テイク2 お嬢さまの好きなひと(3)
「(ルルナ、ココには金目のモンはなさそーやな)」
レイの部屋へ上がる階段の途中で、オレにそっと耳打ちするドロボー少女。
「(オマエな……。コイツん家は母子家庭だ。フザけたコトすんなよ?)」
「(……冗談や。ウチは金持ちからしか奪わへんで)」
「(そーしとけ。でないとそのうちホントに捕まるぞ?)」
「(心配すんなや。この間は刑務所にブチ込まれる寸前に脱走したったで)」
「捕まってんじゃねーかッ!?」
「え、えっ!? どうしたの? 瑠琉南さん?」
「何でもねーよ!」
「あ……。ここがレイくんの部屋ですか?」
何てコトない普通の地味な部屋だが……、勉強机の上には、オレと肩を組んで写っている写真が、三枚飾られている。幼稚園の卒園式、小学校の運動会、中学校の修学旅行……。
ちなみにオレとレイが、星伽と初めて会ったのは高校に入ってから。それまでは違うガッコーだった。
「…………」
複雑な表情で、ソレを眺めている星伽。
やっぱり、星伽は……。
するとレイが、いつもどーりのオドオドした表情で、
「ね、ねぇ瑠琉南さん。何か今日……怒ってる?」
は? オレが?
「怒ってねーよ!」
「まーまー。ルルナはお腹が減っとんのや。レイ坊、お茶菓子でも持って来てやってや!」
「あ、そ、そーだね! すぐ持ってくるよ!」
「もしゃもしゃもしゃ。ンマンマ!」
遠慮なくレイのベッドに座り、テーブルの上に出されたクッキーをがっつくリリオ。
床の上のクッションに座ったオレは、
「オイ、オマエ食い過ぎだ! オレと星伽の分もとっとけ!」
「半分くらいでえーか? むしゃむしゃ」
「あのなー……」
あまりの子孫の図々しさに呆れかけたが。
……まさかコイツ。これまでずっとそーやって生きてきたんじゃあ?
あのウサ耳警察官やら何やらに追われて、逃亡生活を続けているとゆーのなら。食べられるときにはしっかり食べ、寝られるときには寝る、そーゆーコトなのか?
そこまでして。
何でコイツはドロボー——もといトレジャーハンターなんかを続けているんだ?
オレが子孫の生き様を真剣に心配していると、オレのとなりに座っている星伽が、
「レイくん、このバタークッキー、とっても美味しいですね! どちらのお店のですか?」
「あー星伽。コレはレイの手作りだ。だろ?」
「う、うん。今朝焼いたんだけど……」
レイの数少ない特技だ。
「えっ? そ、そうなんですか? 凄いです! 有名なお店で売っているものよりも美味しいですっ!」
「むぐッ!? マジかレイ坊? げほッ! マジでウマいで! 昨日ルルナにもらったヤツの百倍はイケてるで!」
リリオ、喰い終わってからしゃべれ。
「オマエ、ソレはオレにクッキーくれた先輩に失礼だろ」
「…………」
なぜか少し黙り込んでいる星伽。
「レイ坊……、もしかして、お料理もできたりするんか?」
「う、うん。レストランに出て来るようなのじゃなくって、家庭料理ぐらいだけど——」
「ウチのムコ、テイクや♪」
横に座っていたレイの腕を、ぐっと掴んで引き寄せるニコニコ顔のリリオ。胸、当たってんぞ!
「——ふ、ふえぇっ!? リ、リリオさんっ!? 何を……っ?」
「コラァッ!? テメー、何態度を豹変させてやがるんだッ! ソレにソイツはオレの下僕だ! 勝手にテイクアウトすんじゃねえッ!」
「古今東西、お料理上手の男子は、おムコさん候補としてメッチャポイント高いやろ? ……何やルルナ、もしかしてヤキモチやいとんのか? うぷぷぷぷッ!」
「何でオレがやくんだよ? ソイツはありえねえ」
レイはまだお子さまだし。第一、身体は女でもココロが男のオレが、一応性別は雄のコイツを恋愛対象にするコトなんて——太陽と月がひっくり返ってもありえねーだろ!
ソレに。ヘタレのコイツは将来結婚相手なんて自力で見つけられねーだろーから、オレがふさわしい相手をみつくろってやんなきゃなぁ。まったく世話の焼けるヤツ——
——いや待て。
も、もし星伽が、ホントにコイツを好きだったのなら——
「リリオさん。レイくんは瑠琉南さんの幼なじみで、弟さん同然ですから……。勝手に持ち帰ってはダメですよ?」
ちょっと遠回しだが、星伽のほうがヤキモチを……。
「けッ! ジョーダンや。ウチがこんなヘタレ、相手にするワケあらへんやろ?」
「ふえっ? ふえええんっ!」
ばっ、とレイを突き放し、ふふんッ! と意地悪く鼻を鳴らした自称オレのイトコは、
「そーいや、セイカはお菓子とかお料理とか作れるんか?」
ぴくり。リリオの質問に、動揺する星伽。
「えっ!? い、いやその、わたくしは……。でも、作ってみたい、です……」
なぜかオレの顔をチラチラと見る星伽。何だ? 何のサインだ?
「そーやろ? そんで、好きなひとに食べてもらえたら、ごっつサイコーやで?」
「……好きな、ひと……」
ぼっ、と、色白の顔を真っ赤にする星伽。
そーか! もしかしてオレに、応援してもらいたいんだな! し、仕方ねえッ!
「オイ、レイ! 星伽に、お菓子作り教えてやれ」
「えっ? 何で……?」
「何でじゃねえッ! これはご主人さまの命令だ! 異論は認めねえ。いーな?」
「べ、別にいーけど……痛い痛いっ! 瑠琉南さん、何でホッペをつねるの?」
「さーなッ! どーしてだろーなッ!」
ソレは……ぶっちゃけ星伽がオマエに気があるコトが、メッチャ悔しいからだッ!
あああ、オレの星伽が……。そーか、ソレでちょっとイライラしてたんだな、オレ。
「あ、ありがとうございます、レイくん」
「そーや! 今度はセイカのお家でお菓子作りしよーや! どや?」
「「「!?」」」
……そーか、さっきの誘導尋問は、コレが狙いか。この小悪党め。
「星伽、どーだ? オマエの予定は?」
「明日の日曜日なら、空いてます。父さまと母さまは出掛けて不在ですが……、そのほうがくつろげますよね?」
「よっしゃ、決まりやな! グフフフフ……」
「あの……、もちろん瑠琉南さんも、来ていただけますよねっ?」
まあ、レイとイキナリふたりきりはねーな。協力してやっか。
「ああ、いーぜ」
「もちろんウチも同行させてもらうで! グッフフフフフ!」
整った顔を歪め、不敵に笑う『ザ・ムーンテイカー』。
別にフツーに星伽ん家にオレと遊びに行けばいーのに。まわりくどいマネを。
でも確かに。こーいったちょっとした理由があったほうが、十条家の人々が初対面のコイツに対して警戒心を持ちにくいよな。
猪突猛進の押し込み強盗タイプかと思ってたが——意外と考えてやがんな。コイツ。
「もぐもぐ。ごっそさん!」
「あ!? テメーいつの間にオレの分まで!?」
「わたくしの分のクッキーも……」
「何ゆーとんねん? 古今東西、世の中先に奪ったモン勝ちやで! グハハハハ……ぐふうッ!?」
食い意地の張った身内に、制裁のみぞおちパンチ。
前言撤回。コイツはやっぱ——タダのアホだ。
次回、新章『要塞の守護者』突入だよっ! お宝テイクに、いよいよ要塞へ侵入っ?




