テイク10 月の簒奪者 (ザ・ムーンテイカー)(2)
「瑠琉南さん、おはようございますっ」
走り去る、十条家の黒リムジン。
いつもの時間通りに、家の前で満面の笑顔をたたえた黒髪の天使は、この街一番の名家、十条家のご令嬢にしてオレのヨメ、もとい親友——十条星伽。
通称——『氷の星伽』
氷のように澄んだ、儚げな瞳。
さらさらと音を立てる、腰まで伸びた黒絹のような髪。
雪のように白く抜けたその美肌。
その清廉な姿はまるで、氷でできた女神の彫像のようだ。
ああ、今日もオレのヨメはカワイイなぁ……。
ちなみに、帰りは星伽の家まで送ってやってる。
「おう、おはよ、星伽」
「お、おはようございます〜! 十条さん。……あむ」
隣家の玄関から。先ほど制裁を加えたレイが、内股で頭を押さえ、パンをくわえながら慌てて出て来た。マンガのキャラか、オマエは?
「レイ、遅い! 二秒遅刻! ウサギ跳びで登校な!」
「え? そ、そんなー……。瑠琉南さーん……」
「冗談だバーカ」
「うふふ。おはようございます、レイくん。……あの、そのあごのバンソーコーは? ケガしちゃったんですか?」
「こ、これは……、さっき瑠琉南さんに、頭を踏——」
「わーッ! な、なんでもねーよ! ちょっと朝から、オレとじゃれあってただけだ!」
「……そ、そうですか……。朝から……、瑠琉南さんと……」
なんだかしょんぼりしてしまったように見える、学年ナンバーワン美少女。
あれ? コイツがレイを好きなんじゃないかってのは、オレの一方的なカン違いだったはずじゃあ……?
でもなんとか元気づけねーと……そーだ!
オレは胸の間から、いそいそとあるモノを取り出した。
「これ……、昨日星伽ん家で、池のまわりを散歩してたときに拾ったんだけどよ……。忘れてて持ち帰っちまった。返すよ、きっと大事なモンなんだろ?」
「これは……? キレイですね、白いヒスイの……勾玉の首飾りですか? えっと、見覚えはありませんけど……。あ、でも昨日、うちにドロボーさんが入ったみたいで、落としていったのかも」
「え!? マジか!? ゆ、許せねえッ!」
そんな最低なコトするヤツの顔が見てみてえ! 見つけ出して調教してやる!
「でも盗まれたのは特に必要でもない、お倉に入っていた骨董品ばかりでしたので、警察にも届けてませんよ。……じゃ、じゃあこれはっ、瑠琉南さんからの、わ、わたくしへのプレゼントってことでっ! か、家宝にします……っ!」
なぜかセリフを噛みだした星伽が、その細い首をそっと差し出し、
「瑠琉南さん……。わ、わたくしにそれを……、かけていただけますか?」
「……あ、ああ。いーぜ」
白い組み紐を持ち、どきどきしながら、白い首にソレをかけてやる。
両手で、その長い黒髪をふさあっ! っと上に抜いた星伽は、
「ありがとうございますっ! ……うふっ。これ、瑠琉南さんの三日月のペンダントと、少し似てますね? ちょっと、おそろいですね……」
透きとおった頬を桜色に染め、これ以上はないといった感じで、幸せそうに笑った。
——うわぁ………………。
白いヒスイの勾玉を清楚な胸の前に下げた星伽は、まるで日本神話の女神か、おとぎ話に出てくるお姫さまのようだ。実物を見たコトはねーが。
いつか、コイツに好きになってもらえるヤツは——宇宙一の幸せ者だなぁ。
もしハンパなヤツだったら、即調教だな!
「よ、よく似合ってるな、星伽」
「は、はい! あ、ああありがとうございます……」
親友からのプレゼントがそんなに嬉しーのか。桜色を通りこして、その美顔はもうまっ赤に染まっている。テレる美少女って最高だな!
ヤバい! このとんでもない破壊力の笑顔をこのまま堪能してたら廃人に、いや遅刻しちまう!
「よし! そろそろガッコーへ……」
「うわあああぁぁっ!?」
——なんだ!? 星伽のお宝を狙う、賊の襲撃かッ?
突然のレイの悲鳴に、瞬時に振り向きファイティングポーズをとると、
「ごめん瑠琉南さん。足の付け根に力が入らなくって、転んじゃった……」
「ち。しょーがねーなぁ。ま、さっきはほんのちょっとだけやりすぎちまったな。ほら立てレイ! 久しぶりに手をつないでやっから。ガッコー行くぞ!」
レイの手を握って、ぐいっと立ち上がらせる。すると——
——ぎゅ。
反対側の手を、星伽が握った。
「……星伽?」
「あ、あの、ご、ご迷惑ですか?」
「い、いやいやいや! とんでもねえ!」
「でしたら、わたくしもこのままで……」
そーしてオレたち三人は、まるで幼稚園児みたいに手をつないで登校した。
ふと。上からダレかの視線を感じて、空を見上げる。
そこには——
満月よりも少しだけ欠けた白い月が、オレたちを見守っていた。
——ような気がした。もう陽も高いし、幻か。
「? 瑠琉南さん、どーしたの?」
「……いーや。なんでもねーよ、レイ」
「瑠琉南さんっ。昨日レイくんと作ったクッキーの残りをお持ちしたので……、休み時間に召し上がってくださいねっ?」
「あ、ソイツはいーな! みんなで食おーな!」
「は、はいっ!」
「うん!」
こんな関係が、いつまでも続けばいーかなと——ふと思う。
でも、きっとそーゆーわけにもいかねーよな——とも思う。
『人というのは、変わるのです』って、たしかどっかのエラいひとも言ってたしな。
まあ。そんな先のコト考えてもしょーがねーよな。
だって——
——未来なんて。まだ、なーんにも決まっちゃーいねーんだからな!
……いよいよ次回、最終話『エピローグ』にて堂々完結だよっ!




