取り戻せ~大雅~
恋と愛の違いを俺は考えた事がなかった。
いつも来るバーに座り、俺は今でも考える。
カランっ
氷を指で動かして、少し味の薄くなったテキーラを飲んだ。
あの時、太陽の様に赤く染まった梨音の顔がよみがえる。
最近俺の頭の中では色々な過去のテープが巻き戻されている。
樹の事、亜李空の事、それから、梨音の事。
今はあいつらに会ってない。
一応大学は卒業したが、すべてがうまくいかず、日々を過ごしている。
就職が未だに決まらない俺に近寄るヤツなど絶対にいないだろう。
そう。つまり、フリーターの俺に。
二十六になってまでも適当な人生を送っている俺に近寄るヤツなど・・・
「そういえば、あと一ヶ月で卒業式だぁ。」
クラスのヤツが呟いたのを聞いて、もうそんな時期かと、クラスにあるカレンダーに目を向けた。じゃあ、いつも通るあの道にも、まだつぼみの桜が満開に咲くのだろうか。
「咲くといいいよね。桜。」
気付いたら俺は梨音に話しかけていた。
「うん。絶対に咲くよ!」
幼い時と全く変わらぬ笑顔をまた見せた。
そんな感じで毎日が終わって行き、卒業式がついに近づいてきた。
卒業式の練習やらで、学校生活もどんどん忙しくなっていった。
「時が経つのってこんなに早いんだ・・・」
最近梨音といる時間が増えていたのは分かっていた。
樹がなんだか、気を悪くしているのも分かっていた。
だから俺は変な気を使って、梨音にではなく、樹に話かけた。
「・・・うん」
なんだか、いつもよりも反応が薄かった。
いつもだったら、「そうだなぁ。」とか「うんっ」って言った後に面白い事を言ってくれるはずなのに。俺はそれを期待していたのに。
やっぱり怒ってたのかもしれない。
「今日は代表者を決める。」
卒業式の一週間くらい前に、先生がそう言った。
「先生は、一番成績のいい奴にやらせたい。」
なんて先生だ。と思うかもしれないが・・・
「で、この成績表を見ると・・・杉山か、瑠璃垣のどっちかだ。投票で決める。」
もういいじゃないか。お前が決めれば。俺の心はいつもそんな感じだった。
投票が終わり、先生がお互いの投票数を発表した。
もちろん、俺たちは投票に参加できなかった。
「決まった。瑠璃垣に七票、杉山に十五票。杉山で決定だ。じゃ、スピーチお願いな。」
と言って去った。
「差、すごかったね。」
笑いながら梨音が言った。
彼女がスピーチをものすごくやりたがっていたのは知っていた。
でも決まったことは決まった事だ、と言って、俺は小走りで家に帰った。
俺は必死になってスピーチを考えた。
これだっ
できれば樹に俺の愛を感じてほしかった。
だから、あえて、愛を表したスピーチにした。
五日、四日、三日、二日と、どんどん日々が通り過ぎた。
「明日か・・・」
もう一度カレンダーを見て、寝る前にスピーチの文字を目でさっ、と追った。
樹が書いた詩をもう一度見て、緊張をほぐした。
俺はそれから、ステージに上がった。
マイクがキーンと言う音を最初に鳴らし、それが完全に済むまで待った。
小さく深呼吸して、スピーチを始めた。
「僕の親友はただ一人。彼は何も持っていない僕に幸せと言う大事なものをくれました。いつまでたっても自分に素直になれない僕に詩をくれました。そのタイトルはもちろん『幸せ』。彼の才能はある世界で採用され、本も出版した。タイトルは『切れぬ虹』。彼が作者であると知っている人は僕ただ一人だ。でもそんな才能を持った彼を僕は見捨てる事が出来ません。裏切る事が出来ません。何故なら、彼は僕のたった一つの大切な宝物であって、親友であって、支えである。だから卒業して、中学がバラバラになったとしても、俺たちは・・・僕たちは一生親友と言う糸でつながっています。ありがとう、樹。ありがとう、輝樹。」
ちょっと変だったかな、と思う気持ちを俺は殺した。
なぜなら、俺が本当に樹に言いたかった本当の事だったから。ちょっと姉貴に手伝ってもらった部分もあった。だからか、「優秀」と言われている小六のこんな俺が自分でも大人に見えた。卒業式が終わり、トイレに行って、鏡を見ても、そこに写っていたのは杉山大雅。いつまでたっても大人になれない俺だった。
スピーチの後、俺はステージの上。拍手の中から、必死になって見下ろすように樹を探した。
―いた。
彼は微笑んでいた。
梨音を超えるような笑みで笑っていた。
俺は知らぬ間にアイコンタクトをし、知らぬ間に笑っていた。