夕暮れ前の花畑で捕まえて
放課後です。
あの決闘のあと、クリスティーナ君は午後授業をお休み……させると思いましたか?
もちろん、出席させました。
試練まで時間があるとはいえ、有限なのは変わりありません。
クリスティーナ君にはちょっと辛いかもしれませんが、ここは我慢してもらわないといけません。
とはいえ敗北の影響は色濃かったようで職員室でクリスティーナ君のドジっ子ぶりを拝聴しました。
ますますクリスティーナ君の、いえ、生徒たち全員の自信をつけさせる授業が重要になってきました。
そろそろ明確な議題に沿って行動すべきなのですが、どうにもちゃんとした案がありません。
いえ、模擬試練をするという方向性に間違いはありません。
ただ、内容が問題です。
この辺はレギィの情報を元にしようと企んだせいか、加速度的にレギィに会わなければならないハメになっています。
会談で私事に首を突っ込んだのが原因です。
その挽回のためと術式具暴走の謎を解くために今日、術式具の実験をする……というよりすでにレギィを連れて、北の花畑までやってきています。
ちょうど学び舎の北と聞いてはいましたが、本当にありましたね。
小さな湖のほとりにある、色鮮やかな花々。
白、桃色、青、種類が多すぎていまいちどんな花なのかわかりません。
いえ、そんなものはどうでもいいですね。
えぇ、どうでもいいです。
「ヨシュアン。怒っていますか?」
「いいえ、怒ってません」
無言で術式ランプを調整しているとレギィが聞いてきました。
「怒る理由が一つもありませんよ」
「嘘です。『何を怒っている』のですか? 何かおかしなことをしましたか?」
今、脳の血管が切れてしまいそうになりました。
精神抑制技術は便利ですね。
怒鳴り散らそうと思っていても無表情を貫けますから。
レギィの人間性のせいではありません。
クリスティーナ君の敗北は自分も予想の範囲でした。
そして、レギィがそう言うのも予想の範囲です。
なのでキャラバンで怒った時のようにはなりません。
ただ、これが【タクティクス・ブロンド】というものなんだと思うと辟易します。
頭のリミッターを外さなければ個人で【戦略級】術式は撃てません。
それは同時に、力を得るために人間性の一部を犠牲にする行為です。
メルサラが戦闘狂であるために捨てた人間性があるように、レギィにも『誰かを守るために』失われた人間性があります。
正直、それがどういうものなのか正確に把握している者は本人を含めていないでしょう。
ですが時々、レギィが見せるこういう部分。
まるで人の怒りというものに無頓着な一面。それも限定条件付き、なのでしょうか?
わからない部分も多いですが、それがおそらく【タクティクス・ブロンド】であるために捨てた何かです。
人間性の欠落。
あるいは欠陥。もしくは欠如。正確には欠失です。
何よりも辟易するのが自分も同じだということです。
『失ったもの』は自覚がないんですよね、本当に。
自分も時々、誰かに指摘されて「そうなのか?」と思うときがあります。
そんな同じ穴の狢だからこそ、自分はレギィの『失ったもの』を怒る権利を持ち合わせていません。
まぁ、でも一応、言っておきましょうか?
自分もベルベールさんやエドに言われて心的欠陥をカバーしています。
学園に着いてからは学園長やシャルティア先生ですね。
カバーしきれているかどうかは……、謎です。
「レギィ。相手は生徒です」
「そうですね。クリスティーナ子爵はあの年齢とは思えないほど術式を使いこなしていました。ヨシュアンの教育が良かったのですね。少しホッとしました」
「……別に褒めても何もでやしませんよ」
そうですか、そうですか、クリスティーナ君がね。
確かにちょっと頑張ってましたよね、自分から見ればまだまだですが、しかしですね彼女はまだ発展途上ですからその分は評価してやらないとダメだと思うんですよ、これからもっと身体も強くなりますし勉強して知識をつけていくんですから。
いやいや、だからこそ自分もちゃんと厳しく育てていかなければならないと心に決めているわけですが、まぁ、ちょっと認められたくらいで満足してはいけませんよ、えぇ。
もっともクリスティーナ君だけではなく他の子たちもそれぞれ非凡な才能を秘めてると睨んでいたりもしましてね、それをどうやって活かして引き出すのかを考えるのが大変だったりするんですよ。
そういえば珍しく褒められましたねクリスティーナ君。いえ、こんな小さなことを小躍りするような内心なんて持ち合わせていませんが、まぁ、手のかかる生徒ですから良かった部分なんかはちゃんと心に留めておきたいわけですよ、わかりますかね、この気持ち?
褒められる部分はどんな小さな部分でも成長させてやれるなら褒めてやりたいだけですよ、他意はありません。断じて褒められて嬉しかったわけではありません。
まぁ、そんなことをわざわざ口に出してやる必要もないので黙っていますけどね?
「生徒相手に【結界殺し】はやりすぎです」
「そうですか? あれくらいの実力なら手を抜く必要もないでしょう。ルールが無ければもっと強い術式でも」
「レギィ。試験官なんですから生徒に怪我をさせるような術式は控えるべきでしょうに。目的を忘れていませんか?」
「それは……、確かに少しやりすぎたのかもしれません」
しゅん、と小さくなっていますが、たぶんレギィは理解していません。
でも指摘したことで、『生徒に手加減すれば』自分は怒らないということは理解できるでしょう。
己が失敗したことだけ理解して、しょげているだけです。
ともあれその過程、感情や理屈がごっそり抜けていても結果がわかればレギィもわざわざ地雷に足を踏み入れないはずです。
正直、『失ったもの』関係に首を突っ込みたくないですし、突っ込まれたくもないです。
なので、この話はもう打ち切りましょう。
ネチネチ言ってやりたいのは我慢です、我慢。
「とにかく、次に生徒相手に命に関わる危険な術式を使った場合、ジークリンデさんと呼びます」
「絶対にしません」
即答でした。
レギィ株が暴落している昨今、株価回復に懸命ですね。
こんなときばかり、すがるような、不安そうな顔をしないでください。
「それと実験のための器材を組み上げるのに少し時間がかかりますから、少しその辺をぶらついてきてもいいですよ?」
「傍にいます。ここからの景色も十分、綺麗ですから」
あいかわらずの頑固っぷりです。
視線を感じるので正直、やりづらいのですが仕方ありません。黙殺を貫きます。
組み立てているのは術式ランプです。
さすがに時間がなくて、組み立てるまでできなかったため、急場に仕上げています。
普通の術式ランプと違う点はかなりの出力を使わないと火が点かない旧式ランプです。
内源素をごっそり持っていくヤツです。
これを普通に使おうと思うのなら赤色結晶を燃料にして使わなければなりません。
燃費も悪く、赤色結晶を使うとなればこんなにコストの高いものはありません。
しかし昔はこんな術式ランプしかなかったんですよね。
で、わざわざこんなものを用意したのも【貴賓館】で起きたある現象をもう一度、再現することでした。
「そろそろ実験の目的を教えてもらっても良いのではありませんか?」
「あー、いえ。昨日、レギィが白属性の術式を使おうとしたとき、術式ランプが点滅していたのを覚えていますか?」
「そういえば時々、そんなことが起きますが」
「だから再現しようかと。どういった原理かはわかりませんが、おそらくどうなるかくらいは理解しています」
そのためにわざわざ燃費の悪い旧式ランプを作ってきたんですから。
「ところで、実地を見て試練を作るとも言ってましたが、どうでしたか?」
「座学に関してはそう難しいものでないでしょう。普段から真面目に取り組んでさえいれば大丈夫だと思います。既に試験問題自体は作り終えています。ただ実技に関しては……」
やはりというかなんというか。
レギィは体術や武術に疎いですからね。
当然、体育の試練に何を出せばいいか困るでしょうね。
「何度かヘグマント教師の授業を拝見させてもらうことになるでしょうが、さすがに私ではよく動いているくらいにしかわからなくて」
さて、すんなりと喋ってくれましたね。
クリスティーナ君の件と自分が怒っている件。そして、おそらくレギィ自身も『失ったもの』絡みでやらかしたと思っているのでしょう。
少し口が軽くなっているようです。
不安になると口が軽くなる人とそうでない人がいますが、レギィは前者ですね。
その罪悪感を利用するようで悪いですが、容赦しません。
「体育の授業は『基本的な体の動き』を重点的に試してみたらどうですか? 剣や弓、そうした武器の技術ではまだ個人差もありますし、体術もあの年頃だと体格差が出てしまいます。試練という全員を試す場に不平等なものは露骨な義務教育計画反対と取られてもおかしくありません。なら、いっそ全員が平等に習得する基本的なもの。体力や素振りなんかを中心に耐久的な試練にしてみたらどうでしょう?」
「根気を試すということでしょうか」
「まぁ、似たような感じです。もっともセロ君のような小柄で体力のない女の子もいますから、年長と年少で少し差をつけるべきでしょう」
「それだと不平等ではありませんか?」
「体力の差が初めからわかっているのに年少にだけ厳しい試練を与えるのはどうかと思いますよ。逆に年少に合わせて試練の難易度を下げるくらいなら、わざと平等に不平等をしてやればいいんです」
しきりに「なるほど~」な顔をしているレギィでした。
自分の意図に気づいていようがいまいが、レギィは耐久テストに手を出さざるをえません。
わからないということは何を基準にしていいかわからないということです。
ちょうどセロ君が理解できずに体調を崩したように、無知を利用した形ですね。
そうです。さっきの会話は意図的に試練の難易度を下げる誘導ですね。
実際、セロ君ですら素振り百回という偉業……、あれは偉業です、間違いありません。他の子にとってはなんでもないことでしょうがセロ君にとっては偉業です。
ともあれ、セロ君ですら一ヶ月の成果として素振り百回をこなせています。
そこから今まで、まだ弱気なところこそありますが基本体力は向上していっているはずです。
まぁ、この前みたいに体調を崩すこともありますので油断はできません。
逆に言うと『基本的なことならセロ君でも頑張り次第でクリアできる』ということです。
当然、他の生徒からすればクリアしきれる難易度でもあります。
加えて自分からのアドバイスならレギィは決して無碍にできません。
レギィからすればこれ以上、好感の下がるような行為はしたくないでしょう。
悪辣と呼ぶのなら呼べばいいんです。
これで体育の試練の難易度が下がるのなら儲けものですよ。
「で、他にも実技はありますよね。錬成と術学。これはどうするつもりですか?」
「錬成に関してはもう考えてあります。リィティカさんにもお昼にお話を伺いました」
これはリィティカ先生にも話の内容を確認しておくべきですね。
この実験が終わったら、社宅を訪ねてみましょう、よし合法的にお伺いできますね。
座学の試練問題がすでに作られていることを考えると、おそらく渡した資料を中心に作ったものです。
ですので、模擬試練をするならこちらも渡した資料を元に作ったほうがいいでしょう。
よし。一気に情報が手に入りました。
クリスティーナ君の件は別として、これはこれで良しとしましょう。
後は術学の実技の情報を引き出さないといけません。
これは……、厳しいですね。
レギィはクリスティーナ君と決闘した手前、正確な力量も計算に入れているでしょう。
いわばこれだけは自分のアドバイスを必要としないのです。
ですが、それだとこっちが困ります。
どうにかヒントだけでももらっておかないと。
どうやって聞き出すべきか……、手を動かしながら考えていると少し遠くからガサガサと草むらをかき分ける音がします。
この気配は、生徒たちですね。
しかし今日はこの周辺で生徒会活動をしてなかったはずですが?
術式ランプよりも一回り大きな旧式ランプが完成したと同時に、草むらから飛び出したのは野生のリリーナ君でした。
「およ? 先生、こんなところで逢引とかいやらしいであります」
「違います。ちょっとした実験ですよ」
「納得であります」
リリーナ君はニヤニヤした顔をして、好奇心を隠そうとしません。
絶対、納得してないですね、これ。
隙あらば茶化そうと考えているのがバレバレです。
レギィもニコニコすんな。逢引じゃねぇです。
「ぁぅ……、やっとついたのですか?」
少し遅れてセロ君が顔を出しました。
セロ君は自分たちを見つけて、すこし驚いた顔をしてました。
さっそく子猫のように近づいてきます。
これは一から説明しないといけない流れですかね?
とりあえず猫の眼みたいなセロ君を落ち着かせることから始めましょうか。
幸い、日が落ちきるまでまだまだ時間があります。
どうしてここにセロ君とリリーナ君が来たのか、話を聞く時間も十分です。




