テイク9 地上最強の獣(2)
——グ オ ア ア アアアアアアアアアァァァァァ————————ッッッ!!!
咆哮で答えるティラノサウルス。ハンパないプレッシャーだ。まさに暴君。
でも勝算がないわけじゃーない。オレの左手での頭なでなで攻撃は、マンモスにも、ケルベロスにも効いた。幽霊でさえ、ちょっと効果があった。
——頭さえ、なでられれば!
本気になったのか、これまでよりもはるかに早いスピードで襲いかかってくる大アゴ。
「はああッ!」
右へジャンプしてかわすオレ。すぐに追撃してくるが、次は左へと避ける。その次も、左——
——バグンッ、バグンッ、バグンッ、バグンッ!
空を切る牙。だんだんリズムがつかめてきた。
オレはタイミングを見計らって、真上へと跳躍する。
よし、このまま頭上に乗って——
「——!? いねえッ!」
真下にあるはずの、巨大な頭が、ない。
ぶうんッ! と、空気が鳴る音。
高速で横回転している巨躯。空中のオレに迫り来る、極太の尾。
「フェイント!? しまったッ!」
恐竜図鑑で、読んだ。ティラノサウルスの目は、獲物との距離を正確にはかるため、立体視が可能だったと。
発達した視覚と、二足歩行。まるで人類のように、知能が進化した可能性は——ある。
もしかしてコイツ、ただの肉食狂の獣じゃーなく——かなり、賢い——?
でももう、後の祭り。空中へ跳んじまったオレに、為すすべはない。
体を丸め、両手で頭をガードし、最強の衝撃に備える。
ムーンクロスの防御力の上限は知らねーが……、意識をトバされちまったら、終わりだ——
「————《大満月◯衝撃波》————!!!」
——ッッッド ッ ゴ オ オオオオオオオオォォォ————————ン!!!
とてつもない衝撃をくらい、池の中まで吹き飛んだのは——恐竜王のほうだった。
「なんやールルナ。危ないトコやったなー♪」
聞き覚えのある声に、オレが振り向くと——
「リ、リリオッ!?」
その姿は——髪は、完全に金色で発光している。両目は、これも満月のように黄金色に輝く。細い三日月だった髪留めも、満月のように丸くなって金に発光。そして全身からも、黄金色の光のオーラがあふれ出している。
「『満月の涙』——さっすが超高効率エナジーの塊やー、こーんなに効きよるとはなー♪ 元気びんびん! エナジー満タン! 『リリオ・ザ・ムーンテイカー』ココに復活ッ!!! あなたのお宝を、テイクしちゃうぞっ♪」
……何がびんびんなんだ?
しかし、超巨大Tレックスを一撃で倒しちまうとは……。強い。強すぎる。
これが、『リリオ・ザ・ムーンテイカー』本来の姿か。だったら——
「なんでテメーは最初っから助けねーんだよ!?」
「だってルルナ、ヤル気まんまんやったし。……うぷぷ、『人類代表』やって! 『類人猿代表』の間違いやないかうぐぐぐぐぎげ!?」
「ダレがゴリラだゴラァッ! 調教だッ!」
「タップタップ! ……ふぅ、首絞めは反則やで。でもこれで、ティラノサウルスとタイマン張ったって自慢できちゃうやろ!」
「う。そ、ソレは……できるかッ! 頭イカれたと思われるだろッ!」
「あーでもこんなん久しぶりやー♪ 今のびんびん状態なら、あの勝ち逃げ女にも勝てた……ん?」
——ガ ア ア アアアアアアアアアァァァァァ————————ッッッ!!!
池の中で、怒りの咆哮とともに立ち上がる恐竜王。
さすが地上最強生物。不死身か?
しかしダメージはかなりのようで、その足もとはふらついている。
「ち。しゃーないな。本気出してトドメや——《大満月◯衝撃波》——最大出力ッ!!!」
——ピイイイイイイイイイィィィ——————ンッ!
見えないほどの速さでサインコードを切りながら、天空へと突き出されたムーンテイカーの両手の平に——超特大、直径十メートルほどの黄金に輝く光の玉が出現する。
「デカすぎだろッ!? ハラん中のウサギごと殺す気か!? っつーかオマエ、動物は攻撃できねーんじゃなかったのかッ?」
「肉食獣は、適応除外や」
……犬だって一応肉食だろ。
「あ!? わかったで! 見せ場をとられてすねとんのやろ? 困ったご先祖やのう。まー、ウチらはチーム——『ムーンテイカーズ』やもんな。……そや! ウチ、アレやりたい! アレ!」
光の玉を消したリリオは、オレの後ろで震えていた、水色ポニーテールのウサ耳警官のほうをチラ見する。
「アレって……、まさか!?」
「ほな、ウチから行くで! 合わせろやルルナ! と——————うッ!」
超高速でサインコードを形成しながら天高く跳び、華麗な月面宙返りをかますムーンテイカー。
「ち! しょ、しょーがねーなぁ! とうッ!」
オレも、リリオにクロスするように月面宙返り。実はけっこーノリノリってわけじゃーないからなっ!
そして、がしっとお互いの両手の平と、ムダにデカい胸どうしを組み合わせ——空中でくるくるとドリルのように回転しだす。
「あ! あれは、ハーレクイーンさまとレッキスのっ!?」
驚愕の表情で叫ぶウサ耳警官。
「えー感じやルルナ♪ ——行くで! 新・必・殺!」
技の名は、だいたい想像がつく。コイツはなんでも盗んじまうからな。そう——
「「——《双月◯螺旋脚》————————ッッッ!!!」」
《マキナ》の力で爆発的に回転を加速。
先祖のオレと子孫のリリオは——まるでDNAの立体構造のように螺旋状にきりもみしながら、よろよろとこちらへ歩いて来ていたティラノサウルス・レックスへむけて、超長距離回転ドロップキックをブチかました。
——グ ゴ ア ア アアアッッッ!?
みぞおち? あたりにその直撃を喰らった白亜紀の王は、苦しそうな咆哮をあげて、池の中へ仰向けに倒れこむ。
その拍子に——ぽーんと口から何かを吐き出した。
「なんか出よったで」
光の翼を出現させて宙に浮いたリリオは、ソレを無造作に岸のほうへと蹴り飛ばす。
「ハ、ハーレクイーンさまっっっ!?」
両手を広げたレッキスが、大事そうにピンク色の光の繭をキャッチすると、
「う……」
わずかにうめく、中のピンク髪のウサ耳警察官。直後に、光の繭も消失した。
長いウサ耳はぐったりとしていて意識はないが、どうやら無事のようだ。
一方オレは、倒れた暴君の胸あたりに着地すると、間違っても池に落ちないよう気をつけながら、横向きになった頭の上までたどり着き——
「よーし、よし、いー子だ……。今からオマエは、オレの下僕だ——」
——グルルルル……
左手の平で、恐竜王を怪獣、いや懐柔した。……効いちまった……。
「よしリリオ、いーぞ! もとの時代へ帰してやれ! ……間違っても、未来のペットショップに売り飛ばしたりすんなよ?」
「い? いややな〜、そんなわけあるかいな〜」
ぎくりとした表情で、なぜかサインコードを途中から切り直すムーンテイカー。
しかし、満月びんびんモードのリリオが切るサインコードは、速すぎて見えない。通常の三倍増しか? そして、あっという間に——
「完成したで。よい子はお家へ帰る時間やな。——《時間◯跳躍》——」




