幸せへの扉~亜李空~
小学校に入った頃から、日記を書き始めた。
それは、今の私への手紙であって、時々仕事の合間に少し読んでいる。
家で仕事をする事が多い私は、暇な時、外に出たり、家で幼い頃のアルバムを見たりなんかしてすごしている。職業は小説家とフォトグラファー。本や写真がよく売れるため、生活に困る事は何一つなかった。家賃の高いマンションに住み、優しい近所の人々に囲まれながら過ごす日々は宝物だった。
たまに実家に電話するくらいで、あとは忙しく、漫画家でもないのに、一人で締切りを決め、それまでに終わらせないと二日間パソコンなしで過ごすと決めていた。つまり、小説が書けないという事。書くことが仕事の私には、それは耐えられない。
テレビをつければ、「輝樹 秋のドラマに出演決定!久々の主人公!」なんて出てきて、ついつい見てしまう。会いたいけど、きっと今は無理。そういう私も無理だろう。全ての本の最後のページには私の写真が貼ってあり、街で私を見かける人は、「京本亜李空さん、ですよね!大ファンです!」と言われてしまう。それに比べて、芸能界で生きている樹はもっと大変なのだろう。
過去の事を思い出すと、笑いがあふれ出す。
全部がかけがえのない思い出である。
『切れぬ虹』を四人が皆読んでいた事。
樹との時間。
梨音との時間。
大雅との時間。
今私が書いている小説は、「小説」ではなく、論説文である。
前から人生の事について書きたくて、色々情報を集めていた。昨日三時間ほどパソコンの前に座り、ひたすらうっていた。ちょうど十ページを書き終え、昨日の続きを書こうと、パソコンを立ち上げたら、電話がかかってきた。内容は、来週の今日 テレビに出る事が決まった、と言う事だった。これで五回目くらいかな。小説家になって、有名になって、いつかはあの三人の目に見えるところにいたい、と言う願いも遠くはないかもしれない。
人見知りなどが全くなかった私は、すぐに色々な人と仲良くなる事ができた。
しかし、いつからか周りには誰もいなくなっていて、孤独を味わった。
ちょうど中学を卒業したくらいに、親の事情で引っ越しする事になり、それからか希望を失った気がした。中学は三人と一緒ではなかったが、小学校を卒業してから、私はできる限り、友達を作り、いつものように学校生活を楽しんだ。しかし、全てが上手くいかぬ日々が続き、自分に飽きれ、自分を嫌い、自分を苦しめた。私はそんな自分の感情を表に出そうとは決して思わなかった。こんな私のために人を悩ませたくはなかったからだ。全部を心に秘め、何を思いながら今の自分に手紙を書いていたのかははっきりと覚えてはいないが、涙でページが見えなくなるまで書いたのもあったであろう。
「ねえ。お姉ちゃん。起きて。着いたよ。」
体をゆすり、頑張って私を起こそうとしている妹がいる。
起きる・・・一体どういう事なのだろう。何から目を覚ませばいい?一生夢の中にいたい・・・だから七海・・・お願いだから私を起こさないで。
その後はもう何が起こったのかは分からないが、気付いたら私は見慣れぬ天井を見ていた。
「どこ・・・」
あ、そう言えば着いたんだ。
新しい家に。私の物語の次話。
「あっ!お姉ちゃん起きた!寝すぎだよっ」
隣で七海が笑っていた。
「ごめんごめん。」
周りを見ると、白い壁に包まれていて、窓の外を見るともう引っ越しのトラックがいなくなっていた。
「荷物どうしたの」
「ママとパパがやってくれたよ。あ、後引っ越しのお兄さんたちが。」
「そうなんだ」
「あ、ななもちょっと手伝った!」
「ありがとね」
起こしてくれればよかったのにと言おうと思ったが、起き上がるのは自分自身であって、他の誰でもない。机も置いてくれて、ベッドのシーツも部屋に合う色に変えてあった。
私に反抗期と言うものは来なかった。
今でもありがたいと心から感謝している。
実家に帰れば笑顔で迎えてくれて、私がどんな失敗をしようと、いつも笑ってくれている。
「お帰り」とただその言葉が嬉しくて。
学校にも慣れ、友達もたくさんでき、充実した日々を送った。
そんな毎日にもっと幸せが訪れた。
あの三人から手紙が来たのだ。
一つの封筒に不器用なリボンと懐かしい字で「京本亜李空様」と書いてあった。
思わず笑いがあふれた手紙の中身は今でも大事にとってある。
「亜李空・・・亜李空ちゃんって言うの?」
「あっ、うん」
一番最初に学校で私に話しかけてくれた子。
「私、木本優奈。よろしくね」
名簿順に席が決められたため、私と優奈は席が隣だった。
いつもテンションが高くて、クラスのムードメーカーでもあった。
そんな彼女の周りにはいつも人がいた。
私にはそんな優奈の姿が梨音のように思え、思わず涙を流しそうになった。
「私の周りに人がいても、私の親友は亜李空だからね。」
どうやら彼女には辛い過去があったらしい。
だが私はそれを知る事ができずに田舎に帰った。
都会の空気を吸って三年間生き、もう戻ってこないと決めたのに、今はその都会で日々を過ごしている。
彼女は私の親友であった。
私が一人でいるとすぐに話しかけてきてくれて、また、空気の読める子だったので、私の気分がおかしいと、放っておいてくれた。
私はそんな彼女を心から愛した。
梨音を愛したように。
大雅を愛したように。
樹を愛したように。
三年間ずっと同じクラスで、部活がない日が多かった私の学校は、放課後になると皆真っ先に家に帰る。しかし、私たちはそんな日を大切にし、一緒に遊んだ。
「今日うち来る?」
「あっ。行く!亜李空のお母さん大丈夫?」
「うん、全然大丈夫。もう治ったよ。」
お母さんが風邪を引いた事を何日か前に言ったので、気にしてくれた。
優奈が家に来ると、する事は、卒業アルバムや、過去のアルバムなどを見て、色々話し、盛り上がった。
「『切れぬ虹』?」
本棚を見た優奈が問いかけた。
「借りてっていい?タイトルが好き。」
「もちろん」
「人生と言うものはそう言うものではないか。」
論説文の最後の文を終わらせ、完了と言うボタンを押した。
パソコンでなんでもできてしまう今の世界に私はついつい興味を持つ。
さっ、次はホラーでもトライしてみよっかなぁ・・・
・・・・プルプルプルー・・・・
「はい、もしもし。京本です。」
「ちょっと早いんだけど、冬のドラマを決めようと思って、電話したよ。」
私の本をよくドラマに採用してくれる、菊池さんから電話が来た。
「冬は、君の『あの空の下でまた』を使おうと思ってるんだけど、どうかな?主人公は、あれ、男だから、輝樹でいいのかなぁ、なんて思ってるんだけど、どう?」
「樹ですか!」
「・・・そうだけど・・・何・・・友達みたいな呼び方しちゃって」
「いえ、すいません。」
「じゃあ、決定だね。」
決定した覚えはないが、まあいいだろう。
樹が私の作品の主人公になってくれるのであれば、私の名前に気付いてくれるかもしれない。
やっと手が届く。
「あの空の下でまた会おう」って言う四人の約束にも気付いてくれるかもしれない。
後は時と樹に任せよう。
私の任務は完了したのだから。