テイク6 宝玉の番犬(1)
「ぐ……」
再び目を覚ましたオレだが、あたりは真っ暗だった。
「ドコだココは……? まさか、もとの時間へ戻るのに失敗して、変な所に……」
オレは暗闇の中を、手探りで——
——ふに。
「ひゃあっ!?」
リリオの悲鳴。ココはどうやら、桃源郷だったようだ……って、デカい胸は嫌いだって言ってるだろ!
「起きるなら事前にそー言ってや! ビックリするやないか」
「あ、あーすまん。まさかオマエの胸の間だったとは……、ん!?」
あたりの様子を確認すると、オレたちが最初に『クロノス・ゲート』に吸い込まれた地点——五匝堂内の、三層目あたりの螺旋スロープ上と同じ風景だった。
「無事帰って来たで。手動操作も必要あらへんで楽々やったわ。『クロノス・ゲート』も、一時的か知らへんけど消失しよったし、ステージクリアやな! ほな、最上階目指して、進むでルルナ!」
オレの手をとって歩き始めるリリオ。
「……おう!」
再びオレは、子孫と共に螺旋のスロープを上り始めた。
リリオは歩きながら、反対の手でサインコードを切る。
「こっからは警戒度マックスや。——《トラップ◯発見器》」
すると、三日月型に光る小さなビットみたいなモノが眼前に現れ、リリオとオレを中心にひゅんひゅんと旋回を始めた。
「これで、たいがいのトラップの発見と回避がオートでできるで。ヴァイタル・エナジーを消費し続けてまうのが難点やけどな」
大雑把な性格っぽいのに、ヴァイタル・エナジーの残量にはやたら気を配っている。《マキナ》を行使する者にとっては、文字通り生命線なんだろーな。
ちなみに、リリオの髪留め型の《マキナイト・コア》——『ザ・ムーン』の形状は、半月。
残り半分、といったとこか?
「なあ。《お宝◯探知機》とやらのほうは、まだ反応はねーのか?」
「あらへんなぁ。お宝の保管状態によっては、かなり近接せんとアカン場合もありよるけどな」
空いている右手で、不自然にはねた髪の毛をいじる『ザ・ムーンテイカー』。
「やっぱ最上階か?」
「そーやろなー。ま、あとたった一周……おっと!」
五層螺旋の塔、ちょーど四層目くらい。ぴこーん! と三日月型ビットが反応して金色に輝くと、眼前のスロープの床も、同様に光る。
「カンタンな、落とし穴トラップやったみたいやな。ひょっとしてまたどっかに跳ばされたかもしれへんけど、キャンセルできたで」
すたすたと進むリリオに、オレも続く。
「でもココで油断させといて、たいがい最後のお宝の前にはごっついトラップや、ラスボス的なツワモノが待ち構えとるもんや。あーあ、たまにはサンタクロースのおっちゃんみたいなえーひとが、『いー子にしてたリリオちゃんにプレゼントじゃ♪』とか言って、タダでお宝くれへんかなぁ?」
——サンタ? ……まさかとは思うが、コイツ……。
「なあリリオ。二百年後の未来に、サンタクロースはいるのか?」
「おるで」
即答。
やっぱり、サンタクロースの存在を信じていた……。いや、もしかしたら二百年後には実在するのか? なワケねーか。
「ちっさい頃に、一度だけ枕もとにプレゼントが置いてあった、クリスマスの朝があったんや。黒いウサギのぬいぐるみ。ごっつ嬉しかったなあ。……まー今は、ウチ悪い子になってまったから、もー何も貰えへんけどな」
そう語るリリオの横顔は、少し、寂しそーだった。
「しかも、半分は商売敵みたいなモンやし」
「商売敵?」
「あ、何でもないで。……んん?」
ぴこぴこと、点滅を始める三日月型ビット。
「やっぱりな。そこの柱の影——ちょーど最上階あたりに、何かオートで回避できへんトラップがあるで」
「そーか」
「ほな、その前にちょっと一服や。まー飲めや、オゴリやで」
胸の谷間——《時空倉庫》から、紙パックのドリンクを二本取り出し、一本をぽいっとこちらへ投げるムーンテイカー。
「オレん家の冷蔵庫にあったバナナ豆乳じゃねーか! って、もーいーけどな」
ぷすっとストローを紙パックへ刺し、ちゅーちゅーと飲むオレとリリオ。
「なはは。欲しいモンは奪い取るモンやで。待っとるだけじゃダレかに盗られてまうで? ……そう、『アイツ』もや、ルルナ。ちゅーちゅー」
「『アイツ』……? ダレのコトだ? ずずずずー」
「——『犬』や」
「……は?」
コイツは何を、言ってるんだ?
リリオは、その端正な顔にいたずらっぽい笑みを浮かべ——
「ルルナの幼なじみにして忠実な下僕——レイ坊のコトや」
「………………………………なッ!?」
ぶしゅうっ! と紙パックが握りつぶされ、顔面に飛び散るオレのバナナ豆乳。
コ、コイツは、なな何を、言って……?
「わはははははー! ルルナが挙動不審やでー。お巡りさーん! このひと怪しいですーうげぐげげ!」
反射的に、背後からリリオの首にスリーパーホールドをキメたオレは、
「逆だろ! オレのヨメ——もとい親友の星伽がレイに取られちまうのは、ぶっちゃけ微妙に気に喰わねえ! で、でも星伽の気持ちのほうが大事だろ! ソレにレイのヤツも、こんな千載一遇のチャンスを逃しちまったら、一生女の子に縁がないに決まってる! だ、だからオレは、アイツの飼い主として……!」
「タップタップ! …………ふう。子孫殺しは重罪やで? まー、自分のデッカイ胸に訊いてみるコトやな」
「フザけんな」
「お? いよいよ最上部のトラップ地点が見えて来たでー。これは…………」
「……何だ、あれは?」
塔の内部、最上部。
木製スロープの終着点には、ガッコーの教室くらいの広さを持つ円筒状空間が広がっていた。
その中央部。ぽつんと置かれた円形の台に鎮座した、高さ一メートルほどの卵形の物体。
きらきらと、七色の光の粒子が内部からこぼれている。
トラップに警戒しながら、ゆっくりと近づくリリオとオレ。
「これは——『スーパーセブンルース』、やな」
「……『スーパーセブンルース』?」
「水晶をベースに——アメジスト、カコクセナイト、ゲーサイト、レビドクロサイト、スモーキークォーツ、ルチルの七つの鉱物がひとつに集まった、パワーストーンの裸石や」
「へえ……。キレイだな。まるで、中に宇宙が閉じ込められてるみてーだ」
こんなオレにも、宝石のようなモノを愛でる気持ちはあるらしい。だって、一応女の子だもんな!
「しっかし、こんなデッカイ『スーパーセブンルース』は、メッチャレアやで。これだけでも、ごっついお宝やな。でも、《お宝◯探知機》が反応せーへんのは何でや? やっぱ、まだなんか障壁が……」
首を傾げるリリオ。そのくせ毛にも変化はない。
「何だ、コレが、『満月の涙』とやらじゃねーのか? ん……?」
三メートルほどの距離まで接近したとき。突如宝玉の内部に、ひざを抱えて座る、裸の人影が浮かび上がり——
「——せ……、星伽………………ッ!?」
思わず駆け寄ろうとするオレ。周囲を飛んでいた《トラップ◯発見器》が、真っ赤に点滅する。
「!? アカンでルルナ、トラップやッ!」
——シャリリリリリリリリ————ンッ!
ときすでに遅し。鈴の鳴るような連続音とともに、床に無数の光の鏡が現れる。
「しま……ッ! うわッ!?」
ジャンプして避けようとするオレ。だが、ソレよりも強力な引力で、足もとから鏡の中へと引きこまれていく。
「回避できへん! また『クロノス・ゲート』による強制ジャンプや! しゃーない、行くでッ!」
オレにがっしりとしがみつくリリオ。顔、近い! 胸、当たってる! いやそんなコトより——
「うわあああああああああぁぁぁぁぁ ぁ …………」
咄嗟に目を閉じたオレは、またしても闇に落ちるように気を失った。
 




