テイク1 月の来訪者(5)
「星伽お嬢さま! 瑠琉南どの!」
道路脇へ停めたリムジンから降りて来る、星伽ん家の運転手兼執事の、長身でスレンダーなお姉さん。星伽がオレと一緒に帰れない日は、このひとがリムジンで迎えに来る。
「ああ、こんばんは、如月さん」
「こちらのほうで大きな音がして、心配して迎えに参りましたが……お嬢さま?」
ずっとオレは、星伽をお姫さまだっこしたままだった。もっとこーして……いやいや。
しぶしぶ星伽を、運転手の如月さんに引き渡そうとする——が、
「えーと、ちょっと近くで落雷があって……ん? 星伽?」
ぎゅっとオレにしがみついたまま、離れようとしない。
「瑠琉南さん……こ、怖いです……っ」
「起きたか。……わかった、家までついてってやるよ」
仕方なく、そう仕方なく——オレは星伽を抱いたままリムジンの後部座席に収まり、無事に家まで送り届けた。コイツん家のセキュリティは要塞並だから、まー安全だろうな。
「………………………………」
オレは、自分の家の玄関を入ったトコロで、制服姿のまましばし絶句していた。
「おお、お帰り。遅かったやないか。道草はアカンで? もぐもぐ」
「………テメー、ココで何してやがる?」
「何って? 見てのとーり、お食事中や。ンマイなこのバナナ、むしゃむしゃ」
「バトルしてたウサギっ娘二羽は?」
「楽勝や! いつもどーり、時空の彼方へ仲良く跳ばしたったで。豆乳豆乳。ごくごく」
「掛かっていた鍵はどーした?」
「あー、不用心やなー。あんなチャチい鍵、二秒で外されてすぐにドロボーに入られてまうで? お? ソーダアイス発見♪ しゃりしゃり。ンマンマ!」
「ド・ロ・ボ・ウ・は・テ・メ・エ・だああああぁぁぁ——————————ッッッ!!!」
怒髪天を衝くとはこのコトだ。
「まー落ち着けや。昔の若者はキレやすいのう。カルシウム足りないんとちゃうか? ホレ、豆乳でも飲んどけや。オゴるで?」
その外見だけムダに美しい少女は、全開にした冷蔵庫の前であぐらをかいて座ったまま、オレのお気に入りのカルシウムたっぷり豆乳バナナ味の紙パックを、どんっと床に置いた。
「ソイツはオレん家のだ! 勝手に不法侵入して飲み食いしてんじゃねええぇッ!」
マジで、オレの逆立ったクセ毛が低い天上を突き破りそーだ。胸ぐらを掴むオレの左手。
ぺろんっ。あ、何かめくれた。
「ちょ!? チョイ待ちーや! ウチはそーゆー趣味はあらへんで!?」
「お!? オオオレだって、た、たた多分ねーよ! 多分……その……」
「? 何赤くなってんねん? ソレより、家庭内暴力はアカンで? DVや。でぃーぶい」
「『家庭内』って、テメーは赤の他人だろーがッ!」
「ちゃうで、ルルナ。ウチはな、立派な家族やで」
「——————は!?」
まさか、ウチのオヤジの隠し子……とか。
はは、ヤルなぁ。亡くなったママと同時期に他の女と…………オヤジ殺す。
するとその銀髪と金髪がミックスした少女は、めくれた衣装をもとに戻し、これまで見せなかった天使のような優しい笑みを浮かべ——
「ウチは、ルルナの七代後の子孫——『リリオ』や。『リリオ・ザ・ムーンテイカー』。二百年後の月から、はるばる来たったで。よろしゅーな」
溶けたソーダアイスでベットベトになった左手を差し出した。オレはその手をがっしりと掴み、
「おーそーかそーか、オレの子孫か。よく来たな、熱烈歓迎——って、そんなワケあるか!」
ぐりっと外側にひねった。
「あいだだだッ!?」
「テキトーなコトぬかしてんじゃねーこのコソドロがッ! オレは今まで、子孫ができるようなマネをした覚えはねーし、きっと、これからも……」
男と結ばれるコトなんて——ゼッタイに……ムリだ。
「い、いや何でもねえッ! そもそも何で七代もあとの子孫が、今ココにいるんだ? アイツらも言ってた、二百年後から来たって話は——ホントなのかよ?」
「……あー、信じとらんようやな? 証拠はこのタレ目やで。どや?」
ぐっと顔を近づけるリリオ。
……うッ、コイツ、見た目だけはマジでカワイイな。
たしかにそのタレ目の輪郭は、鏡の中のオレとそっくりだ。でも、
「そ、そんだけじゃあ、証拠にはなんねーだろ?」
「うーん。そやな……。ほな、一緒にお風呂でも入ろか? 家族水いらずや。お風呂だけに♪」
……がくっ。オレの全身から力が抜ける。
「何でそーなるんだよ?」
「まーまー。入ればわかるで、入れば————」