テイク3 要塞の守護者(2)
「なー小草はん、ココのメイドはんたち、ごっつ美女ぞろいやな?」
本館内の長い廊下を歩きながら、世間話をおっぱじめるリリオ。
「そんな……。リリオさんと瑠琉南さんほどではありませんよ。……さすがお嬢さまのご友人ですね(ぷくっ)」
ん? 小草さんが頬をふくらませているのは気のせいか?
「もしかして——毎晩順番にセイカに夜伽しとるんちゃうか? うぷぷぷおぶうッ!?」
「コラ! 下品なコト言ってんじゃねえ!」
失礼な子孫の頭をシバくオレ。
「うう……。ところで、『夜伽』ってどーゆー意味や? 何するんや?」
「!? し、知らねーよ!」
「あ、あの、わたくしどもは、毎晩順番にお嬢さまに添い寝して差し上げているだけですよ? ……今晩はわたくしの番です、ぽ…………っ(はぁはぁ)」
ちっちゃな手をわたわたと振ったあと、うつむいて頬を桜色に染める小草さん。
なんだかコーフンしてるように見えるのは、気のせいだと信じたい。
って、添い寝してんのかよ!? いーなぁ、星伽と添い寝……っ。
「あ。そーいや小草さん。裏手の池のほうを散策したいんですけど、いーですか?」
「か、かしこまりました、瑠琉南さま!」
ちっちゃく会釈したあと、顔をエレベーター横の小さな穴へと近づけ、網膜認証のセキュリティロックを解除する小草さん。そして、エレベーターの扉が静かに開く。
リリオの持っているお宝情報では、この敷地内の具体的な場所までは特定されていない。
しかし、昨晩上空から事前調査したリリオによると——
「(そーや、その池や。この時代の衛星写真にはなぜか写っとらへん。どーも情報が改ざんされとるみたいやな。……怪しいで!)」
また、《脳内◯通話》とかいう《マキナ》で脳内に直接話しかけてくるムーンテイカー。
エレベーターから降り、本館の裏手へ出て、広すぎる和風庭園を進むオレたちご一行。
すると、
「ばうわう!」
「!? どっひゃあッ! い、犬ううう〜!」
他のメイドさんに連れられて邸内を巡回していた番犬に吠えられ、オレの影に隠れるトレジャーハンターの少女。
「こ、こら月影! こちらは大切なお客さま——星伽お嬢さまのご友人です! 大人しくしなさい! (でないとわたくし今晩、お、お仕置きされちゃいますっ!)」
「……ぐるるるる〜!」
小草さんにたしなめられても、リリオのほうを向いて牙をむき出しにする、デカい秋田犬。
うん。優秀な子だなぁ。コイツがドロボーだってわかってんだな。
「(ルルナ〜、助けてや〜! ウチ、犬は苦手なんや〜! わんわん怖い〜、がくがくぶるぶる)」
「(ドロボーのクセに犬が怖いのかよッ!?)」
脳内で、ツッコミを入れざるおえないオレ。
「(ウチの時代のアホな金持ちどもは、たいがいロボット犬を愛用しとるから楽勝なんやけど、ホンマモンはアカンのや〜)」
「(まさかオマエ……小さい頃にお尻を噛まれて、トラウマになってるとかじゃあ……?)」
「(何で知っとんのや!?)」
……もーあえてツッコまない。
「しょうがねーなぁ。ホレ、いー子だな、よしよし。コイツはアホだけど、そんなに悪いヤツじゃねーぞ? よーしよしよし」
「……きゅーんきゅーん」
「「月影!?」」
しゃがんで頭をなでてやると、すぐに月影は大人しくなる……どころか、お腹を見せて寝そべり降参のポーズ。番犬にあるまじき反応に、小草さんともうひとりのメイドさんもびっくり。
オレの秘密その五。なぜかオレは動物に好かれるタチだ。……もしオレがサルだったら、サル山のボスになってハーレム状態かも。まさにサル状態。なりたくはねーが。
「(さ、さすがやなールルナ! 現存しとる戸籍アーカイヴに、特技『調教』って記録されてるコトだけはあるなぁ! 『幼なじみ』ってゆー犬も飼いならしとるし)」
「(何だその大いに誤解を招きそうなデータは!? ……もしかしてオマエ、犬が怖くてひとりで押し入らずに、オレに協力を求めたのか? ……このヘタレ)」
「(さ、さー何のコトやろなー? ウチは穏便にコトをすましたいだけやで〜♪)」
「そ、それでは気を取り直して、お散歩を続けましょうか?」
粗相のピンチを回避し、ほっとした様子の小草さん。
「はい、お願いします」
再び歩き出したオレたちは——十分ほどで、満月のようなまん丸い形をした池のほとりへと到着した。
大きさは、ガッコーのグラウンドふたつ分くらい。そしてその中央部には、体育館くらいの面積の平らな島が浮かんでいる。
「あッ? こんなところにネッシーの卵が」
「え、えっ? どうかしましたか?」
さりげなく。近くの監視カメラの死角になる竹林の影へ、小草さんを誘導するムーンテイカー。
——どさり。
「(お、おい!)」
「(ダイジョーブや、小草はんには《小◯睡眠》の《マキナ》でちょっと眠ってもらっただけや。ウチらもさっそく消えるで——《不可視◯障壁》!)」
リリオが素早く両手の指を動かすと、一瞬あたりが光に包まれ——
「あれ? 何にも変わんねえ?」
「ヨソからは見えなくなっとるでー。ウチら同士はおんなじコード内におるから見えとるだけや。声もよっぽど大声やなかったら聞こえへん」
「そーか。よし、行くか!」
「……なールルナ。こっから先は付き合わんでもえーで? ごっつ危険かもしれへんで?」
珍しく、オレを心配する素振りを見せる子孫。
「今さら何言ってんだ? 『皿食わば毒まで』……あれ? 順番逆か?」
正直——中身が男子なオレは、こーゆーイベントは大好きだ。ゲームみたいだし。
ガキの頃は、よくレイや近所の男の子たちと、空き地や河原で宝探しごっこして遊んだなぁ。
「『ドッグ(犬)食わばサルまで』やな?」
「どっちも食うなッ!?」
「……わかったで。じゃーヘマしたらアカンで! ルルナに万が一のコトがあったら、子孫のウチは存在せーへんコトになってまうからな?」
「!? お、おう。まかせとけ」
「……したら変身やな!」
『ザ・ムーンテイカー』と名乗る少女は——これまでのような複雑な指先の動きだけではなく、体全体を使って、まるで美少女戦隊モノのようなポーズをとった。そして、
「清麗なる月の女神よ——我らに其の秘めたる力を——《ザ・ムーンテイカー》! あなたのお宝を、テイクしちゃうぞっ♪」
リリオがそうつぶやくと、オレが貸していた服が光の粒子のようなものへと分解され——一昨日の登場時に着ていた、ぴっちぴちの黒と透明を組み合わせたキワどいコスチュームへと変わる。
金色を増して宝石のように輝く髪との対比が……べ、別に見とれてなんかないからな!
「な、何だ『月の女神』って? そんなのいるのか?」
「知らへん。気分やキブン! ちなみにフリも、ホンマは指でサインコード切るだけで十分や。タダのお着替え《マキナ》やからな、なはははは! ……おおぅ!? ルルナも、よー似合っとんなーソレ」
「うわッ!? いつの間にオレも……ッ!」
気づくとオレも——リリオのと似たような、こっぱずかしーギリギリコスチュームに身を包んでいた。
水着のような薄手の黒生地と、透明ビニールのような不思議な素材の組み合わせ。そのカットラインがリリオのものと少し異なり、胸の谷間部分の大胆な三日月型ラインが左右逆だったりする。
そして、まるで何も身に付けてないかのようなスースーした着心地。たしかに、動きやすそうではあるが——
「なあ。こ、コレは着ないといけねーのか?」
「モチロンや! ソレは防御力と機動力アップを兼ねた超特製パワードスーツ——『ムーンクロス』やし、ウチらはもうペアやろ? 『ザ・ムーンテイカーズ』結成やな!」
勝手にドロボーペアを組まされちまった。
「……でも普通、女の子どうしがペアを組むときって、真逆のタイプが組んだりしねーか? 頭脳派と体育会系とか、清純派と肉体派とか……」
星伽とオレとか、星伽とオレとか……。うッ! ついつい星伽がこのコスチュームを着ている姿を想像しちまった! その意外な破壊力にオレの鼻腔内の血管が……ッ!
「ホラ! ウダウダ言っとらんと、さっさと行くで! ——《空の◯翼》!」
「わ!? ちょ!? コラ!」
もじもじしていたオレの腕を掴んだリリオは——池の真ん中の小島へと向かって、猛スピードで飛び上がった。




