テイク8 満月の涙 (フルムーン・ティアーズ)(3)
あおむけに倒れたままだが、姿がはっきりともどったムーンテイカーが、手の平で『あたし』の涙を受け止めていた。
そして胸の間から、小さく透明な小ビンのような容器を取り出す。フタを開けると、涙のかたまりが中へと吸い込まれていく。
手の平に残った涙をペロリと舐めたリリオは、
「そーゆーコト、やったんやな。『満月の涙』は、高純度なモノに宿る——『乙女の涙』ほど純粋なものなんて、この世にあらへんやろ? 強さと、純粋な想い——きっとソレが、『適合者』の条件なんやな」
「へ……?」
ま、まさかオレの涙が、超時空の秘宝——『満月の涙』だと?
秘宝を所持するにふさわしい者——『適合者』って、そーゆーコトか……。
でもそんなコトよりも。今はリリオも無事だったコトが、オレにとっては——
「リリオ! よ、よかっ——————」
——がっしゃ————ん!
大きな衝撃音に振り向くと、
「せ……星伽……!」
——エプロン姿で呆然と立った星伽が、重そうな赤い自動体外式除細動器(AED)を、地面へと落っことしていた。
小草さんも、側に立っている。どうやら一緒にAEDを持って駆けつけてくれたようだが……。
——ドコから、今の話を? ソレよりまさか、オレとレイの、きききキスシーンまで、見られていた!?
イッキに涙が止まっちまった。
ふと、己の現状を整理してみる。
オレの衣装は、その高露出度と透明素材で、下手すると下着よりエロい『ムーンクロス』。初代星伽とリリオに空けられた大穴は、多少再生したのか小さくなってはいるが、ソレでもその大胆さに拍車をかけている。
そんなカッコウでレイにまたがり、ムダにデカい胸を押しつけ、涙を流しながらぎゅうっと抱き締めている。
言い逃れは、ムリだ——
「あ、あのな星伽。これは……」
「よ、よかったですね! レイくんが、無事で………………………………………うっ」
声を絞り出した星伽は、両手を顔にあて、ひざをついて泣き出してしまった。
「お、お嬢さまっ!?」
後ろで慌てふためく小草さん。
レイが無事でよかったというのは、もちろん星伽の本心だろう。でもソレと同時に——オレとレイがこーしているコトがショックなのは、その表情からも明らかだ。
きっと状況を聞いて、慌てて駆けつけたはずだ。好きなひとの命を、救おうと。
でも現場では、オレが……。
初代星伽に、『あの子をよろしくお願いします』と頼まれたのに。さっそく、泣かしちまった……。だが、
「すまねえ、星伽。一刻を争う事態だったんだ。しかたなく——」
そうやって言い訳……なんか、しねえ。
親友に、オレは嘘なんかつかねえ!
「——ってだけじゃねえ。オマエがコイツを、す、好きなのは、知ってる。……でも! ソレでも! オレは——」
「——————違うんですっっっ!!!」
これまで聞いたコトのないほどの星伽の大声に、びっくりする一同。
元気になったレイも、オレの下でぽかんとしている。
「ご、ごめんなさいっ、でっ、でも、わたくしの好きなひとは……、レイくんじゃないんですっ!」
「………………………………へ?」
間の抜けた声を出すオレ。じゃ、じゃーダレだとゆーんだ?
「わたくしの好きなひとは——誰よりも強くって、カッコよくって、それでいて、誰よりも優しい——」
な、なんだ!? そんな高スペックなヤツがいんのか!
けけけけしからんッ! オレの星伽をかどかわすとは! 見つけしだい調教してやるッ!
「今まで、そのひとに嫌われるのが怖くって、とても言い出せませんでした……。でも、でももう——言っちゃいますっ!」
「…………!?」
さっきまで、ぽろぽろと涙を流していたオレの親友は——その氷の結晶のように透き通った頬を桜色に染めながら、星のように輝く瞳に決意を込め、上目遣いにオレを見つめている。
これに近い表情をした女の子は、何十人も見てきた。
これまでオレに告白してきた女の子たちの姿が、脳裏にフラッシュバックする。
でもやっぱり——星伽のソレは、ブッチギリに魂を揺さぶる。
永遠の深さを閉じ込めたような双眸に、思わず吸い込まれそうになる。
ヤバい。
コイツは、何かとんでもないコトを、カミングアウトしようとしている!
まさか——
そして、両の拳を握りしめ、黒髪を揺らしながら、すっくと立ち上がった当代の星の姫君は——
「——————わたくし、十条星伽の好きなひとは! ——瑠——————」
——グオアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ——————ッッッ!!!
「「「——————!?」」」
突如放たれた、野獣どころか怪獣のような咆哮に、その鈴の音のような声は掻き消される。
びりびりと、鼓膜がしびれる。
驚いた一同が、咆哮のした池のほうを振り返ると——
「ティ……ティラノサウルスッ!? バカな……………………ッ!」
次回、新章『地上最強の獣』突入っ!




