テイク9 地上最強の獣(1)
夕陽に染まり始めた池の中から、まるで怪獣映画のように水面を盛り上げながら出現したのは——ガキのころ、図鑑やトレーディングカードでよく目にした、オレの好きな恐竜ランキング堂々一位——ティラノサウルス・レックスに間違いはなかった。
しかも——デカい! 尻尾を入れた体長は十五、いや二十メートルぐらいある! 高さ的にも、二階建てのオレん家の屋根よりはるかに上ぐらいだ!
なんてコトだ! みんな助かり、リリオもお宝を手に入れてハッピーエンド……どころか、星伽には何かカミングアウトされそうになり、あげくに、地上最強、史上最悪のプレデターまでココに降臨しちまった!
「「ひゃああああああっ!」」
おまけに——水辺をばしゃばしゃと走ってこちらに逃げて来る、白いウサギコスチュームの小さな女の子たちは、
「ハーレクイーンと、レッキス!? 戻って来ちまったのかッ! 白亜紀からティラノサウルス連れて!」
「た、助け……あっ!? ハーレクイーンさまっ!」
「ぶひゃあっ!」
足をもつれさせたハーレクイーン三世が、ばっしゃーんと派手にすっ転ぶ。
——ソレを見逃す恐竜の王ではなかった。
近年の、鳥類の親戚で動きは機敏だったとゆー学説を裏づけるかのように、一瞬で間を詰め獲物に襲いかかる。
「——《究極:障壁》——最大出力っ!!! びひゃあっ!?」
大口で噛みつかれる寸前。ピンク色の光の繭を展開した当代ハーレクイーン。だが、その障壁ごと、ばぐんっと剣山のような牙にくわえられる。
「ハーレクイーンさまあっ!?」
「ぐぐぐぐぐぎう……っ!」
必死の形相で、おそらく全てのヴァイタル・エナジーを障壁へ注ぎ込み、口の中で耐えるハーレクイーン。でも、オレの持ってたトレカの解説によると——その咬合力は最大八トン。持つのか?
すると、史上最悪のプレデターは、
——ごっくん。
上を向いて、哀れな子ウサギを噛まずに丸呑みにした。
「ハーレクイーンさまああああああぁぁぁッッッ!?」
レッキスの悲鳴。
マズい! このままじゃー全員コイツの餌だ!
「『湖月』!」
『衣更月』を抜いた如月さんの、赤紫色の斬撃が水面を走る——と見せかけて、実体は上空だった真の一撃が、ティラノサウルスの頭部に命中。
だが、鎧のような分厚い皮膚になんなく弾かれる。
「くっ、効かない!?」
地上最強の獣の、赤く充血した瞳が、ぎろりとこちらを見すえる。
振り向くと、小草さんは恐怖のあまりすでに失神。星伽も真っ青な顔で尻もちをついて震えている。とても走って逃げられる状態じゃーない。
「如月さん! 星伽と小草さんを安全なところへ!」
「!? 私は……、いえ、承知しました!」
『私は残って戦います』と言いかけたが、冷静な判断で星伽と小草さんの安全を優先し、迅速にふたりをかかえて離脱する如月さん。さすがだ。自分が万全でないコトも認識している。
そしてオレは、またがっていたレイから離れ、
「レイ! リリオ! 動けるな? ふたりも逃げろ!」
「る、瑠琉南さんは?」
「心配すんな! オレがこれまで負けたコトがあったか? いーから走れ! これは命令だ!」
「……う、うん!」
全力で駆けだす、変わらず従順な子犬。
次に——返事のない、ヴァイタル・エナジーを使い尽くした状態のリリオを確認しようとすると、
「よ、よくも——っ! ハーレクイーンさまを返せぴょんっ! ——《雷電・撃》っ!」
激昂したレッキスの、水色の雷が水辺を走る。
Tレックス対レッキス。だがその結果は明らかだった。
力ないレッキスの電撃は、なんのダメージも与えられない。
——グオアアアアァァァッ!
ひと吠えしたTレックスの巨大なアゴが、小さなレッキスに襲いかかる。
「ひあああ………………あっ!?」
間一髪。レッキスをお姫さまだっこして、すぐに岸にあがるオレ。
「あ、ありがとうですぴょん……。でも、ハーレクイーンさまが……」
腕の中で幼い顔を紅潮させ、水色の瞳とポニーテールをふるふると振るわす、ウサ耳警察官(小)。あ、ちょっとカワイイ……。でも胸がデカいから減点。
「オマエら、ヴァイタル・エナジーがほとんど残ってないんだろ? 空飛ばずに走ってたし」
「そ、そうですぴょん! 向こうで温泉に浸かってたところをティラノサウルスの群れに襲われて、なんとかほとんどの個体を無力化したんだぴょん。でも、一番大きいアイツだけはどーしてもムリで、おまけに、一時的に《マキナ》が異常をきたして……」
《マキナ》の異常?
そーか、さっきレイが死にかけたとき。子孫であるリリオのじーさんが《マキナ》を異世界から盗んだという事実も、消えかけてたんだな。
「でも危ういところで急に復旧し、慌てて《時間・跳躍》したら、ちょーど襲いかかって来たアイツも一緒に跳躍しちゃったんだぴょん! おかげで、おかげでハーレクイーンさまは……、うううぅぅ〜」
ぼろぼろと、涙を流す水色の子ウサギ。
「心配すんな! アイツはハラん中できっと生きてる! 『ハーレクイーン』の名を継ぐヤツが、そーカンタンにくたばるはずねーだろ? ココはオレにまかせとけ!」
「は……はいですぴょん」
震えるレッキスを地上へと降ろす。
星伽ん家の敷地の端までは一キロぐらいあるが……、ティラノサウルスに外へ出られたら、大変なコトになる。
コイツは、ココでオレが食い止める——全てのひとたちを、オレが護るッ!
攻撃体勢を整えた史上最強の獣の前に、オレは拳を向けて立ち塞がる。
これまでサシのケンカで負けたコトはねえ! 相手にとって不足なしだ!
「来やがれ古代の恐竜王! オレの名は奈月瑠琉南! 悦びやがれ! 現代人類代表として——オマエを調教してやるッッッ!!!」
次回、瑠琉南 × ティラノサウルスっ!?
 




