テイク10 月の簒奪者 (ザ・ムーンテイカー)(1)
「ど わ あああああああああああああああああぁぁぁぁぁ————————あっっっ!!!」
朝っぱらからの、大絶叫。
とんでもない悪夢にうなされたオレは、狭い布団から飛び起きた。
下着だけちゃんと着けて寝る派のオレだが、寝汗でもうぐっしょりだ。……うん、寝汗だ。
シーツには、まーるいシミが。……世界地図? いや、このウサギのようなまん中のシルエットは——月面図か! ……寝汗で月面図。ある意味アートだ。
時計を見ると、六時二十分。ガッコー行くまでまだ時間はある。
朝から洗濯だな、こりゃ……。
いつもの夢なら。黒タキシード姿のオレと、純白ウェディングドレスの星伽が、教会で……といった鉄板パターンなんだが——今日のは、まるで違った。
初めて夢で見る、純白ウェディングドレス姿の、オレ自身。
意外と——わ、悪くないよーに思えた。その、バカデカい胸を除いては。……今よりもデカくなっちまってるんじゃねーか?
ココまでは、まだいい。許容の範囲内だ。
問題は、白タキシード姿の、その相手。
——レイ、だった。
ガキのころから、オレの後ろをウロチョロ付いてくる、まるで子犬の豆芝のような、人畜無害な幼なじみ。兼、下僕。
ところが夢の中のレイは——今よりも二十、いや三十センチは背が伸びていて——ぶっちゃけ、ものすごいイケメンになっていた。
この間告白してきた『二組イチのイケメンボーイ』なんて、まるで比較にならない。アイドルデビューしていてもおかしくねーほどだ。
まさかアイツ、大人になったらあんなになっちまうのか……っ?
でも普通なら。
誓いのキスの寸前で目が覚めるのが、いわゆるお約束だ。
でも、しかし。コトもあろうに。
キス……どころか! そのまま、決して放送できない禁断のイベントシーン……、もとい、めでたく(?)結ばれ——しまいには、なぜか金髪と銀髪ミックスで、ちょっとタレた目もとがオレにそっくりな、満月のようにカワイイ女の赤ん坊まで生まされちまったああああぁぁ!
——最悪だ!!!
オレの秘密その一。中身が男なオレは、イケメンが死ぬほどキライだ!
世の中に、イケメンほどキモい生き物はいねえッ! だってそーだろ? 『イケメン』だぜ?
よりにもよって! オレが! イケメンと!
——瑠琉南さん。『大切な宝ものは、みんなくれる』って約束だったよね? 今から、それをもらうよ——
夢の中で、オレを軽々とお姫さまだっこしながら、まつ毛の伸びた瞳をキラッキラさせたレイが吐いた、不気味極まりないセリフが脳内にフラッシュバックする。
——そんな約束、した覚えはねえッ!!!
キモい! キモすぎる!
「う…………え。うえええええええええええええええええぇぇぇぇぇッッッ!!!」
猛烈な吐き気をもよおしたイケメンアレルギーのオレは、慌てて洗面所へと駆け込んだ。
「ううう……。まだ口ん中がすっぱい……」
制服に着替えたあと、狭い二階のバルコニーで、早朝から布団と洗濯物を干すオレ。
白い下着の上下を、洗濯バサミに挟みながら、ふと思う。
あんな夢を、見ちまうなんて。
でもオレも一応……ほら。健全な、し、しし思春期だし。
もしかして、もしかしてオレ——
「…………たまってんのかなぁ…………?」
「あはははは。瑠琉南さん、ずいぶんたまってたんだね? ……洗濯もぎゃふううんっ!?」
パジャマ姿で向かい側のバルコニーに現れ、のどかな感想をもらした犯人を目撃したオレは、一瞬のうちにそこへ飛び移り、股間を蹴りあげて秒殺した。
「……………………ひ、ひどいよ、瑠琉南さん………」
内股で床へくずれ落ちるレイ。朝から調教だ!
「レイィッ! ダレのせーでこーなったと思ってやがる! テメーなんか、テメーなんか再起不能になっちまえッ! いろんな意味で!」
「…………え? ど、どーゆー意味?」
真顔でそう返されて、恥辱に顔を赤らめたオレは駄犬の頭を踏みつけながら、
「う、うるさいっ! オレはテメーに乙女の一番大切な宝ものを奪われて、月のものが来なくされちまうっつー、リアルな悪夢を見ちまったんだよっ! こっ、このドロボー犬! 月の簒奪者! 『ザ・ムーンテイカー』っっっ!!!」
————? 『ザ・ムーンテイカー』?
「……え? え?」
オレの口から飛び出した意味不明ワードに、バルコニーにはいつくばったまま、きょとんとするレイ。
オレ自身も、なんでこんな知らない造語を突然吐いちまったのか、まるで検討もつかない。
でも。なぜかドコかで、聞き覚えのあるような……?
「る、瑠琉南さん、僕そろそろ着替えないと、遅刻しちゃうよ……」
「ち。しょーがねえ、朝の調教はココまでだ。今日もガッコーまで散歩に付き合ってやるから、いつもどーり十分後に家の前に集合な! 遅れんなよ!」
「う、うん……」
頭を踏まれたままだから、直接目をあわすのは不可能だが、終止伏し目がちなのが気に喰わねえ。
「テメー、返事はひとの目を見てしろって、いっつも………………ん?」
ふと、気付いた。オレの制服スカートは、星伽に『ぜったい短いほうがカワイイですっ!』とそそのかされて以来、けっこー短い。
まあ、オレみたいな暴力女がスカート長いと、完全に昔のヤンキーみたいだからな。
そう、だから、つまり……。
「————きゃっ!?」
な、なんだ!? 今のオレの声か!? どっから出た!?
慌ててスカートの裾を押さえるオレ。
コ、コイツ相手に、いや生まれて以来、こんな気持ちになったのは初めてだ。
「れ、レイ……っ。おっ、怒らねーから教えろっ。今日のお空の色は……何色だ?」
「え? ………………………………そ、空色?」
そしてオレは、再びゆっくりと左足を振り上げ————
「記憶を失っちまえッ! このエ●駄犬があああああああぁぁぁ————————ッ!!!」
「ぎゃふううううううぅぅぅんっっっ!?」
早朝の澄み切った青空に、哀れな子犬の悲鳴がこだました。
 




