テイク4 螺旋の塔(1)
「螺旋……階段? いや、スロープ?」
五層螺旋の塔——『五匝堂』に侵入してすぐ。オレとリリオを待ち受けていたのは、円筒状の壁沿いに上層へと伸びる、木製の螺旋だった。
ソレは階段と呼ぶには、段差が少ない。小さな段差の連続は、螺旋スロープと言ったほうがふさわしいかもしれない。
和風建築らしく、外装だけでなく内装も全て木製。スロープ内側も巨大な円筒状の木の壁。檜とかを使っているのだろうか? 相当な年月を経ているコトだけは確かだ。
「隠し部屋や秘密階段みたいなモンは、今んトコなさそーやな」
壁や床などを物色していたリリオがつぶやく。
窓もないが、明かりとり用と思われる、外壁のわずかに開いたスリット状の隙間からもれた光で、薄暗いながらもなんとか視界は確保できている。
「じゃー上るか?」
「せやな。そーいや、フランスで『ダ・ヴィンチの秘宝』をテイクしたときのお城——シャンボール城やったか? の階段もこんな螺旋やったなぁ。アッチは吹き抜けやったけど……」
「……オマエ、ソレ世界遺産とかじゃねーのか?」
ムダ話をしながらスロープを上る、おしゃべりなオレたち。一応、女の子なんで!
「安心せーや。ウチが侵入したのは、そんなんに認定されるよりずーっと昔やで。そんときは、お城の所有者やった王さま——ルイ十四世にウチがえらく気に入られてもーて、ホンマ大変やったで」
「そんな昔かよ! ……うッ!?」
「ひゃあっ!?」
ぽにゅんっ、と。
軽くツッコミを入れたつもりのオレの手刀が、その露出度の高いコスチュームにより大部分がさらされている、リリオのデカい胸にくいこんだ!
裏返った声を出して、胸を押さえるリリオ。
ヤベえ。コイツへのツッコミは、やはり頭にすべきだ。ボディーはヤバいよ、頭、あたま。
「イ、イキナリ何すんねん、この女好き! ちょっとヴァイタル・エナジーが回復したやないか……」
「え? 回復……? も、もしかして今の、『えっちぃコト』に含まれるのか?」
バナナはオヤツに含まれますか?
「仕返しや! ホレ」
「ひゃううっ!? や、ヤメろ! 揉むな〜!」
この『ムーンクロス』とやら。防御力アップとか言ってたわりには、セクハラ攻撃は防げないらしい。さすがエロ衣装。
「そ、ソレでルイ十四世がどーしたって?」
「あー。そんでな、求婚されて、チューされそうになったんや。危うくブルボン朝の王子さまを身ごもってまうトコやったで」
「ソイツは大変だったな……………………ん?」
今の会話、何だかおかしい。
「なあリリオ。されそうになったのって、キ、キスだけか?」
するとリリオは、少し不思議そうな顔をして、
「そーやけど? だってチューされたら——子供ができてまうんやろ?」
「…………………………………………」
ああ。もしかして。
何でも知ってそーで——実はコイツ何にも知らねーんじゃあ?
コイツの時代じゃどーだかわからないが、今どき小学生でも持ってる知識が、コイツにはねーのか? どーやらガッコーもちゃんと行ってないみたいだし。
「……なールルナ。ウチがこーゆー話すると、みんな微妙な顔するんやけど……。も、もしかしてウチ、何か間違っとるんか……?」
心配そうな目でオレを見るわが子孫。お風呂でオレにセクハラを働いたときとは、まるで別人のようだ。
コイツの頭の中では、子供ができるコトと、えっちぃコトは別モンなんだろう。こ、ココはやはり、先祖として正しい知識を——
「いーや。オマエの言ってるコトは正しいよ。キ、キスすると、赤ちゃんできちまうぞ?」
オレにはわかる。コイツの話を聞いて、訂正しなかったヤツらの気持ちが。
今どき——いやほとんどの時代でそーだろう。こんな存在は極めて貴重だ。絶滅危惧種だ。世界文化遺産に登録してもいーぐらいだ。オレには、先人たちの意志を継ぐ義務がある!
「や、やっぱそーやな! じーちゃんがウチにウソつくワケあらへんもんな!」
じーさんナイス! って、オレからみたら子孫か。
「まー、そーゆーワケだから……、その、キ、キスは、本当に好きなヤツだけに捧げろよ?」
「う、うん…………。その、つもりやで…………」
真っ赤になってうつむく『ザ・ムーンテイカー』。
うわ。
普段はこ憎たらしいが、こんな表情をするわが子孫は正直カワイかった。
あくまで! 子孫としてだからなっ!
「ルルナは……、チューしたコトあるんか? 口と口で」
しまった! 切り返された!
「ね、ねねねねねーよッ! も、もちろん女の子どうしでも!」
オレの秘密その七だ! も、文句あるかっ!?
「なはははは! ルルナはまずソッチのほうが先決やな! 男の子を好きになるってゆー。女の子どうしじゃ普通子供できへんやろ?」
「ウルせえ! 大きなお世話だ! って、オマエは好きなヤツいるのかよ?」
秘技、切り返しがえし!
「ウチか? うーん……ん? そろそろ一周上ったけど、何か聞こえるで?」
ごろごろごろごろ……。
「ごまかすんじゃ……あ、ホントだな。ごろごろって……」
「そーいや話は戻るけど、シャンボール城な。地下にもお宝のありかへと続く秘密の螺旋階段があってな、そこで、でっかい鉄球がごろごろーって転がってきたんやで。まったくダ・ヴィンチのおっさんはえげつない仕掛けを——」
ごろごろごろごろごろごろ————っ!!!
「「どわ————ッッ!? て、鉄球————ッッ!?」
「お、おい! こんな古典的な定番トラップ、《マキナ》で何とかできねーのか!?」
「やっとるで! 《反◯重力場》! ……効かへん! 逃げるで!」
鉄球は螺旋スロープいっぱいの大きさで、上方にもすり抜けるほどの隙間なし。慌てて下へと引き返すオレたち。
「どーすんだ!? 追いつかれるぞ!」
「こーなったら力ずくや! ふたりならイケるで! せーのでチョイ上を蹴るで!」
「お、おう!」
「「せ——の! うおりゃあああああぁぁぁぁ————————ッッッ!!!」」
とっても女の子らしくない雄叫びをあげて、振り向きざまに迫り来る大鉄球を、大股を開いて足裏で蹴るオレたち。
リリオもオレも左足。下に巻き込まれないように、狙いは中心よりやや上——
——ドゴンッッ!!!
「と、止まった……。この『ムーンクロス』とやらでパワーアップしてるからか?」
タダのエロ衣装じゃなくてよかった。
「そーやで♪ しかしウチら、息ぴったりやな! 足の長さもおんなじやし。さすがはウチのご先祖——『ルルナ・ザ・ムーンテイカー』……いや、『ザ・ムーンテイカー二号』」
「ダレが『二号』だ!」
だが今はツッコんでる余裕はない。大鉄球メチャ重い。だんだん足がプルプルしてきた。
「いつまでこーしてるんだ? ホントに《マキナ》が効かねーのか?」
「《反・マキナ》がかかっとるみたいや。チョイ時間かけたらキャンセルできるんやけど……、ソレまで足がもたへんな。せーのでまた入り口まで走るで!」
「オッケーだ!」
「せーの!」
再び猛ダッシュする体育会系女子なオレたち。とんだ大玉転がしだ。
ごろ、ごろ、ごろごろごろ!
徐々に加速して、背後に迫り来る大鉄球。
「よし、入り口やな……うあ!?」
「しまった! 律儀にもキッチリ扉を閉めちまった!」
オレの秘密その八。オレは意外と礼儀正しい。ちょ、ちょっとは女の子らしートコロ、あるんだからなっ!
「開けとる余裕はあらへん! 蹴破るで!」
「しょーがねえッ!」
「「どおりゃあああぁぁ————————ッッ!!!」」




