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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
367/374

It always changes from the inside.

「さて、キリキリと吐いてもらいましょうか?」


 早速、ベルナットの店でグランハザードを拉致監禁しました。

 拘束術式をかけたグランハザードは『ここまでやるかよ』という諦めた顔をしていましたが、問題ありません。

 こちらには油断や容赦は一切、必要ありませんので。


 むしろ問題がありそうなのは不思議そうに眺めてはせせこましく動いていたのはベルナットでした。


「あぁ、ベルナット。捕虜にお茶は不必要です。尋問用の水ならこっちで用意しますから」

「そうは言ってもグランハザードは大家さんだからね! 大家さんが来たらお茶を入れてもてなすのがヒト種の文化だよね! ボクたちはみんなのことを良く知っているだろう? それがボクたちの役割なんだ! ところで突然のことで驚いたけどトモダチもグランハザードもゆっくりしていってね! むしろ連日来てくれてボクは嬉しいよ! トモダチは放っておくと顔を見に来ないどころかどこかで戦って死にかけてるからね! こうやって顔を合わせている内はホッとできるよ! 君に会えない人は皆、君が死んでいるかもしれないと考えて震えていることを決して忘れちゃいけないよ?」


 自分の生き死にを気にかけてくれる者なんて女神リィティカ先生とベルベールさんくらいですよ。

 レギィはアレです。色々と言いますがメルサラと同じで逆にこっちを殺す側ですし。


 一瞬、シャルティア先生のものすごく微妙な目線を思い出しましたが、特に問題ありません。


「わかりました。わかりましたから外で店に入ろうとする客を追い払う仕事をしてもらってもいいですか? もちろん、後日に出直してきてもらう約束だけは取り付けておいてください。来ないようなら連絡をください。補填として殴ってでも連れてきますから」

「いいよ! わかった! 君がそう言うのならきっと大事なことだろうしね! でもあんまり普通のヒトに厳しくするとダメだよ? 君のヒト当たりで空を飛ぶヒトはもう見たくないからね!」


 ベルナットはぴょんと一跳びして店の入り口から外に飛び出していきました。


 静かになった店には以前、クリスティーナ君が座っていた席にグランハザード、エリエス君が座っていた席にはシェスタさんがいました。


 自分は店の入り口を背にして、完全封鎖の構えです。


「話ってのはコレだよな。多関節鎧の新技術……、と言ったら信じるか?」

「やっぱり内臓ごと吐かせましょうか?」


 このおっさん、意味不明な素材と技術を使った防具を何も説明せずに着せようとしたわけですか。

 あぁ、あの時はシャルティア先生が口火を切ったんでしたっけ?


 違う、アレはヴィリーのせいでした。

 よし、連帯責任ということでぶち殺しますか。


「殺されるような真似はしてないつもりだがな……」

「まぁ、いいでしょう。鎧に関しては技術よりも素材が問題です。一体、何をどこから手に入れたんですか」

「『ウガの深淵』って土地のことを知ってるか?」

「知りませんね。少なくともリスリアの領地にそんな名前はありませんよね」


 少なくとも自分の記憶に暗黒質なネーミングをつけられた領地名はありません。

 領民は皆、亡者か何かですか?


「んじゃ、『大マスカリア遺跡』『罪禍ロージンシアの掖庭(えきてい)』はどうだ?」

「『大マスカリア遺跡』だけなら。確かリスリア国内最大の遺跡群でしたね」


 『大マスカリア遺跡』は術式具元師にとって、ちょっとした関係がある場所です。


 ここで発掘される遺跡兵器に刻印された術陣が刻印武具によく使われています。

 付与の『硬化』『斬撃強化』『属性付与』の基本的な術陣もここから発掘されました。


 今でも術陣発掘の依頼で冒険者たちが遺跡を潜っているという話ですが、内情は良く知りません。


 自分が知る術陣はジジイの遺産か、アルベルタの研究室を襲って手に入れたものが多いですからね。

 後は殺し合いの中で分析し、覚えたものくらいですね。


 あと『大マスカリア遺跡』について知っていることと言えば、珍しい植物や動物、原生生物がいる程度です。


「この三つなら冒険者の方が詳しいだろうな。こいつらはなんて説明したらいいんだ? 共通するのは『特殊な土地』ってことくらいだ」


 『特殊な土地』と言われ、ようやく理解できました。


 ここリーングラードのように謎の生物や神話級魔獣が関わっている場所のことでしょう。

 そして、もう一つ、これは仮説です。


 モフモフの瞬間移動は【ナカテー】を経由しているらしいのですが、これは言ってしまえば世界中のどこにでも【ナカテー】があるということです。

 もしも世界の表面が現理世界で、裏面が源理世界とするなら、【ナカテー】は世界の下敷きと言ってもいいでしょう。


 つまり、世界の構造が層になっていると考えて、もしも何かしらの理由で層の薄い場所があったらどうでしょう?

 【ナカテー】に繋がりやすい場所、あると思うんですよ。


 その結果が動植物の奇妙な進化、原生生物の極端化に繋がっているのなら納得できます。


「いえ、大体わかりました」

「相変わらず理解が早いな」

「そこで採れた金属が、その鎧の原材料ですか」

「あぁ。こいつには手を焼いたぜ。何せ死人まで出てやがる」


 その言葉に自分の膝上で組まれていた指がピクリと動きました。


「こいつは浸食鉱と呼ばれている。今のところ『ウガの深淵』でしか取れない鉱石だ。最初は石の魔獣か特殊な罠だと思われていたんだがな、あるド・ヴェルグが採掘に成功した。ウチの子飼いの採掘屋の知り合いだったおかげもあって少量、譲ってもらえたものだ」

「効果と性質、属性の相性は?」


 未発見鉱石とか十分、文化功績ですよ。

 何気なく言っていますが大発見です。


 ですが死人が出ている以上、大きな話題にはできなかったわけですか。


「効果は粗鉱を素手のままで触った場合、喰われる」

「……穏やかじゃないですね、それは」


 粗鉱というのは掘ってすぐの鉱石のことです。

 まだ不純物が多く付着しているので砕鉱し、比重の違いを利用し分離したり、磁力で分離したり、選鉱してできるのがよく鍛冶屋で見かけるインゴットです。


 精製時、多くの者が粗鉱に触るでしょう。

 その度に喰われたら溜まったものじゃありません。


 そもそも喰われるとはどういうことですか?


「石になっちまう。その代わり浸食鉱の体積が増えるわけだが……」

「欲張って人を食わすつもりなら最初に喰わせますよ?」

「するか! なんで人間鉱山なんざ即座に思いつくんだ!?」


 そこまでの情報が揃えば必然、考えつく発想ですよ。


「人間鉱山で増えても質が悪くなるらしくてな。最初っから論外だ」


 アホな貴族ならやりかねないだけに釘を刺しましたが……、これは確かに口外しづらい発見です。


 人を殺す鉱石でありながら、その可能性は未知数となると無理をしてでも欲しいと思う者はいるでしょう。


「動物でも同じだ。生物全部がそうだろうな。加工品もダメだった。だから持ち運びは特注で石の棺桶を作って運んできた」


 人どころか生物となると途端に外聞がマシになりますね。

 加工品もダメとなると加工の全工程に負担がかかります。希少価値も合わせるとかなりの高額になりそうです。


「性質は単純に抽出しても上手くいかないところか。今のところ鋼と金、銀との合金に成功しているが、それぞれ性質が異なる。共通した要素があるのなら内源素に反応し、形状を変えやがる。強い内源素を吸い続けたら粗鉱の効果が戻ってくるせいか、人間を喰おうとしやがる。喰うって面だけで見りゃ合金はまだマシだな。少しの間なら触っていられる」


 それは源素を操る術式師とは途方もなく相性が悪いんじゃないでしょうか?

 

「これだけ言ってみても危険なモンだが形状変化。こいつがいい。お前の言っていた『理想の多関節鎧』に一番、近い材料だ」


 確かに形状変化は多関節鎧との相性はいいでしょう。

 体の動きに合わせて形が変わり、スパイクシールドのようなカウンターにも応用でき、『暗器を隠せるように形を作ることも可能』です。


「術式を受けた場合は?」

「なんでかは知らないが術式はある程度、効果がある。色々と実験したが耐電、耐火、耐冷、硬く軽く丈夫だったとしかわかっていないな」


 耐術性能もある、となると理想的と言えば間違いなく理想的です。


 ちなみに術式を吸収しないのは術陣を通して発生した現象と、現象の燃料となる源素では違うからでしょう。


 さて、ここまで情報はもらいました。

 グランハザードも鎧にしている以上、ある程度の性能はちゃんと理解しているのでしょう。


 ですがグランハザードがここまで情報を晒しておいて『はい、それまで』とはいきません。

 グランハザードも浸食鉱についてわからないことの方が多いのでしょう。


 そのわからない部分について、新しい着眼点が欲しいので自分に情報を渡したのです。

 それが八割、二割は我が身の可愛さでしょう。


「グランハザード。粗鉱はまだありますか?」

「……おう? いや、もうない。次に採れるのはいつになるかもわからん。今のところ、俺のところの武装隊が冒険者になって、浸食鉱の鉱床を探しているところだ」

「合金の方はどうです?」

「またせびるのか……」

「いえ、今回はただの実験です。正直、術陣との相性を調べ始めると年単位の時間がかかりそうですしね」

鋳塊(ちゅうかい)でいいなら少し持ってこさせるぞ。それで命が助かるなら儲けもんだ」


 グランハザードに人を呼びに行かせるわけにはいかないので、ベルナットに行ってもらいました。


 来てもらう人はレイハムさんでいいでしょう。

 武具部門担当と言っていたので浸食鉱にも一枚噛んでいるはずです。


「義務教育計画中はできませんが半年後なら分析、解析、調査まではできます。いくつか見本を送ってもらえたら無料で引き受けます」

「……無料な。無料って言葉はちっと困るな。何と引き換えて欲しいってんだ?」


 話が早くて助かります。


「それなら学園と居留地の間の警備をお願いします。それと居留地も住みやすいように柵をつけてもらえると助かります」

「お安い御用だが、いいのか?」

「差し迫って金貨が必要な生活でもありませんよ」


 今、自分が育てているものは金貨では替えが聞きません。

 規模だけでいえば金鉱を育てていると言い換えていいくらいです。


 それだけの将来性を単純なうっかりで失うのもバカらしいんですよ。


「お前なら浸食鉱をどう使う?」

「他の金属や源素との相性がわからないとなんとも言えませんね。今のところ使えそうな手段は(やじり)でしょうか?」

「矢の先につけるってのか? なんでさ」

「触り続けたら生物を石化させる鉱石ですよ? 返しを多くつけて抜けにくくさせれば多くの兵を石化で殺していけますね。毒ではないので解除もできないでしょう」

「……そういうところは変わらんな。あぁ、発想は悪くないんだろうが冒険者向け……、はちょっと難しいか。あいつらの目的は毛皮や骨、肉だしな」


 自分は兵器としての転用を、グランハザードは商品としての転用を考えた違いですね。


「シェスタさんはどう考えます?」


 あまり興味がなかったのか、刺繍をしていたシェスタさんに話を振ってみました。

 正直、自分の活用法が正しいと思っていません。


 未発見鉱石の有効活用法を考えるにしたってまだ情報が揃っていないというのが本音です。


 それでも、これだけの情報が集まれば活用法が見えてくるのも道理です。

 グランハザードの『黒紫の鎧』であったり、鏃であったりがその例です。


「一つ、わかったことがある」


 これにグランハザードは椅子を少し動かしました。

 興味があるので前のめりになろうとして動けなかったせいですね。


「ヨシュアン様のドSは人を選ばない」

「話、聞いてました?」


 こいつはもうダメですね。

 頭がドMに侵されています。


「そういうのは殿方の役目だから」

「まぁ、興味がないのはわかりました」


 シェスタさんは術式師であって、職人ではないのでこの返答もわからなくもありません。

 この様子なら目の前で喋っていても大丈夫でしょう。


「他には……、現時点では現実味のない話ですが舟の外部装甲でしょうか」

「おいおい、なんてこと考えてんだ。舟なんざ木で十分……、おい、まさか次は海戦でもやろうってのか?」

「いえ、河口船でもいいんでしょうけどね」


 船体というのは水に浸かっていることもあって腐食や膨張なんかで素材を痛めやすくなります。

 その上、岩や水底に擦って消耗が激しいものです。


「形状変化は発想を変えれば再生能力と捉えることもできます。損耗、摩耗、損傷の激しい船底の表面に強度補材として組み込めば……」

「長く使える上の丈夫、吶喊(とっかん)にも使えるって寸法か。本気でやろうと思うとこいつぁ大事業だぞ。ますますクレティアス卿の協力が必要になってくるじゃねぇか」

 

 雑談という名の仮定話に花を咲かせているとレイハムさんが店に入ってきました。

 頑丈な石の箱を持って、顔を真っ赤にしていたのはあえて見ないフリをしておきましょうか。


「くれぐれもご内密に。こちらのものはグランハザード商会の秘蔵になりますので」

「話は聞いています。今回はちょっとした検証ですよ」


 そう聞いても納得できないのかレイハムさんの顔は困惑の色が見えました。

 しかし、グランハザードが無言で頷くとレイハムさんも納得しなければなりません。


「どうぞ、こちらです」


 レイハムさんが石の箱を開けると、そこに現れたのは真っ黒なインゴットでした。


 パッと見ればただの黒い金属にしか見えないのに前評判のせいか禍々しく見えてしまいます。


「銀との合金だ。浸食の度合いが一番、低い。が形状変化の性質はだいぶ劣る。一番、使いやすい鋳塊(ちゅうかい)だろうな」


 さて、これは直感です。

 職人として、術式師として、そして、何よりも【ナカテー】という世界に触れた者としての総合的な感覚、理屈にならない何かというべきでしょうか。


「って、おい!」


 グランハザードの叫びも無視して自分は突き動かされるようにインゴットを鷲掴みにしました。


「いくら安定しているからと言っても素手で持ち続けるとそのうち、浸食し始めるぞ!」


 そのインゴットに触れた瞬間、腕の神経を通して【虚空衣からからぎぬ】が活性化し始めました。

 指の先まで皮膚を這うように銀色の線が走り、インゴットに触れました。


「……おいおいおい。なんだそりゃ」


 なんだも何も、自分だってわかりませんよ。


 同じような現象は【愚剣】を作った時にも起きましたが、今のところ、どういう意味があるのかはわかっていません。

 【愚剣】を握っているときはこの線を通して源素を内源素に溜め込んでおけます。


 しかし、今回は独特の源素を繋ぐ感覚はなく、【虚空衣からからぎぬ】もすぐに不活性化してしまいました。

 これは、なんでしょうね?


 この【虚空衣からからぎぬ】がインゴットから何かを防ごうとしている感覚は?


 少なくともこの感触がある内は浸食に耐えられるみたいです。


「いえ、どうやら自分はコレと相性がいいみたいですね」

「それはグラムがタクティ……っと、優れた術式師だからか? それともさっきの」

「体質の問題ですよ」


 グランハザードも自分の体質と言われて聞くのを諦めたようです。

 取り付く島もなかったせいですかね? はぁ、と聞こえるため息と同時に首を小さく振られました。


「少なくとも浸食鉱の相性を調べようとすると人体実験になりますので、なるべく行わないでください。後は性質上、刻印武具として売り出すのは諦めた方がいいでしょうね」

「そいつは諦めているさ。何せ献上しようにも数がない。その上、金貨が箱で積み重なるくらいお高い代物だからな。ただ実験は続けさせようと思っている。完全に制御できれば多関節鎧はさらに売れる商品になるからな」


 商魂たくましいですね。


 しかし、隕鉄と浸食鉱。

 この二つには何か共通点があるのでしょうか?


 それと浸食鉱の持つ形状変化で少し思い出したことがありました。

 いつか昔、知り合いと見た話の中に登場した舟のことです。


 その舟はあまりにも遠すぎる目的地を旅するために搭乗員が十世代くらい変わってしまうくらいの時間が必要でした。


 舟の中での仕事は効率化が図られ、舟も同じで人の手を借りずに自動修復する素材で船の外装を覆い、舟の内部は生態系を模した生物の循環を作り、長旅をするというお話です。

 その舟の外装が浸食鉱に似ているように感じました。


 まぁ、こんなものは与太話です。


 結局、わかったことは新型多関節鎧を着ていても自分は平気なくらいです。

 本格的に実験する場合は新型多関節鎧の袖を通すしかありません。


「鎧の話はわかりました。次にその刻印武器の方です」

「こいつか。こいつはなぁ……」


 グランハザードの話を聞きつつ、インゴットをレイハムさんに手渡ししました。

 受け取ったレイハムさんは『うひゃぁ』と情けない声をあげて、すぐさま石の箱にインゴットを納めました。


 触ってすぐに浸食しないのはわかりきっているでしょうに。


「わからねぇんだよ」


 微妙に眉根を寄せて難しそうな顔をするということは冗談ではないようです。


「俺の商会に路銀の足しとして売りがあった。いいもんの刻印武器だったからな。それなりの値段で売ってもらったさ。ところがだ、製品調査のために調べてみれば、術式具元師の連中が大慌てでな。既存のどの商品でもこんな効果は発生できないってんだ。

それでグラム……、お前はどう思う?」

「良い職人を抱えていますね。正解です」


 あんなものを作った職人がいるのなら是非とも会ってみたいものです。

 術式具の常識を覆したのですから。


 そして、一振りとはいえ流通したという事実がもっとも重いですね。


 職人が出す作品は無数の習作の上で成り立っています。

 無数の習作の中で世間に出してもいいと納得したからこそ目の前にあります。


 これはつまり、『この技術を完全に確立した誰かがいる』と見るべきでしょう。

 そして、技術であるのなら次にあるのは更なる修練か技術の拡散です。


 すでにこの技術を受け継いだ者がいるかもしれない。

 そして、数が作られた場合は戦争の様式が変わります。


 火榴灯と同じです。

 この新型術式具――仮に【源理兵装】と名付けましょうか――を多く持った者、そして単純な訓練によって多くの人々を戦争に駆り立てることができます。


 手を出すべきか。

 それとも黙認すべきか。


 どちらにしても会ってみたい、いえ、会うべきでしょう。

 返答次第では殺すことも視野に入れてでも。


「そうか。あと不思議なことに表面の刻印を再現しても、ただの剣にしかならねぇんだ」


 おっと、思考が逸れていました。

 グランハザードの疑問に自分は頭を切り替えました。


「未知の陣なのはわかるが再現すれば大体、同じ効果があるはずだろ?」

「術式具元師も彫金の腕に寄りますよ。その『桜一刀【冬景式】』でしたか。それも借りますよ」

「……借りる言う前に奪ってんじゃねぇか」


 聞こえませんね。


「……わかりました。この表面の刻印は偽装のためのものともう一つ、強度補助用のものです」

「ちょっと待て。強度補助用?」

「本来の刻印と内部で繋がっているんでしょうね。この技術は他でも使われているのでそこまで珍しいものではありませんよ」

「なら、この技術の元になる術陣は……」


 なんてことはありません。

 原理はびりびりハリセンと同じです。


「刀身の中です」


 これにはグランハザードも盲点だったのか、ハッと顔を上げました。

 しかし、すぐに口元を引き締めました。


「この片刃で中身が空洞だと折れるぞ。それに重さは見た目通りだ」

「立体陣の刻印です。そうでないと表面の刻印と接続できませんしね。刀身の中に細い別の金属が使われているのか、あるいは特殊な技法で細い空洞を作って強度を維持しているのか、おそらく後者ですね」

「……グラム。そいつを再現できるか?」


 無理に決まっているでしょう。

 何を考えているんですか。


 立体陣を刻印しようとすれば当然、器となる金属もまた立体構造になります。

 そのために複数の金属を鍛接(たんせつ)する技術、そして、目に見えない金属内部を正確にイメージできる才覚かそれに準じる技術が必要です。


 ましてや組み立て式でもないのに刀なんて幾層にも重なった金属層の一部を狙って彫れやしませんよ。

 注射器を作るのに精一杯な冶金技術でどんな異次元な技術があれば可能なんですか。


 強いて言うならどれも鍛冶業の範疇です。

 術式具元師はどっちかというと彫金師なんですよ。


「残念ながら。刀身内部の空洞もしくは別種の金属を図に書き起こす技術、密閉された金属内部を削りだす技術でもない限り、不可能でしょうね」

「そうか。売り手の身元を探すほうが速そうだな」

「その売り手の話ですが、素性はともかく顔や特徴は伝わっていないんですか?」

「あぁ、白い外套の女だったそうだ」


 白い外套と聞いて思い出したのは一人の少年。

 濁った無垢と表現するのが一番な相手、学園にちょっかいを出してきた魔獣信仰組織の刺客クリック・クラックです。


「郊外で白い外套を着た六人を見たという冒険者の証言からは追跡できていないな」


 六人。

 少なく感じますが、こう捉えると印象も変わります。


 『特殊な技能を持つ人材が六人もいる』と言い換えたらどうでしょう。

 少数精鋭の危険分子――それが野に放たれているのです。


 危機感くらい、持ちますよ。


 というか相手の全体像が把握できませんね。

 本当に倒しても倒しても現れるゾンビみたいな組織でないことを祈ります。


「その女、鈴の音はしましたか? 不快な音だったそうです」

「いや? 身のこなしは軽そうだったが、そこまで特徴があったわけじゃない……、て、どこ情報だ、そりゃ」

「相手先を永遠にお還りいただいて得た情報ですよ」

「それしかねぇよな、悪い、愚問だった」


 盗賊の頭が言った相手とは違うのでしょうか?

 少なくとも敵は九名以上、いえ、もっといると見ておくべきでしょう。

 百人以上いてくれると逆に簡単なんですけどね。


「わかりました。その白外套の集団ですが魔獣信仰組織の可能性があります」

「魔獣信仰だぁ? なんだそりゃ?」


 かるく魔獣信仰組織について説明しておきました。

 大組織でもあるグランハザードからすれば頭の痛くなる話題だったのか、内容を理解した瞬間、苦い顔をしました。


 そう、魔獣信仰組織の一番、いやらしいところは大組織であればあるほど影響が強いところです。

 知らず敵に加担していて、しかも、加担していても罪の意識はおろか疑うこともないんですから。


 しかし、どんな組織でも深い場所で動いていたとしても、何かが動いていたのなら必ず痕跡があります。

 その痕跡をグランハザードの組織力を使って集めさせます。


 なんなら魔獣信仰組織の利点を逆手どって、おとり作戦でもしてくれると助かりますね。


 他にも情報源が欲しいところですね……、あぁ、ありましたね。

 敵にとっても意外な相手が。


「どこにでもいる、か。そいつは厄介だな。まぁどこにでもある古い言い伝えを信じてるだけってんだからちょっと教育してやるだけでなんとかなりそうだな」

「言っておきますがそのちょっとが大変ですよ。何せ子供の頃から信じている物事はなかなか変えられません。本人がおかしいと思っていないので発見が難しく、先入観があるので変えようとする意識も育ちづらく、最後に悪気がないので歯止めもありません」

「おかしいと指差されなければわからない、てところか。思ったより時間がかかりそうだな」

「一応、こちらでも対策は取っていますのでそのうち廃れていく予定ですが……」


 こればかりは義務教育の成果とアレフレットの活躍に期待するしかありません。

 必要ならばベルベールさんに頼んでアレフレットを支援してもらえるようにすべきでしょうか。


「あぁ、そういうことか。義務教育計画はその魔獣信仰をなくすために作られたってわけか」

「いえ、ただの成り行きです」

「ならどうして秘密組織の撲滅まで一緒にやっちまおうとするんだよ……、そういうところは本当にわかんねぇな」


 実体か思想かなんて差別はしませんよ。等しく撲滅です。


「魔獣信仰の対処はこっちにも影響があると考えりゃ、まだ良い報告で済んだわけだが……、白外套の一味か」

「もしも白外套に出会ったら、なるべく武装隊で対応せずに騎士や上級の冒険者と連携を取ってください。場合によっては有名どころの冒険者と繋がっておいたほうが賢明です。少しでも武力で解決できないと思ったら、いえ、もう武力行使は一切、考えないほうがいいかもしれません。【戦略級】が近くにいるのならともかく【戦術級】だと何の情報も得られず殺される可能性も視野に入れてください」

「【戦略級】が相手と思って行動しろってか」


 戦力が【戦略級】相当かどうかは定かではありません。

 相手の手札がわからないのに向こうはこっちの手札を知っているかもしれません。

 敵が新技術を持っているということはそんな状況にあると言ってもいいくらい、不利な状態です。


「欲しいと思ったもんは敵の手か。内紛を思い出すな」


 縛られたままポツリと呟く様は少々シュールでしたが、今更でしょう。

 なんとなくですが、自分も同じ感想です。


「なら、やることは同じです」

「殴って、縛って、奪い取るってか?」

「失礼ですね。バカが刃物を振り回しているのにぶん殴らない理由はありませんよ」

「普通は逃げるっつーか、関わらねぇよ」


 グランハザードが肩を落として、ジト目になりました。

 ちなみにその刃物が良い物なら迷惑料として頂きますし、ボロだったのなら叩き折って目ん玉に返してあげます。


「この先、もしも同じような刻印武器を見つけたら回収、できればエドに分析してもらってください。王国が新技術を吸収できれば相手との差も少なくなるでしょう。それよりも……」


 お仕事の話はこれでおしまいです。

 一番、重要なことを話さなければなりません。


「やはり桜一刀『冬景式』を決闘で使いますか」

「あぁ、相手が親だろうがガキだろうが全力で戦う。それがグランハザード流だ」


 概ね予想通りの言葉が返ってきました。

 使わない理由がありませんしね。予想内です。

 

「わかりました。もう帰っていいですよ。学園と居留地までの警備に関してですが盗賊がいるかもしれないからという理由でゴリ惜ししておけばなんとかなるでしょうし」

「お前な……、本気で術式具と多関節鎧のことを聞きたかっただけかよ」


 なんて言っていますがグランハザードも理解しています。

 この話し合いは情報交換だけではなく、今後のお互いの落としどころを意味しています。


 その全てが片付くのはやはり決闘の日なんでしょうね。


「次に会うときは決闘の日になりそうですね。こっちも忙しいんですよ。来月の貴族院の試験や冬支度がありますし」


 単純な親娘のすれ違いがここまで重要になってくるとは思ってもいませんでした。

 スケジュールの圧迫は以前、完全に解決していないんですよ?


「なぁ、聞いておきたいんだが」


 束縛が解かれたグランハザードが席を立って、胸当てを外した時でした。


「決闘では勝つ。何を使っても俺が勝つ。文句はあるか?」

「いいえ、ありません」


 何気なくを装いながら背を見せ、声色は荒れることもなく丁寧で。

 何一つ不自然のない自然さでした。


「それが最善だ。誰も困りやしない。商会の連中もおかしいとは思わないだろ」

「そうかもしれませんね」


 まだ居たレイハムさんに次々と新型多関節鎧の部品を渡していきます。

 心なしかレイハムさんがまた青ざめているように見えますが気のせいですね。


「才能もある。筋も悪くない。そんな娘を後継者に据えて何が悪い」

「悪くありませんね」

「クレティアス卿に取り入るのも経験と箔をつけさせるための事業だ。これから食糧事情が改善していけば河運は必ず力になる。引き継がせてぇんだ」

「いい経験になりますね。それも試金石になるような」

「んじゃぁ、何が気に入らないんだ? あいつもお前も」


 その問いへの答えはもう考えてありました。

 そもそもが学園長も似た問いかけをしてきましたからね。


「マッフル君が願い、そのための努力をしています」


 世間話のような軽さで交わされる重要な言葉。

 マッフル君の父として、商会の長としての言葉に不真面目に返すつもりはありません。


「マッフルのためだってのか?」

「単純な話ですよ」


 自分は一度、天井を仰ぎました。


 生徒だから、という答えもありました。

 頭に血が上ったおっさんに冷や水をぶっ被せたいという答えもありました。

 他にも細かい答えはいくつも頭に浮かんでは消えていきました。


 しかし、それらを取り払えば一つしかありませんでした。

 それはマヌエラ院長に言ったことと同じです。


「戦えばきっと、どの道を選んだとしても胸を張れるからです」

「……そいつは、どういう意味だ?」


 自分の答えにグランハザードは


「選んだ? それじゃまるでまだ……」

「わかりませんよ? こっちもまだ決意しか聞いていませんしね」


 全ての装備を取り払ったグランハザードは難しい顔をしたままでした。


「あ、痛っ」


 そして、微妙な沈黙の間で指を咥えているシェスタさんがちょっとマヌケでした。


かんたんリングラ世界ダンジョンせつめい


『ウガの深淵』

なんか暗い。陽が差しても暗い。


『大マスカリア遺跡』

外は極暑で内は極寒の極限環境。


『罪禍ロージンシアの掖庭(えきてい)

めっちゃ毒。毒入ってる。


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