恩人~樹~
俺の恩人はあいつ。
いつも一緒にいた大雅でもなければ、あの時焼きもちをやいた梨音でもない。
亜李空である。
今の俺があるのはあいつのお陰。
だけど、最近は充実した人生を過ごせない。
ドラマの撮影は上手くいかぬ時があり、台本の一文を一瞬にして忘れてしまう。
昨日なんか、「ずっと愛してたよ。お前の事。だから、一生隣にいてくれ。」って言うセリフを、噛んで、「じゅっと愛してたよ。」なんて言ってしまい、NG~と言われ、笑われた。雑誌の撮影だって、「あ、まばたき、ちょっとの間しないでもらえる?」って言われたにも関わらず、何回もしてしまい、目をはっきりと開けた写真は数枚だった。「調子悪いねー。風邪?休んでもいいんだぞー。無理するなー」と監督に言われ、「はい・・・すいません。」とその会話が続く。
土日は、申し訳なかったが、休みをとった。
その代わり、来週は休みなしでお願いします。と言って、ちゃんとやる気がある事をアピールした。
今の俺は人気すぎて、街もろくに歩けやしない。だから、マネージャーの車に乗って移動するしかなかった。家に入るのも一苦労だ。マスクか何か、帽子か何かをかぶらなければ、一瞬にしてバレる。かぶっても時々、「あっ!あれ、輝樹じゃない?」などど言う会話が耳に入る。
家に入り、安心する。
ベッドにドサっと倒れ、そのまま天井を見つめた。
「あんたっ、ちょっと・・・何やってんの?」
自殺しようとした時の自分が時々蘇る。
学校の屋上から飛び降りようとした、あの瞬間。
亜李空が俺を止めに来た。
「離れなっ。そこから。危ないよ。・・・死のうなんて思ってる?」
「うん。思ってるよ。俺なんてこの世界にいらない人間なんだから。」
「誰がそんな事思ってるって言ったの」
「自分だよ」
「・・・バカじゃないの。今死んだら何失うか分かってる?」
「分かってる。」
「じゃあなんで・・・私、癒されてるよ。樹に。話してて楽しいもん。だから、これからも面白い話、聞きたかった。けど、もう終わりなんだね。」
亜李空の目からは涙がこぼれ落ちた。
地面に大きな水たまりができるような、大量の涙。
自分が情けなくなった。
手すりを注意してまたぎ、
「ごめん。」
と亜李空に謝った。そして、礼も言わずに俺はその場を去った。
あれがなければ、俺は死んでいた。
今はもう天国じゃなくて、地獄にいたはずだ。
もう遅いのは分かってる。けど、ありがとう。
卒業式が近づいてきて、一組の誰かがスピーチをやるという事が耳に入った。
大雅かと思ったけど、言って、違ったらなんか悪いと思い、何も言わなかった。
それは卒業式で分かった。
俺の話をしてくれた。
俺と糸でつながっていられると言ってくれた。
終いには、俺の詩だって読んでくれた。
そんな彼をもっと好きになった。
中学はバラバラだった。
けれど、お互い、会える時に会い、学校の話などで盛り上がった。
「また告られちゃったよ」
なんてそんな話をして過ごした。
大雅はかっこいいヤツだった。
俺が芸能界にいる方がおかしいくらいに。
今は何をしているのであろうか。
俺よりももっとかっこいい職業を見つけ、充実した日々を過ごしているはずだ。
「フリーターとかダサいし」なんて話していたのを忘れていないといい。
その前に俺をまだ覚えてくれているといい。
「樹、起きなさい。小出さん来てるわよ。」
あ、マネージャーをまた待たせてしまった。
「ごめん。今支度する。」
マスクと帽子をかぶり、外に出る。
あの時、このような都会の苦い味を味わわなくてよかった。
まずい空気を吸う事もなくてよかった。
ああ、今日も撮影だ。
気合入れていくぞ。
「いいねぇ。いいよー」
って言葉を俺は待ち続ける。