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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
214/374

明日また埋まらない溝を埋める毎日

 参礼日を迎え、レギィが帰る日になりました。


 朝一番に起きた自分は軽く朝食を済ませ、ローブを片手に社宅を出ました。


 道中、今後のことや学園長から聞かされた『魔獣信仰』のこと、生徒たちへの新しい試みなどを色々と考えていたらすぐに学園まで着きました。


 ヘグマントとピットラット先生が先に着いていたので挨拶し、一緒に待たせてもらいました。

 ヘグマントは早朝訓練で、ピットラット先生は何故か早起きなのでいつもこの2人が先に到着します。

 後はバラバラですね。


 若い者はだらしないと思われるかもしれませんが、この2人が特別なだけです。

 一番、遅いと言われる自分でも自営業の面から見れば普通ですよ。何せ術式具の買い求めやメンテは朝一でやりませんからね。

 

「長いようで短い【試練】でしたな」

「うむ! ヨシュアン先生がレギンヒルト試練官の相手をしてくれたからな!」


 自分とばかり話しているイメージが強いレギィですがリィティカ先生を筆頭に色々と喋っていた記憶があります。

 ただ、どうしてもシャルティア先生とはあまり話しているのを見たことがありません。


 シャルティア先生とレギィ、どちらが先に目の敵にしていたのか。

 これはもうわかりません。相性が悪いとしか言い様がないのでしょう。


「レギィ……、レギンヒルト試練官の印象をどう思いました?」


 好奇心で2人に聞いてみました。


「卒のない、楚々たる印象を崩さない完全な所作でしたな。丁寧で物腰も柔らかい……、となれば少しお願いし、教養の授業で実践をしていただいたほどです」

「体育や戦闘技術には疎かったが女性とはそんなものだろう! 最近の風潮か女性も戦えるようにならなくてはならないと言われているがな!」


 相変わらずの外面、完全装備のレギィでした。


「ヨシュアン先生をよろしくお願いすると頼んで回っていたぞ! 愛されているな!」


 恥ずかしいからやめれ、母親か。


 あまり聞きたくもない解答だったため地味に頭を抱えていると残りの教師たちもやってきました。


 最後に学園長が現れてから、すこし経つと【宿泊施設】方面から竜車が現れました。

 ユニコーンと月桂冠、青と白のツートンカラーの盾紋章を引っさげたご登場です。


 全部で3台、うち2台は途中で別れるはずです。

 レギィは王都に、ほかの荷物……特に【未読経典】は領地に送らなければなりません。

 教会からの借り物なので所定の場所にないと怒られる、という話を聞きました。


 一応、使用許可を出して使うらしいですね。

 ……初めから実践【試練】をやるつもりだったんじゃないかと疑いそうになりますが、おそらく違うと思います。


 どんな事態になろうとも無駄にならないから使用許可を取っていたのでしょう。


 戦慄と共に出迎えたあの一ヶ月前が懐かしいですね、ちくしょう。

 再会して早々、加重干渉されましたし。


 あの時と同じようにレギィが竜車から姿を現し、カーテシーを披露しました。


「クレオ学園長。そして本計画を支える教師の方々にはお世話になりました。めでたく【試練】を突破したようでその優秀な素質、そして、研鑽は必ずや未来のリスリアを支える礎となるでしょう」

「学園を高く評価いただけたようで心から感謝しますレギンヒルト試練官」


 評価させたのは学園長です、とは、もはや言いません。

 確実に自分たちの不手際ですから。


「学園教師陣には様々なご迷惑と、突然の申し出にも厚く計らいくださったことに感謝を表します」


 学園長だけではなく、教師陣にも略式のカーテシーを行い、感謝を示していました。


 突然の申し出……、というのはアレですか。

 授業参観したいとか言い出したことですか?


 酷い目にあいましたよ、本当に。

 本人の知らない間に婚約者にすり替えられていましたからね。

 そういえばあの授業参観の少し前からセロ君がレギィに妙な肩入れを始めていましたね。

 

 セロ君の視点だけで考えるとさぞ『レギンヒルト』という女性は綺麗に映ったんじゃないかと思います。


 壇上で凛々しく見え、クリスティーナ君との決闘では鮮やかに勝利し、上級神官としての言葉や母親か姉のような親しさで語りかけ、生徒五名を相手にしても一歩も引かない。


 案外、セロ君の憧れの女性像は『レギンヒルト』なのかもしれません。

 レギィとは大違いです。


 真実というヤツはちょっとした差でこうも印象が変わるものですかね。


 一つだけ賞賛しておきたいことは最後までセロ君の前では『レギンヒルト』であったことでしょう。

 昨日、壇上から生徒たちの前で帰ると言った後のことです。


 行って欲しくないようにしがみつくセロ君を優しく抱きしめていた光景は誰もが見ていました。


「それでは皆様の計画の遂行を心から応援しています」


 レギィが別れの挨拶をして、ふと思い出したように自分を見ていました。


「ヨシュアン……」


 それは突然でした。

 まるで手を触れるような気安さで動くレギィ。

 抱きしめるような距離でそっと頬に軽く口付ける瞬間――逆に捕らえました。鼻です。指で鼻をつまんでやりました。


「ひゃうん……」


 物理的に自分の虚を突こうなんて百年早いですね、まったく。


「いきなり何をするんです?」

「ヨシュアンこそどうして『行ってきますのキス』を邪魔するのです」

「当たり前です。男女の関係ではないでしょう。後、教師陣が見ています」

「ではリィティカさんなら許すんですか?」

「ちょ、いきなり何です!」


 まずい。まだ心根をリィティカ先生に知られるわけにはいきません。。

 好感度低いのに告白なんて自爆と変わらない……、ということは逆に知られてもまずいことです。


 リィティカ先生がどんな表情をしている気になって、チラリと見てしまったのが失敗でしたね。

 リィティカ先生は口元を両手で覆って、驚こうとする途中でした。


 頬を当たる唇の感触。


 何秒もないくらい、素早く、それでいてあっさりした頬キスでした。ちくしょう!?


「また王都で会いましょう。そのときは……」


 微笑むレギィはさっとスカートを翻して、竜車に入っていきました。


 人前であんなことしやがって……、教師陣の視線が痛いんですよ。

 リィティカ先生なんか今も黄色い声をあげて喜んでいます。胸が痛い。


 校門を抜けていく竜車にベルゼルガ・リオフラム、撃っちゃダメですかね?

 キスされて喜ぶのではなく、怒るハメになるとは想像もつきませんでした。


 これ、他の未婚者が見たら嫉妬の戦士に変化して、殺されるんじゃないでしょうか。


「それでは解散しましょうか皆さん」


 学園長の合図でぞろぞろと解散していく中、自分はため息をつきながら竜車の後部を眺めていました。

 一番最後の竜車の窓に、ちょこんと犬耳が見えたのは気のせいではありませんね。


 プルミエールはレギィが保護するのでしょう。

 そして、いつか治るその日が来ることを祈りましょう。


「……これでようやく四ヶ月目、いえ五ヶ月目なんですよね」


 面倒な、それでいて主に社会的地位をズタズタにされたレギィ来訪も、これでおしまいです。

 長かったような濃かったような……、ドツキ倒せない分だけ苦労しました。


「愛されているな。人前で堂々とキスとは。これだと夏も熱を帯びて仕方がない」

「そしたら渚へと誘う歌でも歌わなければなりませんか? いわしの歌すら聞いたことがないんですが」

「枕元で愛でも囁いてやればいい。そしたらそれなりに満足だ」


 何故か残っていたシャルティア先生の方に振り向けば、ニヤニヤしながら見ていました。マッフル君的に言うなら見んなし。


「あの人は立場というものを考えないのですか」

「精一杯、合わせているのだろうさ。身分を感じさせたくない一心で」


 そろそろ暑くなってくるのでシャルティア先生に冷風の術式を使いました。


 周囲の気温が変わったことに気づいたシャルティア先生はまたニンマリしていました。

 どうやら話を聞く姿勢があると理解したのでしょう。


「さて、どこから話してやったほうがいい?」

「どこからも何も、何についてですか?」

「もちろん、お前の不用意な言動そのものだ」


 反省会ですか、そうですか。


「そんなに嫌われたいとするな。恋する女には酷だ」


 やっぱりそこは言われますか。


 さりげなく木陰に指して、自分たちは移動します。

 たまにはレギィ以外もエスコートしないといけません。


 暑くなってくるとはいえ、今も十分、暑いですからね。特にシャルティア先生はリリーナ君くらい暑さに弱いのですから。


「お前は確かにデリカシーのない人間だが心がわからない人間ではない」

「いつから気づいていました? 嫌われようと動いていたことに」

「最初と言いたいところだが、残念ながら気づいたのは源素結晶を人前で強請った時だな。あのタイミングはあざといとしか言い様がない。わざわざ人前でやる必要もなく、レギンヒルト試練官を貶めるような真似をしている。いつものお前なら場を改めるだろう。少なくとも【大食堂】での喧嘩には気を回せた。そこに気づけば全てが紐解ける。気を使ったり使わなかったりチグハグな行動が多すぎる。明らかに作為を感じる。しかし、そのくせ他人がレギンヒルト試練官を貶めようとすると過剰な反応をする。そしてキャラバンではやりきれずに甘さだけを露呈している。お前とレギンヒルト試練官のデートはあちらこちらで見られているからな。事件の時はもっと顕著だな。レギンヒルト試練官の立場を守るためだけに動いている。総合して想像は難くない。気づくなという方がおかしい」


 これだけ情報があれば気づくでしょう。

 邪神探偵のシャルティア先生なら当然です。新ジャンルですか?


 ともあれ、さすがにあそこまでベタベタされると隠しきれませんね。アプローチしすぎです。


「お前、レギンヒルト試練官のことが好きだろう?」

「……なんでそうなるんですか。発想が飛躍していますよ」

「乙女の勘だ」

「乙女ですか」

「あぁ、女は老婆になっても乙女だ」


 その理屈を採用すると学園長まで乙女になってしまうので、是非、棄却しておきたい意見です。


「大事だから嫌われようとする。バカな男がやりそうなことだ。幸せになって欲しいのならお前がすればいいだろう」

「残念ながら貴族は嫌いでしてね」

「私も貴族だぞ。ん? 矛盾していないか」

「シャルティア先生は庶子だからじゃないですか?」


 これはベルベールさんの調べで判明したことではありません。

 発想の飛躍というのなら、まさにこのことです。


「……私を調べていたのか」

「いいえ。正直、どうして自分がシャルティア先生やアレフレット先生に忌避感や憎悪を感じないのか考えていたら、まぁ、それが無難かと」

「男の勘も侮れないな。しかし、アレフレットは庶子ではないぞ?」

「調べたんですか?」

「教師のプロフィールくらい頭に叩き込んでいる。お前みたいに不透明な人間のほうが少ない。ちなみに今回の事件も最初に疑ったのはお前だ」


 そういえば自分も容疑者でしたね。

 おそらく一番、怪しいのは自分です。

 元の地位は一番低い自営業で、学園教師としても未熟。

 ついでに色々と暗躍しているので、第三者が見れば怪しいと言えば怪しいでしょう。


 フィーリングで犯人が決められることもあるので、自重しないといけませんね。


「私は確かに庶子だが話と関係はないな。で、どうなんだ」


 好きか嫌いかと問われたら、そうですね……、


「結婚してもいいくらいには好きだと思いますよ」


 シャルティア先生相手に嘘を言っても話が進みません。

 どうせ色々と論破されるのですから真面目に答えておきましょう。


「ならしてやれ。見ていて忍びない」

「そうはいかないでしょう。そんなことをしたらあまりに色んなものを背負わせてしまいます。そのうち、心にもないことまで言ってしまいそうです。嫁に苦労をかけさせる男にはなりたくないですね」

「十分、心にもないことを言っているくせに。大体、相手も理解していると思うぞ。女を舐めるな。お前みたいなバカな男の言い分くらい許せてなんぼだ」

「許したら済む話でもありませんよ。納得を強いてるわけですから」


 難儀な男だ……、と呟かれました。


 何よりレギィでは埋まらないという理由もあります。

 フィヨの代わりはきっとレギィではできません。


「しかし、意外だったぞ。まさかそこまでの気持ちを持っていたとはな。少し見誤った。結婚はともかく恋人くらいなら許せると思ったのだがな」

「許す、許さない、で言えば間違いなくさっきの答えですよ」

「あぁ、そういうことか。理屈上か。なら感情はどうだ」

「リィティカ先生、愛しています」

「私に言うな。本人に言ってフラれろ」


 う……、シャルティア先生の見立てでもダメですか。

 やっぱりまだ好感度が足りませんね。


「フラれたくないので頑張ってみます」

「……あえて何も言わんさ」


 もしかしたらリィティカ先生なら可能かもしれません。

 女神の無限の愛なら自分という器を超えて満たされるでしょう。


「さてと。さすがに日差しが強くなってきたな。どうだ、ヨシュアン。私をエスコートする権利をやろう」

「冷風の術式が目当てでしょうに」

「代価にはちょうどいいだろう?」


 レギィ相手だといちいち探りを入れなければなりませんでしたから、こうして小気味よく話が進むのは気が楽で済みます。


「ほれ、行くぞ。グズグズしていると生徒たちにどやされるぞ」

「……あれ? ついてくる気マンマンですか?」

「もちろんだ。そもそも私をのけものに出来ると思うな? それに生徒たちにも女というものを見せてやろう。子供の体格にない色香というものだ」


 本当についてくる気です。

 そうです、このあと、生徒たちを連れて北の湖でバーベキューをする予定です。

 マッフル君のお願いですね。


 どこかに連れて行くのなら、と考えて、水場を選びました。

 もちろん全員、湯浴み用の簡素なドレスを持ってくるように伝えています。


 寝巻きのような、ワンピース風の薄いドレスのことです。

 水着ドレス、というべきでしょうか?

 神官だと清めの儀式に使うものです。


「この前のキャラバンでな、面白いものがあった。ビキニドレスというものだ。ベルナット・マグル店は面白い衣装ばかりで遊び心がある。きっと出世するぞ」


 知り合いの店が出処でした。

 

「そういえばお前がいつも着ている服もベルナット・マグル店だな。懇意の店か?」

「えぇ、まぁ。試着品が送られてきます。どうも懐かれているようで」


 思い起こせばベルナットも自分のことを【旅人】と呼んだことがありましたね。

 その謎もいつかは解けるのでしょうか……、いえ、まだ解かねばならない他の謎も多く、立ち止まっている暇もありません。


 差し当たって、生徒たちが待つ社宅広場に足を向けましょう。

 きっと今頃、クリスティーナ君がイライラしていて、マッフル君がニヤニヤと皮肉を言い、エリエス君は本を読んでいて、セロ君はモフモフにダイブしようとしていて、それをリリーナ君が楽しそうに見ているに違いありません。


 夏も謎もまだ終わりそうにない、こんな中途半端な今でも。

 一つの山場を越えて、ここまで歩いてきました。


 意識の差、男女の差、主従の差、大人と子供の差……。

 そして、差は違いでもあります。


 特に自分とレギィの差は埋め難いものだったのでしょう。


 誰もが同じように考えられないのなら、向かい合って歩み寄って、差を埋めていかねばなりません。


 例え、それが途方もなく広く、深い溝だったとしても。


「シャルティア先生。柵とやらは面倒ですね」

「そう嫌ってやるな。当然、あるものだ。そうしないと獣が入ってくるからな。だが適度にあれば楽しめる。柵作りは意外と繊細で、しかし才能がいる作業だぞ?」

「他に必要なものは?」


 いつか庭の柵を飛び越えられるようになるまで。


「恐れず、侮らず、進む心意気以外に何が必要か?」


 向かい合い続けるのでしょう。


 それはきっと、レギィだけに留まりません。

 生徒や教師、仕事や過去、数多の死、そして未来に至るまで。


 諦めてはならないものです。


 人生に置いてはまだ未熟な身ではありますが、あの子たちの先達として。

 不格好な真似はできませんね。




 2人で歩く七不思議花畑。

 もっとも暑い季節を越えて、【試練】を乗り越えたリーングラード学園。

 残りはまだ2つもあれど今は少し休憩しましょう。


 次の【試練】に備えて、今日も生徒たちと向かい合っていきましょうか。


第三章『試練の月』――了。


ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。

色んなハプニングや突然の日刊デビュー(?)、大きなヘマや重なる失敗、様々なことがありましたがようやく一つの山場を越えられました。

これも皆様のご愛顧によるものだと投稿者は思っております。


それではまたのご愛読をお待ちしております。

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