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その見合い

 レイスとクァンツの見合いの日。


 今日のためだけに仕立てられたドレスを、レイスは侍女たちの手によって何の苦労もなく纏った。


 コルセットを着るようになってからまだ日は浅いが、だからこそそれほど無理をして腰を絞られる事はなかった。もともと体の小さいレイスの体に無理にコルセットをつけてしまうと成長の妨げになるのではないかという懸念も一つの理由らしい。



 この年齢で好まれるドレスの色は本来、明るい赤や緑、黄色や桃色などの子供らしい色合いにフリルとリボンをふんだんに使っている物が好まれている。

 だが今回は相手の年齢、そしてお見合いということを考慮されてか、色は深い緑でフリルやリボンよりも刺繍と形に力を入れたデザインになっていた。


 年相応でない装いでも、レイスの人形のような整った容姿を損なうことは決してない。だが、そういった『大人らしさ』を追及したドレスを纏ってもその見た目は小さな子どもであった。



 レイスは父親にエスコートされながらルアーシ家を訪問し、侯爵家当主(クァンツの父)と挨拶を行った。

 教科書のように、ではない。空気に、場に即した美しい所作を行い、緊張した面持ちも見せず微笑むレイスを見、侯爵家当主は驚いた様子で口を開く。


「これは立派なお嬢さんだ。育ちの良さが伺える」

 まるで息子の見合い相手に言うべきではない立派な子ども扱いだ、とレイスは思う。親戚のおじさんのような言い方に、おそらく男爵家と思い侮っていた気持ちも薄くだが感じ取れた。


 侯爵家当主の対応に、今回の見合いに全くと言って良いほど重きを置いていないのがわかった。思惑はわからないが、とりあえず自分は呼ばれただけなのだろう。

 レイスは非礼金(見合いを申し込んだ側が、受けた側に非がないにも関わらず見合いを断った時に支払われる)が出る事を確信した。


「光栄に存じます」

 そう考えたことをおくびにも出さずレイスは深く礼をとる。そして礼をしながら考えた。非礼金は如何ほどもらえるだろうか。


「それでは案内しようか。堅苦しいことばかりしていると疲れてしまう」

 親同士の挨拶もそこそこに、侯爵家当主は侍女に声をかけ、レイスたちを連れていくように指示した。



 侯爵家当主は、今回の見合いが成功するなどとは露ほども思っていなかった。年が離れすぎているし、なによりも息子、クァンツはあまり子どもが好きではない。

 悪い時があれば良い時が割り増しして見えるものである。そうしてこれからの見合いを成功させやすくするのが今回の侯爵家当主の目的であった。


 だだ男爵家でもこんな見合いをすることは受け入れられ難いと思っていたが、こんなにもあっさり受け入れられるのは良い予想外だ。


 そんな悪条件にわざわざ愛娘を用意するような家だ。あまり良い教育がされているとも思えない。おそらく甘やかされて育った世間知らずで侯爵位に憧れを持つような子どもが来ると。


 だが、思ったよりも質良く育てられているのか見合い相手の少女は年の程よりも……いや、他の家の令嬢よりも落ち着きと礼儀正しさを備えているように見えた。


 これは悪い予想外だ。後少女が5つ、いや、3つでも年を重ねていればと思わずにはいられない。



 だが侯爵家当主はこの後、もっと重大な事実に頭を抱える事になる。




「まだガキじゃないか!」



 レイスを見た瞬間クァンツは叫んだ。その音量にも、言われた言葉の失礼さにも動じず、クァンツに対して怯えもせず、笑みを崩さない少女。

 侯爵家当主はうちの息子のほうが子どもじゃないか、と目元を光らせた。


 実の父親に12歳の少女以下だと思われたクァンツはそんな事知る由も無く、ただ目の前のレイスが予想よりもかなり幼かった事に呆然としていた。



 叫ばれたレイスは微笑んだまま、クァンツを観察する。そしてああ、幼女趣味(ペドフィリア)ではなかったのか、と冷静に考えた。クァンツの表情には怒りだけで、嬉しさもこちらを気にする様子も全くない。


 叫ばれた内容に対しては事実を否定するつもりはなければ、特に思うことも無かった。

 ただ、ペドでなく釣り書きも見ていないのなら今回の話は流れるだろう、そうすれば非礼金で贅沢な食事ができるな、ということに早くも思いを馳せていた。


 レイスの隣に座る父親も少し安心した様子だ。暴言に怒りを感じるよりも娘を嫁がせなくて良いと分かったからだろうか。



 誰もが思い思いに存分に思考を馳せた後、侯爵家当主が一番に動いた。

「こ、の、馬鹿息子が!! 申し訳ない、何分、粗野に育ってしまったもので……」


 侯爵家当主は勢い良くクァンツに拳骨を落とし謝ったが、クァンツはそんな父親を睨み付ける。そもそもこんな縁談を組んだ父親が悪いと言うように。釣り書きを見ていなかったクァンツの自業自得のように思えるが、ここまで他人のせいにしているといっそ清々しい、




 レイスはクァンツのその姿があまりにも幼く見え、ひどく新鮮な気持ちとなった。


 28の男が、自業自得にも関わらず他人に当たる。それがあまりに面白く感じて、そして思わず声を出して笑てしまった。


 レイスの父親が驚いたようにレイスを見た。



 虫の居所が悪かったクァンツはそんなレイスに突っかかった。大人げなく。

 彼のために少し弁解しておくと、本来ここまで彼も粗野ではないし礼儀知らずでもない。そして大人げなくもない(はず)。


 ただ先月結婚をした姪よりも小さな少女との見合いを用意されていたことがまるで父親からの嫌味か何かに思え、彼のプライドと苛立ちを存分に刺激されていたのだ。



「俺の何がおかしい」

 そのままでも十分に怖い顔を更に鋭くさせて、クァンツは睨む対象を父からレイスに移した。そしてその行為に侯爵家当主は更に頭を抱える。



 12のガキ(しかも女)に睨み付けるなどまるで28の男がするような行為ではなく、それがまたレイスには面白くて仕方がない。レイスの笑いは止まるどころか更にツボに入っていったようである。


 レイスの父も父で微笑みではなく笑っている娘に目を疑うように見つめていた。


 恐らく混沌としたこの中で一番混乱しているのがレイスの父親だ。なんせ、ここ数年、純粋な娘の笑っているところなど見たことが無かったものだから。



「申し訳ございません。決して馬鹿にしているわけではないのです。ただ、御令息様があまりに可愛らしくいらっしゃったもので……」


 レイスは尚も笑いながら言うが、それは馬鹿にしている(ように聞こえる)だろう。クァンツは思った。侯爵家当主も同じことを思った。レイスの父親も思った。さらには周りに控えている侍女や執事も思ったし、聞き耳を立てていた外にいる乳母たち(常習犯)も思った。



「っ馬鹿らしい! こんなままごとに付き合っていられるか!!」



 レイスとしては本心からの誉め言葉であったのだが、まだ若すぎた。なんせ12歳。その上見た目はもっと幼い。自分の半分にも満たない年の少女に馬鹿にされ(たと思い)、クァンツのあまり長くない気は限界を迎えた。


 机を叩き席を立つクァンツに対し、それでもレイスは益々笑ってしまう。正に感情のまま生きているクァンツ。その姿はレイスにとって眩しく、そして面白かった。


 だが、クァンツにとっては烈火となって怒るほどそれが面白くない。


「お前! 俺を相手に良い度胸だな! ガキの癖に泣きわめかないだけマシだが、ガキは大嫌いだ!」


 まるでガキ大将のような言葉である。侯爵家当主は両手で頭を抱えてしまっていた。息子の情けなさに耐えかねたのだろう。


 そしてそれを捨て台詞のようにクァンツが背を向けて自由にも部屋から出ようとしてしまったからいけない。


 レイスは、もう限界であった。



「あっ、ははははははははは!!」



 なんとクァンツを指して盛大に笑った。それこそ涙の出そうな程。何事かとクァンツが振り向くほど。そんなレイスはひどく幼い子どものようだった。


 レイスの父親は悪い夢でも見ているのかというように口を開けて呆然とするしかなかった。




 何一つ、つつがなく進行しなかった見合いの場で、お見合いしろよと思うことが出来たのは当事者以外のものだった。


 もちろん、この見合いはなかったことになった。各々に複雑な記憶を残して。



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