テイク7 千年の星姫(7)
「ヤバイで! とりあえず螺旋階段まで猛ダッシュや!」
全速力で小部屋から脱出。崩落物をさけながら、洞窟通路を駆けぬける。
間一髪。ふたり同時に最下層のホールへダイビングして転がったとき、後方の通路は完全に土で埋まってしまった。
「しゃ、シャレになんねえッ! ……ん? この音は?」
——ドドドドドドドドドドドドドドドドド!
双方の螺旋階段上方から、狂ったように濁流が押し寄せてきた。
「み、水うううう!? そーいや、ココは池のド真ん中じゃねーかッ!」
「島ごと沈む設計や! 強行突破しかあらへん! ……うぷうッ!?」
無理やり螺旋階段を上ろうとし、濁流に押し返されるリリオを抱きとめたオレは、
「リ、リリオ! なんか策はねーのかよ? 《マキナ》は使えねーのか?」
「うう……。今のヴァイタル・エナジー残量じゃ、飛べへんし、水中で息をする《マキナ》も無理や。もともと苦手やし……」
「うわ冷たッ!? もう水が腰のへんまで! おおおオレは泳げねーんだぞ!」
「……実は、ウチもや」
「なにいいいぃぃッ!?」
——くり返す。なんて残念なペアなんだ。
「どーすんだ!? このままじゃ、ふたり揃って土左衛門だぞ! ……あ! そーだ、このムーンクロスとやら、宇宙で呼吸ができるんなら、水の中でも……」
「水中は非対応や」
「使えねえッ!?」
——なんてポンコツなエロコスチュームなんだ。
「……策は、ないコトもあらへん。試したコトあらへんけど、一発で、相当量のエナジーを回復させるという秘法が——」
「じゃー早くしろ! 冷たッ!?」
もうオレとリリオのムダにデカい胸たちが、水に浮き始めた。体全体は沈むのに。
「えーんやな? ルルナ。う、ウチもはじめてやから…………堪忍、な」
白い頬を桜色に染め、両目を潤ませたリリオは——オレの首に両手をまわし、そっと銀色に輝く瞳を閉じ——薄桃色のつややかな唇を近づけてきた。
「————————————————————!!!」
き、きききキスしちまうのか、オレ!?
——リリオと?
す、すまん星伽。でもココで死んじまったら、もーオマエには会えねえ。
あと、レイを調教しなおしにも行けねえ!
そ、ソレに相手は超絶美少女とはいえ子孫だし、か、家族間のほほえましいスキンシップっつーコトで……、ノーカウント、だよ、な……?
彼我の距離は、一センチ半。
リリオの甘く切ない吐息が、オレの鼻腔をくすぐった。
観念し、両目をつむる。
そしてついに、オレとリリオは————
——ゴンッ。
「いでッ!?」「あいだあッ!?」
ぷかぷかと水面に浮いていた大鉄球に、頭をぶつけた。
「な、なんや?」
「鉄球!? なんで浮いて……? まさか、中が空洞になってて……、もしかして、脱出用ポッドとかになるんじゃーねーのか!?」
「む? そりゃーありうるで! どれどれ……ビンゴや!」
鉄球をなで回して調べたリリオが、すぐに断言する。
「強力なロックがかかっとるけど、解錠ならお手のもんや! 残りのエナジーでいけるで! 《絶対◯解錠》!」
左手を鉄球にあて、右手でサインコードを高速で切るムーンテイカー。
「は、早くしろ! もう首まで水が! あと、開けたら浸水して沈むとかナシな!」
「そんなオチはないで! 人体透過式ハッチみたいやし! あと、少しや! 開け、やああああああああああああぁぁぁぁぁぁ——————————————ッッッ!!!」
まるで、残りのヴァイタル・エナジーを全て注ぎ込むかのように、『ザ・ムーンテイカー』は咆哮した。
「う、ごぼッ! ごぼわあああああぁぁぁ————————ッ!?」
間一髪。口の高さまで水が達した、瞬間。
オレとリリオの姿は、鉄球の内部へと吸い込まれた。
ほどなくホールの天上まで水が達したのか、残った空気とともに、螺旋階段のほうへ吸いよせられていく脱出用鉄球ポッド。
そのまま、ぐるぐると自転しながら、ぐりんぐりんと螺旋の階段を浮力で上っていく。
オレとリリオは、その内部でもみくちゃになっている。
「う わ ああああああああああああぁぁぁぁぁ————————————ッッッ!!!」
オレの秘密その十三。ジェットコースターは苦手だ!
そしてまたしても——か弱い女の子なオレは、気を失った。
「瑠琉南さんたち、遅いなぁ。もうクッキー焼けたのに」
「……おかしいですね、案内役の小草と連絡がつきません。これはもう、きつくお仕置きを……、いえ何でもありませんっ!」
「? でも、どこまで行っちゃったんだろう?」
「発信器、いえ携帯電話の位置情報では……、裏庭の、池のほとりですね」
「瑠琉南さん、池にはまって溺れてたりして」
「えええっ!?」
「ご、ごめん、冗談だよ! でも瑠琉南さん、意外とドジなとこもあるし、何だか心配だから僕が迎えに行ってくるよ」
「わたくしも……」
「いーよ、僕が行ってくるから。十条さんは、クッキーをきれいにお皿に並べて待っててよ」
「……はい、では別のものを案内に付けますので、何かあったらわたくしまで連絡させて下さいね?」
「うん。とても美味しく焼けたから、みんなで食べるのが楽しみだね」
「はいっ」
「まったくもう、瑠琉南さんとリリオさん、いったい何してるんだろう……?」
次回、新章『満月の涙 (フルムーン・ティアーズ)』突入っ!
 




