妹のユメは学習塾から。父さんは仕事から帰宅する。いつもならもう少し早く帰ってくるはず。恐らく残業してきたのだろう。お疲れだろう。
でも、これだけは正直に伝えなくては。
「父さん、ごめん。鍋焦がしちゃった」
僕は焦げた鍋を父さんに見せる。
「いいよ。鍋の一つぐらい。俺も昔は良くやらかしたからな」
「信じてたよ父さん。きっとそんなことだろうと思ったよ」
「劣性遺伝、なの?」
「サラッと親父をディスるなよお前たち……」
僕の皮肉と妹の毒舌に対し、即座に反応した父さん。流石だ。
「まあ劣性とも限らんけどな」
って……よく考えたらユメの言い方って、遠回しに僕も下に見られているよね!?
「そういえば、ベガはどこに行ったんだ?」
「部屋でゆっくりするって。疲れたんだってさ」
今日は色々なことがありすぎたんだ。だから、仕方のないことかもしれない。
「フム……まあフライパンは無事だろうし、何かしら作れるだろう」
「多分大丈夫。コンロは無事だから」
「よし、じゃあ久しぶりに俺が作るか」
父さんは、どっかでゆっくりしてなと言い、準備を始める。




