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その歩み

 あの盛大に混乱した見合いの席の後、侯爵家当主から直ぐに非礼金と謝罪の手紙が男爵家にとどいた。レイスの父もそれにすぐ手紙を返し、謝罪し返した。もう侯爵位との繋がりがどうとか、見合いの思惑なんて双方どうでもよくなった。


 うちの息子が申し訳ない。いやいや、こちらこそ娘が失礼なことをしてしまって。いえいえ利発そうな娘さんで、うちの馬鹿息子とは大違いで。そんなそんな、思春期なのか親にも理解が及ばず……そんな爵位とは関係のない親の苦労を綴った手紙が二通、四通と続いていき、




「ごきげんよう、侯爵家御令息様」

 レイスはいつもの微笑みで美しい礼をとる。それにクァンツは見事に口をひきつらせた。

「お前! ……なぜここにいる」


 ここ、とは見合いが執り行われた侯爵家である。つまりクァンツの自宅。その中の庭園で一人、レイスは立っていた。

 一度クァンツは怒鳴ろうとしたが、見合いの後の乳母からの説教がかなり効いていたため心をどうにか落ち着かせる。


 レイスは平然とクァンツの問いかけに答えた。


「ああ、ご存じありませんでしたか。侯爵家当主様と父が手紙のやり取りで仲良くなったこと」


 クァンツは冷静になり大人げなかったとは思うも、あの見合いの記憶はクァンツの中で奥深くしまうことになっていた。12歳の少女に指を指して笑われるなど。


 正直、卒倒されたことよりも心の傷となった。プライドが高いため、やはりそれも認めはしないが。



「なんでも、子どもを育てるのは難しい、と意気投合されたらしいですよ。それで今日、お呼ばれして頂きました」


 そうだろうな。おまえみたいなガキを育てるのはそりゃあ苦労するだろう。クァンツは自分のことを華麗に棚に上げた。


 心の傷の元凶がまた平然と現れ、クァンツは不機嫌になるよりも脱力が勝ち、怒る事も怒鳴る事もしなかった。まるで成年のような口を聞いてくるが、相手の見た目はまるでガキだ。その不調和な様にクァンツのペースは崩される。


「……勝手にしろ」

 そう言い捨ててクァンツはレイスに背を向けて立ち去る。そうすると、ついてくるレイス。



「何故ついてくる! それにうちの父とお前の親は何処に行った!」

 勝手にしろとは言ったばかりであったが、これには思わずクァンツは怒鳴った。ただ、目つきが悪く予想外のことがあると直ぐに怒鳴ってしまう癖があるため誤解されがちだが、別に怒っているわけでもなかった。つまりいつも通りがコレだった。


「いえ、あまりにもお二人が意気投合していて、私が邪魔になってしまったもので……こちらの方にいれば御令息様がいらっしゃるので相手してもらいなさいと言われまして……」


 あれだけ仲良くなりそうな気配が微塵もなかった二人をそんなに簡単に引き合わせていいのかと父親たちの適当さに驚いたが、相手してもらいなさいと言われた以上は相手してもらわないといけない。

 レイスにとってもクァンツに好かれているなんて夢物語にも思っていなかったが、融通がきかない性格でもあり、とりあえず頼みに来た次第である。


 レイスは相変わらずの微笑みのままであったが、言葉の歯切れは悪い。さすがに気まずい気持ちはあるらしい。


「……」


 腐っても侯爵家。何となく言葉の裏を読み取れてしまうからクァンツはため息をついた。


 前回の事がある上に、ただでさえ子ども受けしない容姿と性格だ。クァンツは本気で子どもが苦手であった。そのためガキの相手など本当は心底ごめんだが……少しでも相手をしてやればこいつも納得するだろう。


 いつもならあり得ない、だが一応前回のことを謝りはしないが申し訳なく思っていたため、クァンツにしてはかなり親切な考え方をする。


「仕方ない、相手をしてやろう。ただその御令息様と呼ぶのは止めろ。お前に言われると馬鹿にされているようにしか思えん」


 クァンツが不機嫌ながらも受け入れ、クァンツの腰ほどまでしか身長がないレイスは頭を下げる。どこまでも上から目線ではあるが、レイスは気にしない。この人面白い。


「ありがとうございます。馬鹿になどしておりませんが、そうおっしゃるなら。なんと呼べば?」

「変なものでなければ良い」

「では坊っちゃんと」

「悪化してるだろう!」


 最終的に『クァンツ様』で落ち着いた。ちなみにクァンツ様の前は『お兄様』となり、クァンツは腕に鳥肌をたてた。



「俺の部屋にいくぞ。盤戯(ボードゲーム)がおいてある。ガキ、お前『争事』は出来るのか」


 一応年上としての自覚があるのか、本当に相手をしてくれるらしい。もっと身勝手な人間だと思っていたレイスは心の中で驚いた。クァンツの対応からは仕方の無い事だが、心の中ではボロクソである。


 まあ誘われた『争事』は確かにこの国で最も好まれている盤戯でも、普通女性が行うことはあまり良しとされていないものであるが。もちろんレイスはやったことも触ったこともない。



「『争事』、ですか。父と祖父やお客様のしているところを見たことがある程度ですが、ルールは解ると思います」


 そういえばこの人の趣味は『争事』であったか。レイスは覚えていたクァンツの情報を思い出す。ついでにそこに書かれていた尊大で自分勝手の部分も思い出した。……まさにその通りだ。調べてくれた方は本当に良い仕事をしてくれている。


「ならいい。とっとと歩け」


 先に歩くクァンツにレイスは小走りでついていく。この前のことも怒っていないようでレイスは一先ず安心する。


 ころころと態度が代わるクァンツは、やはり子どものようだ。そう思ってレイスの腹筋はまた少 し震えた。



 二人の父親が二人のことを思い出したのはかなりの時間が経ってからである。父親たちはここでやっと子どもたちのことを思い出した。


 侍女から二人の場所を聞き出し、部屋に向かい目にしたのは、目を剥いてもう一回だ! と叫ぶクァンツの姿。またしても盛大に笑っているレイス。間には盤戯である『争事』。


 どういう状況かは一目でわかるが、「なにをしている」と聞いた侯爵家当主は理解したくなかったのかもしれない。



 クァンツが手加減をしてやろうと思っていたのかは定かではないが、見事にその必要はなく全敗であった。


 彼はまたひとつ恥ずかしい歴史を積み上げた。




 ここからとあるごとにクァンツはレイスに再挑戦しに来るようになった。レイスが父親と侯爵家に訪れることも多くあったが、クァンツが練習を重ねた後レイスの家に来る事もあった。それらすべてでやることは一つ、『争事』のみ。

 この人よく飽きないな、暇だな、なんてことを心の中でレイスは思う。


「おい、やるぞ」

「またいらっしゃったのですか?」

 もうすでに顔でフリーパスとなった侯爵家令息に、レイスはため息をつく。最初は微笑みと大笑いしている顔しかしなかったレイスは、いつの間にやら迷惑そうな顔を身に付けていた。クァンツにそれを気にした様子は無かったが。


「今日は俺が勝つ!」

 負け続けておいてどこからそんな自身が出てくるのか、レイスはまた眩しそうな目をした。


「私、その言葉をお聞きするのも何度目でしょうね」

 レイスは相も変わらず小さな容姿だが、言葉はやはり落ち着いている。レイスとクァンツの会話だけを聞いているとどちらが年上かも分かったものではない。



 毎度毎度同じような言葉を掛け合い、いつもの通りレイスの部屋で『争事』をする。今だにクァンツはレイスに勝てたことが無い。


「懲りませんね、そこに将を置くと前にも陰に射られたでしょう」

「前は前だ! 今回はそれの対策を――」

「考えた末にこちらががら空きになったのですね」


「はい、私の勝ちですね」

「もう一度だ!」


 それだけでもう三試合。レイスは疲れた顔をして侍女を呼ぶ。

「少し休憩しましょう。そろそろ手が単調です」

「ぐっ」

 こうして声でも掛けない限りクァンツは止めようとしない。一度気が済むまで付き合い、先に疲れ果てたのはレイスであった。大人な子どもは性質が悪い。子どもであるはずのレイスはそう思った。


 最初の見合いの時以来、特に不仲なことにもならない。まあそれは全てレイスの妥協によって成り立っているもののような気はするが。



 暖かい紅茶を口に含みレイスは息をつく。

「こんなことばかりしていると、本当に一生独身になってしまいますよ」

「余計なお世話だ。もとから結婚相手が欲しいとも思っていない」

「お父様がお嘆きになりますよ」


 同じように紅茶を飲むクァンツに、レイスは呆れたような視線を向ける。


「お前だってガキの癖に張り付けたような顔ばかりしていて、親が泣くぞ」


 レイスは驚いた。クァンツがそんなことまで見ていると思っていなかったからだ。この人の頭のなかは全部『争事』で埋まっているような気がしていた。


 そこでクァンツが思い付いたかのようにレイスに聞く。

「そういえばお前の母親は見たことがないな」

「ああ、私が六歳の頃亡くなりました」

 なんとなく想像していたものの、別に何ごともないようにレイスが答えた。レイスはこういうときもただ微笑み続けている。だがら親が泣くと言ってるんだと口には出さないもののクァンツは思った。


 レイスがそう答えることも予想していたが、クァンツは何故か居心地が悪くなる。

「……そうか。俺の母も早かった」

 それはクァンツなりの歩みよりであったのかもしれない。


「だから、ですか」

「なにがだ?」

「母親を求めるあまり、年上の女性が好みになって、御結婚なさらずにいるのですね」

 少しレイスは同情したような顔になった。こいつこんな顔できるのか。と思ったのは一瞬だけだった。


 クァンツの顔はもとからあまり優しくないのに付け加え、般若のように歪められた。


「そこになおれ!!! その歪んだ価値観『争事』で叩き直してやる!!」

 手を決して出さないのは彼にしては非常に紳士的なのかもしれない。レイスには何故クァンツが怒っているのか分からなかったが、相変わらず子どものように怒る人だと笑った。


「その理屈でいくとクァンツ様の方が歪んでいらっしゃることになりません?」

「黙れ!」



 遊びに来た侯爵家当主は、偶然にもそんな息子を見て、息子に結婚をさせることを諦めた。涙ながらに。



 どこで育て方を間違えたのか。最近仲良くなった男爵家の友人に酒とともにそう愚痴を言うのが、侯爵家当主にとって一番いい気晴らしとなっている。



 ちなみにクァンツはぐうの音も出ないほど叩きのめされた。






 気が付けばレイスとクァンツが出会ってから1年程が経っていた。13歳となってもレイスに成長の兆しは見えず、身長も目に見えるほどの変化もなかった。


「何故こうなる」

「何故でしょうね」


 喧騒の中、クァンツは鋭い目付きで不機嫌な顔を隠すことなく夜会に参加していた。――レイスの腕をとって。


 クァンツにエスコートされたレイスは明るい色のドレスを纏い、いつも通り微笑んでいた。美しい二人の正反対さに他の参加者たちは無遠慮に視線を送ってくる。


「何故俺がお前の相手をしなければならん!」

 小声で不平を言うクァンツにレイスは微笑みを崩さず答える。


「まあ、そう仰らず。お忙しい父たちも、たまには何の気兼ねなく話したいこともおありでしょうし」

「だからといって俺がお前を連れて来なければならない理由にはならんだろう!」


 そうは言いながら手は離さずにしっかりとエスコートしてくれたクァンツにレイスは密かに感心していた。さすがは侯爵家御令息様。と言うと彼は怒るので口には出さなかった。


「 まあ、クァンツ様の乳母様に勧めて頂いてしまいましたもの。我慢してください」

「……ふん」


 それを言われるとクァンツは弱い。仕方ないという空気がありありと出ており、そういう所がまた子どもらしく見ていて面白いとレイスはいつもの通り思っていた。


 レイス自身もあまり夜会には興味がなく、今回も勧められるまでは行くつもりもなかったが、クァンツの乳母に勧められ、それにクァンツが巻き込まれたというのが今回の事の顛末だ。クァンツの乳母はやたらとレイスを可愛がってくれる。



 クァンツの機嫌が直らないのを見て、レイスは仕方なくフォローに回る。



「クァンツ様と一緒に出られるなんて、非常に光栄です。それにこうして寄り添っているとまるで、」

 


 まるで駄々をこねる子どもに言い聞かせるような甘さを含んだ言葉をクァンツに言う。その甘さに一瞬クァンツは息を飲んだ。

 レイスはクァンツの腕を抱き込んで、クァンツを見上げる。


「――本物の親子のようじゃありません?」


 クァンツは一瞬でレイスに抱き込まれた腕を離した。



「こんなでかいガキを産ませた覚えはない! というか、せめて兄妹だろう!」


 フォローしたつもりが怒ったクァンツにレイスは首を傾げる。だが半年前ならここで帰っていただろう、クァンツの成長(もしくは慣れ)にレイスは心の中で感動する。



「でもクァンツ様、昔『お兄様』とお呼びするのは嫌がったでしょう?」

「だからといって親はないだろう! それだったら兄の方がどれだけマシか!」


 親扱いと兄扱いなら兄の方が良いらしい。その違いをレイスは理解が出来なかったが、とりあえずそれで納得をした。


「では兄弟ということで」

「どうしてもお前と血縁なのか……」


 怒り立っていた肩も今は脱力しており、落ち着いたならいいか、とレイスはもう一度クァンツの手をとった。


「嫌ですか? 一応妹として自慢できる程度の美少女だと思うのですけれど」


「自分で言うな!」

 確かにレイスが美少女というのは事実だが、冗談そうにでもなく自分で真面目にそう言うレイスにクァンツは頭が痛くなった。


 そんな言い合いをしていると、近づいてくる足音が聞こえた。目をやるとおそらくレイス程の年の少年。


「あ、のっすみません! レイスさん、ぼ、僕と踊って頂けませんか!?」


 自分で言うほどの美少女顔に捕まった可哀想なガキが一人。クァンツはため息をつきたくなった。レイスはクァンツを見上げる。


「行ってこい。その間になんか食べるもんでも取っといてやる」

「ありがとうございます、お兄様」


 少しお兄様、が強調された。レイスがクァンツの手を離し、少年の手を取りダンスホールへ歩いていく。その姿はやはり人形のようで、確かにレイスは美少女だった。


 クァンツはその姿をそこそこ眺めてから、言った通りに食べ物を取りに行く。レイスの好きな食べ物……など知らないため、適当に。



「クーン! お前そこにあるの皿に全部積む気か?」


 そう呼ばれ、クァンツは振り返った。なんだ、

「ただの馬鹿か」

「ひっでぇ!」


 クァンツなんてとうの昔に裏切り結婚していった幼馴染みがそこにはいた。

 仕事や子育てに忙しかったようでプライベートではあまり会えず、夜会もクァンツが離れて久しかったため、こうして会うのもひどく懐かしい。


「久しぶりだな!」

「そうだな。2年ほどか」


 久しい空気を出し、仲の良い雰囲気を出した二人だがクァンツの幼馴染がチラリとレイスに視線を送る。

 

「なあクーン! なんでお前人形姫(ドールプリンセス)と一緒にいるんだ?」

「人形姫? なんだその寒い名前は」


 言われた瞬間、誰のことか悟ったがとりあえずそのネーミングセンスのなさを言っておいた。


「いや、だってうちの娘には負けるけどきっれーな顔してるだろ? レイス嬢。その上器量良しでミステリアスな雰囲気があるから、有名だぜ? うちの娘には負けるけど!」


 幼馴染みの親バカを流し、改めてレイスを見るが、確かに周りの注目を集めていた。くるくると体重なんてないように踊っているレイスの作られたような美しさも、『争事』をしていてわかる器量の良さも、まあ納得する。だが、


「ミステリアス……?」


 人に指を指して笑うようなやつが?



 そう思うとクァンツは笑いがこらえきれなくなった。大口を開けて笑うクァンツに、幼馴染みは落ちそうな程に目を見開いた。


「お前……」

 幼馴染みは呆然と呟いた。



「実は幼女趣味だったのか!!」



 振り上げて落とされた拳骨を、幼馴染みは頭で受けることとなった。


「死ね!」

 言葉は辛辣で直接的だった。それでも加減はしていたので幼馴染みの回復は早かった。幼馴染みにとってはその加減されていること自体が信じられない。


「いや、だって雰囲気は柔らかくなってっし、お前大口開けて笑うなんてなかっただろ!」


 自分でも少し自覚があっただけに口ごもる。下手に怒るだけなら確実に幼女趣味扱いは逃れられないだろう。


 仕方なく何度目かのため息を吐き、言うつもりのなかった本音を口にする。


「ガキに興味はねえよ。ただ、兄なんだと、俺が」


 最初は人を指差して笑うような失礼なガキだと思った。だが最近は確かに兄妹がいればこんな感じかとも思い、なかなか言い合いも楽しんでいる節がある。



「え、クーンお前シスコンになったの?」

 後三発は殴ろう。クァンツは静かに幼馴染みに近づいた。



 その振動に耐えきれず、クァンツの皿に多くつまれた食べ物がバランスを崩して床を汚した。




「あの御方がクァンツ様の恋しい方ですか?」


 いつの間にか戻ってきていた人形姫と呼ばれる少女がおぞましいことを口にする。怒鳴るように否定すれば、まるで人形には相応しくない笑い方をする。全く世間は見る目がない。




 クァンツはからかわれたと思っているが、レイスはここでやっと初めてクァンツが衆道(ホモ)でないことを知った。


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