その9-B 予言の少女
数分ほど経過した。先ほどから玄関の付近で、そわそわと腕を組んで、うろうろとする。窓は既に音無しく、動くことはない。それが余計に、僕を不安な気持ちにさせた。
もし、この火災がきっかけで、ベガを失うことになったならば。
……それを考えるだけで、胸が苦しくなってくる。
僕の力では、ベガを助けに行くことはできない。僕はただ、予知夢を見るだけだから。僕も行ったところで、足手まといになるだけだ。そんな自分自身に苛立ちと、憤りすらも感じる。
ベガは出会った日からずっと、『自らの命より、他人の命を優先する』という意思を持ち続けている。例え他人であっても、人の命に関わることを聞くと、黙ってはいられなくなる。だから僕は、その度にベガを止めていた。なのに今日は。
「もしベガに何かあったら……」
室内に力無き声が溶けて行く。
信じているとはいえ、もしものことだってある。最悪の事態に陥ってしまったら、自分はどうすればいいのか。それが分からない。
「ある時の夜天流衣は言った。自らが見た夢を、現実のものにしたくは無い、と」
一人の空間では、有るはずのない返事が聞こえてくる。
僕は、この声を知っている。気づいたら側にいて、様々な助言をくれる。だが、再び気づいたらその場にいない。
そんな神出鬼没な存在の「音咲 鈴香」。この声は彼女で間違いは無い。
咄嗟に後ろを振り向く。そこには、神々しさすら感じさせる姿。初めて会った時から何一つ変わっていない、そのサラサラなロングヘアー。白いベール。白人ではないかと思うほどの、薄い肌。僕らと同じほどの背丈をもった、その身体。誇張など抜きに、現代に生きる天使のような容姿をした、金髪少女がそこにいる。
彼女は、突然僕の前に現れ、そして、気づけば気体のように消えていく。そのため、僕でもその正体や思考、企みや考えは、何一つとして理解していない。
「鈴香……どうしてここに」
「貴方たちが心配になったの。貴方の心が不安定になっているし、あの子は炎の中に飛び込んで行くし」
「……ベガを信じてる。でも、不安なんだ」
「大丈夫。今回の事件では、未来は消えたりしない」
鈴香はふわりと、僕の頭を撫でる。
この暖かさは、僕を安心させてくれる。鈴香は、僕やベガが苦しんでいたり、悩んでいたりしたときに、神出鬼没に表れて、助言をしてくれる。それにはいつも助けられていて、そして、支えられてきた。
「今から数分が経過した頃、再び速報が流れるはず。それをしっかり見て」
ハタから聞いたら意味の分からない言いまわしが、先ほどから続いているが、要するに彼女もまた、僕と同じで「予知」ができるようだ。
ただ、僕のとは違い、寝なくとも予言をすることができる。パッと言い当てる。何だか超能力者みたいだと、今でも思う。
僕の予知が夢でかつ、当たりハズレがあるのに対し、彼女の予知はほぼ確実だ。彼女の予知が外れたことは、今までにないのだ。
鈴香にわかったと伝え、テレビの電源をつけると、男性リポーターが無我夢中で話していた。
『えー、先ほど不思議な現象が起きました。何やら高速で動く何かが、炎の勢いを増す民家の中に入っていきました。えー、また、その物体が、人間のように見えたという話も出ていたんですが、人間だとしたら在り得ないスピードであったので、実際の所、よく分かっていません』
「これ、もしかして」
「そう、その通りよ。でも大丈夫」
鈴香は断言した。全員助かると言い切ったのだ。その一言を述べた瞬間、事態は好転する。
『あ! 見てください、誰かが出てきました! 良く見ると、赤髪、赤髪の中学生の女の子……でしょうか? 女の子です!』
「ベガっ!」
その後も男性リポーターの熱い実況は続く。
『なんとッよく見ると彼女は老人を抱えています。それだけではありません、赤ん坊やその母親もいます!! 恐るべきことに、疾風の如く現れた謎の少女。彼女のおかげで三つの尊い命が、救われたのです! ああ、なんと、他の巻き込まれた民家にも入って行ったかと思えば、既に逃げ遅れた人を抱えて出てきています! 速い、速すぎるぞ。彼女は一体何者なのでしょうか。天から舞い降りた神の使い。天使だとでもいうのでしょうかッ!』
「くっさい言いまわしね」
「そうかもね。でも……」
確かに臭い言いまわしだけど、少なくとも僕は、情を揺するものがあると感じた。
「僕、人の感情に入り込み易いみたい……」
炎の中苦しんでいた人たち。ベガの苦労。そして、リポーターの言い回し。これらが脳から目元で複雑に絡み合い、結びつき、そして、ハラハラと落ちていく。
「相手の意見や言葉、更には思いを真摯に受け止められる。誰が否定しようと、それがあなたの素晴らしい所」
また、優しく頭を撫でられる。照れくささで、顔が赤らんでしまった。鈴香を見ると、優しく、静かな、それでいて暖かい笑顔を浮かべていた。
この後すぐに、これらの民家は倒壊した。後少しでも遅かったら、被害に遭った家族は助からなかったことだろう。それと同時に、ベガも……。
僕は心の底からベガを信じていた。そして同時に、被害を少しでも減らそう。被害に遭う人を、少しでも減らそうとしたのだ。きっと、ベガを止めなかった理由もこれだろう。
そして今、夢は現実になってしまった。けれど、その中でも最悪の末路は、防ぐことができたのではないだろうか。
……でも、彼に向けて言いたい。
「命は大切にしてほしいな」
「そうね、簡単に死んじゃったら、私も見に来た意味がないから」
なにそれと、僕は笑う。
「ふふ、テレビを見て」
普段あまり表情を出さない鈴香。彼女が笑い出すのは珍しいことだ。
驚きつつも、僕も何事かとテレビに目を向ける。
「……ありゃあー」
ベガが、その場に来ていた取材陣に取り囲まれていた。
『住人を救ったことに対して、何か一言!!』
『えー、っと、な……なんだこれ、カメラ!?』
テレビカメラを見たことがないベガにとっては、新鮮なものだろう。
『先ほどの高速に映った物体は、あなたですか!?』
『え、ちょ……』
『どうして炎の中に入っていったんですか?』
『なんで人だかりが出来てるんだ!?』
質問に答える余裕が、ベガには無い様子。
『かわいいね、お茶しようよ』
『ごめん、後にしてっ!』
『ワサフィ新聞ですけど、貴方の事を記事にしていいですか?』
『普段から人を助けてるんですか!?』
『話題の研究所の方ですか?』
『身体を強化すると言われる万能細胞、SQAP細胞はありますか!?』
あまりに意味の分からない質問になった辺りで、ベガは辛そうな声を出し始めた。
『ああ、ぅぅ……るい、助けてぇ……』
あまりにも多い質問攻め(責め)に、混乱してしまったようだ。ちょっと可哀想だけど、普段は見ることのできない、ベガの可愛らしい部分を垣間見ることができた。
「帰りは遅くなりそうだね」
「ふふ、そうね」
鈴香の笑いの目線が、テレビとは別の方向にもあった気がするけれど、きっと気のせいだろう。




