テイク1 月の来訪者(1)
——オレは女だ。
精神的にはともかく。身体的には、そーゆーコトになっている。
中身は——どーやら神さまが間違えちまったみてーだ。
「あ、あの……瑠琉南さま」
だからなのか。よくこーゆーコトが起こる。
「わ、わたしと、つ、つつつ付き合ってくださいっ!」
「…………」
オレは放課後の校舎裏で、となりのクラスの娘から告白を受けていた。
ヤベえ。この小さなメガネっ娘、けっこーカワイイ。だが、
「ワリーな……。気持ちはありがたいが、ソイツはムリだ」
「……っ。ど、どーして、ですかっ?」
どーしてって……。
「あのな。オレは一応女なんだ。だから女の子と付き合うワケには——」
「愛さえあれば——性別なんて関係ありませんっっっ!!!」
ソレは——オ、オレだってその、ほんのちょっとだけいや何でもねえ。
「……そーゆーケースもあるかもしれねーが、オレの場合は」
「や、やっぱり……『氷の星伽』さんとラブラブでいらっしゃるんですね?」
「ああ、そー……じゃねえッ!? はああ!? も、もしかして、そんな噂立ってんのか!?」
「だったら……、ぐすっ。だったら仕方がないです。やっぱり、瑠琉南さまのお相手はあれくらいの超絶お美しいお方でないと務まりませんよね? わたしなんか……、ぐすっ」
いや、オマエだって十分……って、そーゆー問題じゃねえ!
「ちょっと待て! あ、あいつはタダの親友だ! だからひとの話を……」
「瑠琉南さま! どーぞお幸せに……。うわあああああああぁぁぁ————————ん!」
「待……っ」
オレは、夕陽に染まり始めた校舎の影で、泣きながら走り去るその小さな後ろ姿を呆然と見送った。
「ごめんなさいっ。お待たせしました、瑠琉南さん」
「いーや、オレもちょーど今来たトコだ。じゃ、帰るか星伽」
「はいっ」
教室で待ち合わせたオレと星伽は、並んで校門をくぐり、夕陽に灼けた住宅街の中を家路へとつく。
「生徒会書記の仕事、大変そーだな、星伽」
「いいえ、そんなことありませんよ。週に一、二回だけですし。それより……その、今日の瑠琉南さんの……」
星伽の——氷のように澄んだ、儚げな瞳が不安げにゆれる。
歩を進めるたびにさらさらと音を立てる、腰まで伸びた黒絹のような髪。
対照的に、雪のように白く抜けたその美肌。
その清廉な姿はまるで、氷でできた女神の彫像のようだ。
——『氷の星伽』
本名、十条星伽。
九星高校二年一組、オレのヨメ——もとい親友でクラスメイト。
学年ナンバーワンとの呼び声も高い、ダレもが認める絶対的美少女にして、名家のお嬢さま。
そして——難攻不落。これまで無謀にも彼女に告白して、氷が砕かれるみたいに無惨に散った野郎どもは数知れず、いつしかその名で呼ばれるようになっちまった。
「ああ。今日も、ふたりとも丁重にお断りしたよ」
「そ、そうですか、よかっ……あ! ご、ごめんなさいっ!」
「あはは! いーぜ、別に。オレだけオマエに抜け駆けしちまうようなマネはしねーよ」
「でも……。もし、瑠琉南さんが先に、好きになれる男のひとを見つけたのなら……」
「その心配は、当分なさそーだな。今日のひとりめは、自称——『二組イチのイケメンボーイ』だったが……、神さまが間違えて男の中身を入れちまったオレにとっちゃー、イケメンとか逆にキモい! しかも他の野郎とおんなじで、オレの胸ばっか見てやがったし。ふたりめはまた、女の子だったしな」
オレの秘密その一。中身が男なオレは、イケメンが死ぬほどキライだ。
世の中に、イケメンほどキモい生き物はいない。
「そうですか……」
陽が沈み、徐々にあたりが暗くなり始めたころ。星伽ん家の近所、人気の少ない竹林に挟まれた小道に差しかかる。
天空には、すでに金色の満月が輝き始めていた。
「今日も月がキレイだな、星伽」
「……そうですね、瑠琉南さん」
竹林と月を背景に据えた星伽は、まるで日本のおとぎ話のヒロインみたいだ。
ああ。
オレもコイツもみたいに女の子らしかったら——何の問題もねーのに。
性格もそーだが、オレの髪は地毛で明るく、クセがあってあんなに真っすぐ伸びない。
その控えめな胸も好感度大だ。一部の野郎どもはソレを大変残念がっているが、わかっちゃいねーなぁ。つるペタ最高、ちっぱいバンザイ……いやそーじゃなくて。
オレみたいにムダに胸だけデケーと、野郎どもはソレしか見ちゃいねえ。
——正直なハナシ。
星伽は、そう、オレのストライクゾーンド真ん中……い、いや何でもねえッ!
オレはこんな性格だが——いちおう性別は女だし……、女の子を好きになるなんて、オカシーだろ?
第一コイツは親友だし。コイツだって、いつか男が好きになれるように頑張って……。
そう。ゼッタイに。ゼッタイにコイツを本気で好きになっちゃーダメだ。
「オマエのほうは……ああ、でもムリすんなよ。男性恐怖症なんて、すぐに治るもんでもねーだろ? いくらその克服のために、男女共学のガッコーに入ったからといって……」
「あ、あの、瑠琉南さん?」
「ん? 何だ?」
「今日は……その、レイくん……、風邪でお休みしましたよね?」
「? あーそーだな。アイツは昔っから虚弱だからな」
『レイ』ってゆーのはオレの幼なじみで——いちおう性別は雄、いや男。
でもチビでヘタレで、人畜無害。子犬みてーなヤツ。周りにはオレのパシリだと思われて、『レイ犬パッシー』とか呼ばれちまってるみてーだが……、ソレは全くの誤解。そう、誤解。
——ただの下僕だ。
アイツは生まれつきのいぢめられ体質で、オレが側にいてやんねーと、いつもダレかに絡まれている。
だから普段は、星伽とも一緒に三人で帰ってやってる。星伽も、邪気のないレイだけは怖がってねーし。ま、男とは思ってねーんだろうな。
「明日の土曜日……。その、い、一緒にお見舞いに行きませんかっ?」
「そーだな。————ん?」
ちょっと待て。何か話の流れが微妙にヘンじゃないか? 星伽が自分からそんな……。
「な、なぁ星伽。まさかとは思うが……、オマエ——」
ぽっ、と。星伽の白い頬が朱に染まる。
え? 何その反応? マ、マジでコイツ、レイのコトを?
「る、瑠琉南さん……っ、じ、実はわたくし——」
————ド ゴ オ オオオオオオオオオオォォォ——————————ンッッッ!!!
「————な!?」
「————きゃ!?」
突如——星伽の背後、竹林の内部が金色に染まり、直後に発生した爆風に吹き飛ばされたオレと星伽は——完全に気を失った。




