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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
348/374

Don’t compare yourself with anyone in this world.

長らく空けてしまったのでここらで一つ、前回のあらすじをまとめます。

・旧知二名と一緒に保護者が来た。

・シャルティアが倒れた。

・拾ったエルフの赤ん坊がゆるやかに衰弱しているので止めに行く。

・明日は授業参観。


相変わらずイベントが複数乱立しているようで何よりです、泣きたい;;

『古の時代――神々とヒトの子の認識せかいが薄風の膜で隔たれ始めた頃の話だ』


 モフモフの背中に乗った状態の、目的地までのわずか一分そこらの間――


『人々は大いなる悪病を治すためにマグルの主に答えを求めたことがあった。マグルの主はそれぞれの種族に病の癒し方を教えた』


 ――尻尾に捕まったヴィリーの喚き声すら聞こえないほどモフモフの言葉は頭に響いていました。


 マグルの王とは神話にも登場する岩の王のことです。

 神々の一柱に数えられ、その体は『嵐のファーブニール』を戒めるための道具としての役目を果たし完全崩壊しました。


 しかし、神話の異聞録では今なお生きているとも言われていますが、どうでしょうね。

 実際のところは諸説様々だったのでわかりません。


『獣には強靭な体があった。故に心を落ち着かせる術を与えた』


 元々治癒力の高いヴェーア種は休むことが一番、ということですね。


『ヒトには強い繁殖力があった。故に間引く手段を与えた』


 発想はともかく効率的手段としては正解です。


 ヒト種の繁殖力は他の種族の追随を許しません。

 故に個体での死を諦め、種として生き延びろ、と言い放ったのです。


 それがヒトの望んだ回答でなくとも岩の王は示したのでしょう。

 しかし、それは正統であって正当ではありません。


 神の道理は何時だってヒトの道理とは相容れないものです。

 自分の恋しい者を見殺しにする回答に誰が納得するのでしょうか。


『その後、様々な者に病の治し方を教え――』


 岩の王の回答はロジカルとしての正解を導き出すことにかけては神の名に恥じない存在なのでしょう。


 だからこそ気づかなかったのです。

 あるいは気づいていても止められなかったのかもしれません。


 ちなみに神話的オチを語りましょう。

 この時、ヒト種が得た間引き方法は後に他の種族への武器として使われます。


 本来、数の多い同族に向けられるはずの手段が数の少ない異種族に向けられた時、大量虐殺の手段に変わったのです。


『――エルフには木を与えた』


 そして、止まった先はどこかで見たことがある森の中でした。


 苔の絨毯に木には蔦模様のオブジェクト。

 夜でもどこか仄かに明るいのは緑の源素が活性化しているからでしょう。


 ここはポルルン・ポッカたちの巣です。

 豊潤な源素の流れは前に見たとおりでしたが、どこか不景気な空気を感じられました。


 モフモフから降りるのとヴィリーが地面で潰れたカエルのような声を上げたのはほぼ同時でした。


『ア スィムラン ヤッホ』


 ぐてん、と苔の絨毯に寝そべりながらポルルン・ポッカは小さな手をひらひらとさせていました。

 他の個体も似たようにそれぞれの場所でナマケモノのようにぐったりしていました。


 ぐったりとした様は死体置き場のようですが、それぞれが適当に蠢いているせいでどちらかというと負傷兵置き場といった様相です。


「そういえば生徒たちがポルルン・ポッカたちの不調を訴えていましたね」


 嘘とは思っていませんでしたが真実だったみたいですね。

 これならこっちも腹の立つ台詞を聞かれることもありません。


『ヤッホ ヤッホ』

『タイシタ オカマイモデキヘンデ』

『ブブヅケ オメシアガル?』

『ヨフケ ニ ヒトノウチニクルナンテバカジャナイノ』


 よーし、相変わらず一匹、反抗的なヤツがいますね。

 しかし、誰が何を喋っているのか判断つきづらいのが難点です。


 これはもう全員、皆殺しにすべきですね。


『こっちだ』


 ポルルン・ポッカに構わずモフモフは尻尾を立てて、奥へと入っていきました。


「森の聖地がまるで近所の道具屋みたいにありやがる……、色んな意味で規格外だわぁ……、あ、そういや隊長だった。じゃぁ驚かねぇッスわ」

「一言どころか二言以上多いですがポルルン・ポッカを知っているような言い回しですね」

「まぁ、こういう仕事やってると色々知っちまうッスからね。森にポルルン・ポッカがいると土壌が良くなって、木がよく成長するらしいんスよ」


 ポルルン・ポッカ=ミミズ説が浮上しました。

 いかなる情勢にも影響しないので早急に沈めておきましょう。


 無駄知識に溢れているヴィリーのことですから驚きに値しませんが、最新トピックだったポルルン・ポッカの生態を普通に知っていることには呆れにも似た感想が沸いてきます。


「昔、ちと世話になった牧師が言ってたのを覚えてた程度ッスわ」


 興味があるのかヴィリーは指先でポルルン・ポッカを突いていました。


『ブェー ヤメレー モットー』

「ははっ、なんだこれ。結構、愉快な生き物ッスね」

『アワワー モウダメー イケルー』


 目だけで『遊んでないでついてこい』と語るとヴィリーも腰を挙げてついてきました。

 段々と黄土色になっていくポルルン・ポッカを見かねたわけではありません。

 むしろ変色機能の無意味さと無駄さを即刻、止めてほしいので急かしました。


 モフモフの後を追い、すぐに一本の大木の前に出ました。


 天井の葉の中にぶら下がった桃色の謎果実。

 おおよそ果実というには何かを間違えたとしか思えない独特のフォルムはポルフィルの実ですね。


 エドが自分の命を救った素材だと行って絵付きで教えてくれたので知っていましたが、何よりも記憶に残ったのはその独創性の高い形状のせいですね。


「この木に自分も助けられてしまったわけですか」


 どうしてでしょうね。

 助けられたと素直に言えないのは。


 今はまだ死を望んではいません。

 それはあの夢でもフィヨに告げたことです。

 生徒たちが一人前になるまで己の死にたがりは封印したつもりです。


 なのにどうしてか『被られた』あるいは『被害にあった』ようなイメージがありました。

 力を尽くしてくれた生徒やエド、そして女神リィティカの努力を無駄にするつもりはありませんし、それとはまた別のところで立ち上がった思考というべきでしょうか?


 正確に言うと何故か『ポルフィルの木には感謝できない』という感覚です。

 自分の何がそんな思考に起因するのか記憶を思い浮かべても原因は判明しませんね。


『これは――守護者だ』


 ポルフィルの木の前で腰を落としたモフモフはふっと梢を見上げました。


「守護者? これが?」


 モフモフが語った守護者というものには知性を垣間見ました。


 何らかの目的を持ち、確固とした思想の下に行動していたように思えましたが――


「いえ、森を統べるというにはコレとない形なんでしょうが」


 ――なるほど、学園長が語ったアルベルタの一言、『森に襲われる』という言葉は比喩ではなくそのものだったわけですか。

 おそらくですがリーングラード全ての木々と繋がり、自由に動かせる力があったのでしょう。


 いくら戦闘に特化していないとはいえ【タクティクス・ブロンド】だったアルベルタや戦闘のためだけに作られたクリック・クラックを追い出している以上、相当な力だったのでしょう。


 限定戦域で多大な力を発揮するところはヴィリーに近しいものを感じます。


 しかし、思い返せば様々な怪生物に遭遇してきましたが、知性ある木とはますますファンタジーじみてきましたね。


『この森を守護し、ポルルン・ポッカを作った者』


 同じ何かを作る者として言えることが一つだけあります。


 それは作られた物は作者の思想が反映される、ということです。

 如何にどのようなニュートラルな気持ちで作っても作者が人間である以上、癖はあります。

 癖とは人生の生き様そのものである以上、やはり思想いきざまが反映されてしまいます。


 逆に作品を見れば作者の思想もわかってしまうわけです。

 そのものではありませんが、少なくともどこかに反映されている思想を見つけ出せるものです。


 ようするにですね、『ポルルン・ポッカを作った守護者は頭がおかしい』ということですね。

 命を助けられたり、生徒たちを助けられたりした手前、こう考えるのは失礼なのでしょうがポルルン・ポッカを見ているとどうしてもそう想わずにはいられません。


 わざわざ性格に難のある謎生物をどんな気持ちで作ったのか一切、理解できません。


「自分には普通の木にしか見えませんね」

『今はもう死んでいる』

「隊長、この木、もう死んでるッスよ?」


 モフモフは静かにそう告げ、ヴィリーもまた同じことを言いました。


『【無色の獣】と守護者は繋がっていた。思想を同じくするという意味ではなく、その魂そのものが繋がっていた』


 知らずポケットに手を入れ、指先に何も触れないことを確認してしまいました。


 今はもうありませんが一ヶ月前までは確かにあったもの。

 自分の命を救ったもう一つの力。


 魂の接続。

 お互いの生命をシェアリンクする術式具は確か木の実でした。


 守護者が製作者だったというのならば説得力があります。

 そして、製作者なら楔の術式を知らないはずがありません。


『故に【無色の獣】を滅ぼせば守護者も死ぬ』


 つまり、自分は間接的とは言え、恩のある木を殺したことになります。


 その事実に小さく息を吸いました。

 亡骸とは言え何か言うべきかと考え、口を開こうとして――


『コレは【無色の獣】を滅ぼすためにいた。余計な気遣いはおそらく無用だ』


 ――こっちの心情を察したのかモフモフは静かに言葉を止めました。

 そうですね。確かに何かを言うべきではありません。


 何らかの目的があり、己の信条に生き、そして死んでいったのなら恩恵を受けたとはいえ自分が何かを言葉にすべきではないのでしょう。


「ヴィリー。赤ん坊と木の同調はどうやるんですか?」

「……いやぁ、これは想定外っつーか、死んでる木じゃ同調してくれないッスわ。基本、木の方が同調してくれるから赤ん坊はなんもしなくていいんスけどね。しがいだけが残ってても厳しいッスね」


 そうなると後は赤ん坊の方から同調するしかないのでしょうが、赤ん坊は術式が使えません。

 稀に勝手に暴発させることはあっても、狙って同調するなんて理性があるとは思えません。


 この案は失敗でしたか。


『モフモフがやろう』


 モフモフの一言に自分は頷きを返しました。


 この万能狼なら何かの手段を持っていてもおかしくありません。

 赤ん坊を木の足元に置き、二歩下がるとモフモフが赤ん坊に鼻を近づけました。


 『眼』で見てみると赤ん坊と木の間で緑の源素が渦巻いていました。

 それらはお互いを行き来するように流れ、あぁ、なるほど。


 原理は以前、フリド君を解毒した時に内源素を操作したものと同じです。

 違いがあるのなら血液を媒介にせずに直接、源素を媒介にして同調している点でしょうか。


 内源素操作による人体操作の理想系がそこにありました。


『だがモフモフは想う――想わずには居られない』


 赤ん坊との同期が進むに連れて、青葉から枯れ木色へと変色していく故守護者。

 その様子はまるで残された木の生命力を赤ん坊へと移しているみたいです。


 ハタと我に返って自分はポルフィルの実の枝に風の刃を飛ばしました。

 ポトリと落ちてくるポルフィルの実を受け取り、余分な枝を毟り取りました。


 少し思うところがありますし、一実いただきましょう。


『その身を犠牲に【無色の獣】を封印し、その実は同胞を助け、その亡骸は今、赤子を救おうとしている』


 モフモフはどことなく背中を丸め、全体的に力を感じさせないようにだらんとしていました。

 自分の位置からでは顔が見えないので表情はわかりませんが、声はいつも以上に静かでした。


『血の一滴まで何かに捧げなければならない生き様をヒトの子は美しく孤高で尊いと呼ぶのだろうがそれは生きているとは似て非なる在り様ではないか』


 しかし、いつも以上に饒舌でした。


『生に他のためという意味はない。理由はあっても意味ではない』


 自己犠牲の全否定とはまた違うのでしょう。

 自己犠牲もまた一つの生き方としながらも、しかし生存の意味にはなりえないということですかね。


 生存そのものは独立した概念として取り扱っているのでしょうか?


 あるいは生存がそのまま理由と意味に直結している生物側から見たものでしょうか。


『なのに時折、そうやって生きる者はいる』


 狼の価値観から人の価値観を知り、そこから投げかけられた悲哀はどうしてでしょうね。

 まるで自分のことを言われているように聞こえてしまうのは。


『故に想わずには居られない』


 赤ん坊と木の間の源素がゆっくりと消えていきました。

 ただ滅び、土に還るだけだった木はその全てを赤ん坊に移され、ゆっくりと枝葉を落としていきました。


『そんな様は寂しかろう、と』


 守護者が何をしたかったのか、明確な情報も実感はありません。

 なのでモフモフのその気持ちを本当の意味で察することはできないのでしょう。


「理解を望んでいるわけではないんです。ただそうしなければ死んでしまうくらい辛いんですよ。手前のやってしまったことや見過ごしてしまったこと、手が届かなかったこと。その全てを捨てられずにいると寂しさなんてものを感じる余裕もありませんね」


 守護者に共感できる唯一の部分があるとしたら、そこだけです。

 モフモフの望んでいる答えではないのでしょうが、少しくらいの答えになればと幸いです。


「いえ、寂しいと思うから余計に寂しさを取り返そうとするのかもしれませんね」

『そうか』


 モフモフはそれ以上、何も言わず二度だけ尻尾を振りました。


 これで差し迫った一つの事案が解決した、と見るべきでしょう。

 振り返るとヴィリーは無意味に頭を掻いていました。


 目線は逸らしているので何か言いたいのでしょうが自重しているようですね。


「茶化さないんですか?」

「あの様子を見りゃぁ、その狼が俺様たちの理解の外の生き物だってことくらいわかるッスわ。隊長が関わっているっスからさらに倍率はドン! ッスね。あと、茶化したらぶん殴るっしょ」

「当然です」


 『やっぱりなー』と盛大に肩を落としているヴィリーを無視して、自分は赤ん坊を抱えました。

 よほど心地よかったのかすぅすぅと寝息を立てていました。


 寝るだけなら良かったんですがボタボタと股下から流れる黄色いものだけは勘弁してください。

 替えは社宅しかないんですよ。


 今から帰るんだからいいんですけどね?

 もうちょっと我慢してもらいたかったものです。


 しかし、これからはアレですか?

 ちょっと軽くお外に出るにも替えを用意しないとダメですか。

 油断したら死ぬより酷いってのは内紛と同じだと考えると、子育ては戦闘的アグレッシヴ・ミリタントですね。死人の代わりにきちゃない、きちゃない、ですか、そうですか。


 今すぐ放り出したいですね。


「ヴィリー。同じ種族ですし引き取りません?」

「いやいや、そりゃぁ隊長に任せっぱなしにするつもりはないッスけどね。最終的には引き取るッスけど正直、コブ付きは勘弁ッスわ」


 つまりリーングラードに滞在している期間中、赤ん坊の世話をしたくないと全力全開で拒否するってことですか。


「今すぐ里に帰れ」

「ちょ、ひどくないッスか? それ」


 手に入れた最後のポルフィルの実も有効活用しないといけませんしね。

 帰ってからのスケジュールを考えると中々、眠れそうにありません。


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