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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
360/374

The Exterminate dress

 周囲は常に観察し続けなければなりません。

 得た情報から素早く決断し、迅速に行動を起こすこと。

 そうして得られた情報を再び決断と行動の材料にします。


 さしずめコレの繰り返しが敵地の歩き方でしょうか?


 というわけで早速、マッフル君の頭にたんこぶを作って正座させ、青年の介抱は他の人にしてもらいました。


「ぐぐ……、今回はあたしのせいじゃ……」

「正座させたのは別件です。その理由は話の後ですね。まずは」


 現状、様々な人々が自分たちを遠巻きに眺めていますが無視です。

 彼らからグランハザードに連絡が行くでしょうが、そこからどう動いてもらっても問題はありません。


 どう動いても対応できるからです。


 それにどうせ自分と生徒たちがやってきたことなんて最初にキャラバンへと入ったときには知られています。


 理由は二つ。

 一つ目はベルナットを捕まえて店に入る前に、商会員が走っていったのを目撃しています。

 アレは哨戒任務も兼任している商会員です。

 哨戒に見つかった敵は必ず警鐘を鳴らされるものです。


 二つ目はレイハムさんの存在。

 自分とレイハムさんはお互いに顔も知らない間柄にも関わらずレイハムさんから声をかけてきました。


 つまり、これは自分の目的は『多関節鎧絡み』だと判断した誰かさんが、その可能性を想定して自分の下にレイハムさんを送りこんだ証拠です。


 そして、この二つが意味することは『相手は自分の存在と所在を完全に把握して指示を出している』ということです。


 そんな相手はこのキャラバンに一人しかいません。

 当然のごとくグランハザードですね。


 知り合い相手に厳重すぎな気もしますが当然の対応です。


 自分とグランハザードは商売仲間あるいは共同開発者と言える関係です。

 取引先の相手が格下ならともかく、同格の関係でそのうえ自分は昔からの商会員からは嫌われている始末です。

 商売客相手でも商人相手でもどちらの対応もできません。

 味方の溜飲を下げながら、しかし、こちらの機嫌も損ねない対応となるとグランハザードはかなり気を遣ったでしょうね。


 敵地に居ながら自分に絡んでくる商会員がいないという結果がグランハザードの頑張りを物語っています。


 もっとも完全には人払いなど不可能なので、多少の嫌悪の視線は感じたわけです。


「とりあえずリリーナ君、帰ってくるように」


 少し大きめの声をあげるとすぐさま幌馬車の上からリリーナ君が飛び下りてきました。

 ご丁寧にセロ君を抱えたままです。


 そのセロ君もそういう扱いに慣れているのか、平気な顔で抱かれています。


「事の推移は見ていましたね。マッフル君の証言と違う部分があったら言うように。では話をしましょうか。何事です」

「いや、何事も何も、あいつがあたしに突っかかってきた挙句、暴力奮ってきたからぶっ倒しただけだし」


 青年へと少し視線を向けました。


 青年の歳はちょうどマッフル君くらいでしょうか。

 フリド君と比べると肉付きが一回りか二回り小さく、スマートな分だけ体力はありそうですね。

 商人としては標準の服装、見習いが着るにしては上等なものであるところから見習い期間を終えて、ようやく仕事を任されたくらいでしょうか。

 

 肩を押さえ、痛みに顔を顰めていてもマッフル君を見ていました。

 その視線の色は憎しみでも恨みでもなく、怒りと別の何かが混じっていますね。

 敵意はなく、しかし、悔しさはあるとなるとこれは……。


「なるほど、よくわかりました」

「え? なんでそんな脱力した感じなわけ?」


 なんというか、この青年はマッフル君と同期の商人見習いのようです。

 それがそろそろ町商人の一員となって、実際に商売に携わることになったので今回のキャラバンの帰りに降ろしてもらえる手筈になっていたようです。


 彼はようやく一人前への道を踏み出したわけですね。


 しかし、『すぐにでも町商人になれるのにわざわざ王国縦断という遠回りをしてまでキャラバンにいた』ということになりますが、見ないふりしておいてあげましょうか。

 普通に巡回商人にくっついて行ったほうが早かったとか伝えたら、彼はきっと悶え死ぬでしょうし。


「あとはマッフル君を見つけたこの青年……、名前は?」

「パーたりん」

「ちげぇ!? パウルだ!」


 突発的に叫んだパウル青年は痛みに呻きました。


「いっつもいっつも『頭がおかしいこと』しか言わないから頭がパーでパーたりん」


 おぉ、おぉ、青年の顔が真っ赤です。

 あれは照れや恥ではなく、純粋な怒りですね。


「人が親切で忠告してやってるってのにお前ってヤツは!」

「お前じゃありませぇん。名前も忘れたの? バカじゃないの?」


 とりあえずマッフル君に拳骨一発、愚か者の末路として一敗地に塗れてもらいました。

 余計な挑発をするんじゃありません。


「パウル君。君も話がややこしくなるので口を挟まないように」

「あんたがどこの誰だか知らないけれど!」

「君は自分に二度、同じことを言わせる気ですか?」


 笑顔で言ったらパウル青年は青ざめて頷きました。


 しかし、前から思っていたのですがあまり脅さないように笑顔を作ると逆に怯えるのは何故でしょうね。

 効果が分かっているので言葉を止めるために多用していますが、そんなに怖いんでしょうか?

 それとも世の中、鏡がある場所が限られていて良かったと思うべきですかね。


「先生のあの顔は目が笑ってないからこわいこわい、でありますなー」

「ふぇ? せんせぃの目は優しいのですよ?」

「セロりんはオシオキされないからあんまり正面から見ないであります。本当はこわい先生の顔であります」


 自分の笑顔については後で考えるとして……、パウロ君は自分が誰だか知らないようですね。


 ですが衆目の何名かはゴーヤを奥歯ですり潰しているような顔をしていました。

 中には拳を握って、今にも飛び出しそうな者もいます。


 これは少しまずいですね。


「場を収めるだけです。無駄な制裁などは考えていないので静かにしていなさい」


 と少し大きめの声で言うと、気勢をそがれた幾名は小さなたたらを踏んで、身を整えました。

 どうやら乱入は諦めて警戒を続けるようです。


 血が余っている商人が多いですからね、この商会は。


「さて、話を手早くまとめましょうか。パウル君はマッフル君に『父親との決闘を止めて、素直に商会の跡を継げ』と忠告したわけですね」

「んなッ!? なんでそれを……」


 驚愕しているパウル青年とは対照にマッフル君は平静としていました。

 これは言われると予想がしていたのでマッフル君に動揺はありません。


「しかし、マッフル君は無駄な挑発をしつつ拒否。怒ったパウル君は暴力を奮おうとした。そして、マッフル君はパウル君を返り討ちにしました、と」


 第三者から冷静に自らのことを聞かされ、パウル青年は頭を垂れてしまいました。


 感情を抜きにして語ればパウル青年は返り討ちにされただけです。

 たとえマッフル君を想ってのことだったとしても手段に拳を用いたのは間違いでしたね。


「パウル君に関して自分が言うことはありません。それは自分ではなく君を育てている商人が言うこと、怒ることです」


 こうした自分の方針をあえて口に出しているのは周りを刺激しないためです。

 効果があったかどうかはわかりませんが周囲は暴動を起こさない程度には自制が効いているようです。


「なのでマッフル君。君の失敗を一つ、語りましょう」


 この流れで説教が始まるとは思っていなかったマッフル君は正座からいきなりダッシュで逃げ始めました。

 舌を巻くほど鮮やかな逃げっぷりです。


 しかし、その逃げザマを予想しなかったと思いますか?


「――ぐえッ!?」


 逃げようとしたマッフル君の襟首を掴むと絞め殺された鶏のような声を上げて、後ろにぶっ倒れました。

 痛み顔で天を仰ぐマッフル君の視界に入り、ちょっと微笑んでやりました。


「君の身分は今、グランハザード商会の商人見習いではなく学園生徒です。外の身分の者が学園生徒への手出しを禁止されているのと同じく、学園生徒もまた大きな干渉を禁止されています。売買や取引、多少のことは君たちのためにもなります。許容しましょう。ですが、喧嘩ばかりはそうも言っていられません」

 

 ただの喧嘩ならともかく、喧嘩から発展して暴力行為や恐喝、殺人などになろうものなら義務教育計画や学園事業のこれからに悪い影響を与えます。


 それだけではなく、単純に生徒たちそのものにも悪影響です。

 黙っていられるわけがありません。


「例え古巣であっても、家族の下であっても同じです。今は心を研ぎ澄ませなさい。理由は何故か、言う必要がありますか?」


 己の父と決闘をするのです。

 家に帰ってきた気分で居られてはただでさえ勝てる見込みがないのに、さらに可能性がなくなります。


 今から少しでも心を研ぎ澄ませないと『この後の予定』に響いてきますしね。


「……別に、わかってるし」


 自分の言わんとしたことに気づいたマッフル君はしかめっ面をして、ゆっくり身を起こしました。


 マッフル君を心配そうに見ている気配もありますし、先ほど暴走しそうだった気配はマッフル君のことを含めて感情的になっていたようですね。

 その辺りはパウル青年と同じようです。


 ずいぶん気にかけてもらえているようですね、マッフル君。


 起き上がったマッフル君は不機嫌な目つきのままパウル青年の前に歩いていきました。


「あたしは、あたしのやりたいと思ったことをやってるだけ。無謀とか考えナシとかそういうんじゃない」


 マッフル君の剣呑な目つきにパウル青年も少したじろぎました。

 ちょっと格好がつかないと思ったのでしょう、パウル青年は腹に力を入れてマッフル君をにらみ返しました。


 ですが、そのハリボテもすぐに剥がれてしまうでしょうね。


 何故ならマッフル君の言葉には続きがあり、そして、自分が知るマッフル君ならきちんと結末と結果を踏まえて覚悟しています。


「今ここで夢をあきらめるくらいなら全部、失くしたっていい」


 その言葉は宣誓でした。

 宣言であり、自らの道に賭ける意気込みでした。


「何の覚悟もないのに突っかかられても迷惑だし。そんな余裕、あるの?」


 絶句するパウル君。

 どこか似た者でも見たことがあるのか懐かしそうな顔をするギャラリーたち。

 応援するように胸の前で拳を握るセロ君。


 そして、膨れっ面のリリーナ君が……、え?

 なんでそこで怒、あぁ、そういうことですか。


 確かにリリーナ君が怒るのもわかります。

 ただ怒っただけで理解はしているでしょう。

 マッフル君の決意に裏はなく、リリーナ君が怒った意味なんて微塵も考えていないことも。


 パウル君が二の句を挙げられず、口をパクパクしている間に人垣の方がざわざわと騒がしくなってきました。


「おいおい。大道芸人を呼んだ覚えはないぞ。やるなら許可取ってくれ、許可」


 割れた人垣からうんざりした顔のグランハザードが来ました。

 傍に控えているのは戦隊の隊長ブラムセッタさんです。

 護衛というよりも自分が巻き起こす騒動を鎮火させるための人員でしょうね。


「おや、許可を取ったら幕を開けてもいいんですか? 悲劇か喜劇、どちらがお好みかによって変わりますが一応、オススメは喜劇です」

「座もないヤツに許可なんてやらねぇよ。血だまりの寸劇なんざ誰も見たかねぇしな」


 肩を落とすグランハザードに自分は金貨を一枚、放り投げました。

 グランハザードは軽く片手で金貨を掴むと、さっさと懐に仕舞いました。


「まいど。おう、お前ら! サボってねぇでとっとと仕事に戻れ! パウル、お前もだ!」


 あの金貨がギャラリーを散らす手間賃と見た者は何名居たでしょうか?

 ちなみにアレは昨晩の盗賊の運搬費用です。


 肉のスープの具材となった竜車の荷台はそんなに高くないので金貨でも十分でしょうしね。

 利率は悪い方ですが、まぁ、それも込みのお仕事です。


「……考え直しはしないってか」


 複雑な顔のパウル君と一緒にぞろぞろと去っていくギャラリーたちを背景にグランハザードはマッフル君を見ずに小さく零しました。

 それにマッフル君はまっすぐグランハザードを見て、舌を出しました。


「まるでどっかの誰かさんみてぇなことを……」


 自分を見て言うの、やめてくれませんか?

 まるで自分が親の心配を嘲笑う行為を平気でやっているみたいじゃないですか。


「そうですね。自分は人を選んでやりますが流石に親に向かってやることはありませんね」

「どう考えてもどこぞの教師が原因だよな」

「そんなことよりグランハザード。せっかくなので」

「模擬戦をやるっていうつもりなら金貨を山ほど包まれても御免だな。事故に見せかけて両腕か両足くらい折られかねん」


 せめてマッフル君に対策くらい練らしてやりたかったのですが、やっぱりお見通しですね。


 ついでに手傷を負わせて弱らせておく、という手も使えないようです。


「仕方ありませんね。とりあえずマッフル君たちの採寸が終わったら帰ります。来月は試練もあってこの子たちも余裕がありませんからね。これでも決闘には手を出すなと学園長から言いつけられていますからね」

「そうか、そうしてくれ。あんまり刺激しないに越したこともないからな」


 なおも挑発を続けていたマッフル君の襟首を掴んで、自分たちはベルナットの店に戻りました。

 マッフル君たちの採寸を待ちながら、これまでをまとめて考えていました。


 まずグランハザードとは簡単な会話でしたが様々な情報を得て、与えられました。


 自分が決闘に関与できないとわかればグランハザードも考えるでしょう。

 当然、警戒したでしょう。

 自分の性格をよく知るグランハザードがこの言葉を鵜呑みするはずがありません。


 当然、どのような手段で手を出すか考えるでしょうね。


 マッフル君を強くするのか、あるいはグランハザードを妨害する形にするのか。

 これは早い段階で見切りをつけられます。


 自分なら学園長の隙を突いてマッフル君の強化を目指すだろう、と。


 大当たりです。

 そのための段取りはすでに終わっています。

 あとは実行に移すだけです。


 そのうえでどこまで強くするのか。

 強くする方向性は何か。


 ここまでの計算式を想定している時点で自分の予測範囲内です。

 ここからはグランハザードも自分の予測を超えるために動くことになるでしょう。


 グランハザードの性格なら己が扱える範疇での最高で最大の術式具や道具、武器、防具を用意するでしょう。

 だからこそ自分はグランハザードの予測を『支配』することができます。


 ですが結局のところ、情報を与えたことでグランハザードの手が読みやすくしただけです。

 肝心要となるマッフル君がコレを凌駕できるかどうかでしたが、ここマッフル君の気持ちを知れたのは大きいですね。


「先生さー、学園長に釘刺されたって?」


 採寸が終わり、ベルナットの熱い見送りを背に生徒たちと広場を出た先の話です。


 半年前は太古の大自然のように見えた森も今ではすっかり見慣れた緑です。


「そうですね。まぁ、今まで色んな事をしでかしてきていますからね。学園長の立場では仕方ない言葉でしたよ」


 リリーナ君に頬や髪を引っ張られて、やや辟易した顔のマッフル君に言われました。


「それ、絶対、あたしらだけの話じゃないよね」


 自分も含まれていますが間違いなく君たちも原因ですよ?

 

「先生が釘を刺されることなんていつものことですわ。そんなことよりどうしてリリーナさんは愚民にちょっかいをかけていますの?」


 今なお繰り広げられるリリーナ君のマッフル君いじりはとうとう歩きながらマッフル君の短い髪を三つ編みにするという暴挙にまで発展していました。


「いや、わかんないし。つーか、歩きにくいから止めて欲しいんだけど、滅茶苦茶機嫌悪そうだしさ」

「ぶー、であります」


 やはり自覚症状ゼロなマッフル君でした。


「少しばかり弄られていなさい」

「え? なんでさ!?」


 そりゃそうです。

 マッフル君の宣言は人によっては『夢のためなら仲間すらいらない』と言い換えられます。


 もちろん、マッフル君にその意図はありません。

 どれだけ夢に賭けているかを出した言葉だったかもしれませんが仲間側からすれば、寂しくもなるものです。


 特にリリーナ君は先月の件もあって疑似家族観が変化し、若干、友達や仲間に関して不安定な面もあります。

 甘え方や頼り方、逆の頼られ方なんかに不安があるんでしょうね。


 どうしていいかわからないのはリリーナ君も一緒なんです。

 しかし、一過性のものなのでそのうち落ち着くので放っておいています。


 その気持ちの答えを出すのはやっぱりリリーナ君ですから。

 手を出していい問題とそうでない問題、その見極めをきちんとしないとこっちがパンクしますから。


「それにしてもセロは残念でしたわね。院長に会えなくて」

「……はぃ、なのです」


 リリーナ君がマッフル君を弄っている間、クリスティーナ君も手持ち無沙汰となったのでしょう。

 セロ君へと歩みを合わせ少し柔らかい口調で気遣っていました。


 どうやらマッフル君はセロ君とリリーナ君を連れてマヌエラ院長に会いに行っていたようです。

 父兄の方々が寝泊まりしている竜車に居たそうなのですが、タイミング悪く外出中だったので先に買い物を済ませ、一度、ベルナットの店に戻ろうとしたときに事件が発生し、あれよこれよという間に出て行かなければならなくなったわけです。


 しかし、セロ君はマヌエラ院長と会えなくてホッとしたような、そんな己を恥じているような微妙な顔をしていました。


「神様がきっとまだ会っちゃダメっていってるのです。こんな、ぐちゃぐちゃな……」


 小さく呟いた声の続きはきっと『気持ちのままで会ってもマヌエラ院長も喜ばない』でしょうか。

 気持ちをもっと固めて、キチンと言えるようになりたいんですね。


 そのための時間はあと六日。

 そして、それはマッフル君も同じです。


「その通りですわ、セロさん。親に会うのに暗い顔をしたって心配させるだけですわ。ほら、猫背になっていますわよ」

「ひゃぃっ」


 クリスティーナ君はセロ君の背中を少し叩き、セロ君は奇妙な声を挙げました。

 エリエス君もさらに口数が少ない中で唯一、平常運転中なのはクリスティーナ君だけですね。


 いつもと様子の違うヨシュアンクラス。

 でも、これは必然です。


 進路相談は今までぼんやりとしか見えなかった未来を考え、どのように踏み出していくのかを決めていくことです。

 それは見通しの暗い道を歩いていくようなものです。


 不安にならないはずがありません。

 身震いして、見ないフリをすることだってあります。


 それぞれの道に対してそれぞれが考える時期です。

 必要な問題を出すこともできます。

 具体的なヒントだって出すこともできます。

 しかし、その答えだけは生徒たちが掴み取らなければなりません。


 自分にできることはそう多くはありません。


「さて、少し寄り道をしましょうか」


 逆転、だからこそ自分にもできることがあります。


 自分は学園の門が見えない位置で生徒たちを手招きしました。

 どうしてセロ君以外、微妙に警戒するような顔をしているんですか。


 取って食ったりしませんよ。


「あー……、あんまり考えないようにしてたけどさ、これってアレかな」

「ふん。リリーナさん。いざとなったらわかっていますわね」

「セロりん。何かあったらリリーナを見捨てて逃げるであります」

「ふぇ? ふぇーっ? どういうことなのです?」

「たぶんこの先は試練」


 大体、予測ができているようで何よりです。


 学園へと至る道の脇は足も踏み入らないような獣道がありました。

 本当は存在しない道なのですが、こっちもうまくやってくれたようです。


 警戒した生徒たちを引き連れて歩き続けるとあからさまに夕暮れの色が目立ち始めました。

 グランハザードのところで時間を使いすぎたみたいですね

 あまり多くの時間が取れないことだけが残念です。


「決意の再確認。新しい道。道を行くのに必要なもの。そもそもが道を切り開くしかないもの。色々とあるでしょう。そんな中で先生も君たちに何をすべきか考えていました」


 柔らかくも冷たい風が植物の隙間を抜けていきます。

 その逆風の中を自分は先頭で歩き、語り続けました。


「差し迫るものは多く、時間だって限られています。現にマッフル君の決闘はあと六日後。勝率はお世辞にも高くありません」


 時には生徒たちが傷つかないように枝を結び、足元を固めながら。


「先生がこれから考え、成すこと。これが必要なことなのか正直、わかりません」


 やがて銅色に染まる広場に辿り着き、生徒たちに先に行くように促しました。

 一人、また一人と広場へと身体を出していきました。


「ですが君たちは女の子ですからね」


 その後ろ姿、そして息を呑む生徒たちの気配を感じながら、自分は軽く手を挙げました。


「新しい逆風には『新しい装い』を送りましょう。着こなすのに若干、努力と時間が必要ですがね。良く似合うと信じています」


 そこには一人の奇抜な男がいました。


「はぁい。ヨシュアンクラスのみ~んな?」

「知っている人もいると思いますが改めて紹介しておきましょう。先月より学園で遺跡調査を行っているエドウィン・フンディング伯爵です」

「今日はヨシュアンの頼みもあって……、あら、これって言っちゃダメだったかしらん」

「『才能あふれる未来の担い手たちに感動したエドウィン卿が自発的に生徒たちの教育に協力し、課外活動で教鞭を奮う』というお話です。わかりやすく言うとクリスティーナ君、もっと喜んでいいんですよ」


 当のクリスティーナ君は口をパクパクさせていました。


「半年もかかり、捻じれた形にはなってしまいましたがなんとか約束は果たせそうです」


 半年前、クリスティーナ君に無理矢理認めさせてしまう形になった約束。

 自分では果たせない約束だったので何も策を考えていなかったのですが、こうなってくると話は別です。


「当代【タクティクス・ブロンド】から薫陶を得られる、そのために努力するという約束です」

「そんな約束、今更ですわよ!?」

「手出しできないからって超大物連れてきたし!?」


 クリスティーナ君とマッフル君から怒号のようなツッコミを頂きました。


 おかしいですね。

 泣いて喜ぶところだと思うんですが、やはり奇抜な恰好の男だとあんまり喜ばれないんでしょうか。


「そんなに悲観してはいけませんよ。こんな変な恰好をしていますが極めて優秀な臨時教師ですから」

「そういう話じゃないですわ!?」

「そういう話じゃないし!? むしろそこはわりとどうでもいいし!?」


 【瞬歩】で詰め寄ってきたのでそれぞれの頭を押さえてやりました。

 

「あ~ん、面白いわねぇこの子たち」


 頭から喰わんとすべく色々と詰め寄ってくるクリス&マッフルを捌きながら、エドの呑気なセリフに密かな溜息をつきました。

 これぐらいのスタンスの方が気持ちは楽なんでしょうかね?


 もちろん銃後の備えも完備していますからね。


 だから安心して新しい道に臨んでもらいたいものです。


今年もあと少しです。

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