合法デートの誘い方
全六クラスからなるリーングラード学園の中で、どのクラスが一番、大変かというと個人的な意見を述べましょう。
担当クラスが一番、大変なのは間違いないのですが教育的な意味合いでの一番のことです。
ヘグマントクラスです。
「フリド君。エス・プリムの座学も実践も終わっていましたね」
「はっ! 確かに」
ビシリと立つ青年フリド君。
その潔さは一体、どこから来るのかと正気を疑います。
午後授業はヘグマントクラスの授業でした。
言うことはちゃんと聞く、きびきび動く、疑問はちゃんと手を上げる。
まさに教師から見れば理想の学徒でしょう。
「以前、君がエス・プリムを使えたことは確認済みです。で、どうして……」
これだけなら理想的なのです。
「どうして先週出来たエス・プリムが今日できないのですか?」
「申し訳ありません!」
物覚えより物忘れが激しいということです。
「今すぐスクロールを確認します!」
でもって自分たちで反省して行動するから、どうにも怒れません。
ヘグマントの教育が良いせいでもあるのですが、別の意味でよろしくありません。
「エゾ・プリム!」
「エスです、エス」
エゾは分裂を意味する音韻です。
とりあえず一発、ゲンコツを叩き込みましたが恍惚な表情をされるのも困ります。
フリド君一人がこれならまだしも……、
「先生! 自分もできません!」
「オレもです!」
三人くらい、この調子ですからね。
もちろん、もう一度、座学と実践を順に教え直しました。
この調子だと【試練】が心配でたまりません。
やはり実践での『必須になる技術』を教えたほうが覚えも良いのでしょうか?
となると、生徒との模擬戦になりますが自分は怪我があります。
なるべく安全で、戦闘経験が積めて、技術が必須だと思わせるにはどうしましょうか。
「模擬試練、というべきでしょうね」
試練の前に模擬を行うから模擬試練ですね。
試練対策にこれほど有効な自信をつけさせる方法はないはずです。
問題はどんな内容を出せば試練の対策になるか、です。
こればかりはレギィから聞き出すしかありません。
放課後はレギィと色々と話すことになりますから、そこから試練に関する情報を引き出しましょう。
強迫や武力では聞き出せないでしょうから面倒で仕方ありません。
決して脳筋ではありませんが、足首を砕くだけでピーピー喋ってくれる相手とは違うのですから少し考える必要があります。
ようやく思い出してきたのかフリド君がエス・プリムを撃ち始めました。
心でため息をつきながら眺めていると終わりの鐘が鳴り響きました。
授業終了ですね。
「それではここまで。今回みたいなことがないように苦手な科目ほど事前に予習をしておきなさい。わかりましたね」
「はっ! 今日も修練、ありがとうございました!」
修練ではないのですが、あながち間違っていないので否定しづらいですね。
生徒たちが術式の的に使った用具を片付けるのを遠目に、レギィ対策を考えます。
お酒は、自分が無理。
薬は、嫌です。絶対に。
おべんちゃら……は、言われ慣れているでしょうし、お金や物品を渡すわけにもいきませんね。
あー、プレゼントくらいなら上機嫌になるようですね。
人形をプレゼントして喜ばれたところを見るとそれなりに上機嫌になると思います。
もっとも上機嫌にしても口を割るとも言い難いですね。
本人も気づかないくらいのさりげなさで吐かせる、というのは流石に難しいです。
どれだけの話術が必要なのでしょうか。きっと伝説の結婚詐欺師くらいの格が必要でしょうね。
これはシャルティア先生の手を借りますか。
シャルティア先生ならレギィと対等に渡り合えるでしょうし。
「ヒント一つでも得られたら恩の字、でしょうね」
職員室に戻ると忙しそうなシャルティア先生の背中が見えました。
「学園予算ですか?」
「例の【貴賓館】があったろう。アレの予算関係の書類がこちらに回されてきた」
「施工主はどうしたんです。そういったアレコレは施工主の仕事でしょうに」
「扱う金額や施工とは関係ない装飾品まで計上に加わるせいで、どうにもならないらしい。だからと言って貴族の調度品に詳しく、工務計上ができる者などここでは私くらいだろうな」
明らかに教師の仕事じゃないですよね?
「言わんとしていることはわかるが私が撒いた種だ。ましてや今回は私の得意分野と来ている。一人でやるしかあるまいさ」
試練前にこんな罠が仕組まれているとは思いませんでした。
この様子だとシャルティア先生はしばらく動けないでしょう。
他にレギィと渡り合えそうな人は……、いませんね。
ヘグマントは論外、アレフレットは勘気が強すぎます。
リィティカ先生は……、裏表がなさすぎて、こういうのに不向きでしょう。
ピットラット先生なら可能性はありますが……、一応、話してみましょうか。
「これからレギィのところに例の依頼に行きます。ピットラット先生、ご同行願ってもよろしいですか?」
「お招きいただくのは光栄なのですが、お一人のほうがレギンヒルト試験官もお喜びになるのでは?」
「レギィから試験の内容をリークしてもらおうかと」
「なら、なおさらでしょうな。それに私では役に立てそうにありませんな。仕える者としての性根が染み付いております」
条件反射的に従ってしまう、と言いたいのでしょうか?
体良く断られたようで、ちょっと残念です。
「同行者はいないほうがいいんじゃないのか? 巣に入り込む人数は少なければ少ないほど警戒心は起きないという」
「野生の獣みたいな言い方ですね」
「ヨシュアン。貴様ほどの強さがあれば何も感じないだろうな。ヘグマントもピットラット老も。だがな、私たちは違うぞ」
カリカリと羽ペンの引っ掻く音だけが何故か耳に残ります。
「私がどうしてメルサラ・ヴァリルフーガと会話していないか、理由を説明したほうがいいか?」
考えてみれば、職員室に来てもメルサラは自分とばかり会話していますね。
もしくはヘグマントだけか。
メルサラが喋る相手は自分、ヘグマント、冒険者に限定されています。
生徒には一切、近寄らない。
物欲しそうな瞳で見ているだけです主にセロ君とクリスティーナ君を。
メルサラのどストライクですからね、あの二人。
「私だけじゃないぞ。アレフレットもだ。リィティカも薄々気付いているんじゃないか?」
アレフレットの手が止まりました。
どうやら思い当たる節があったようです。
そして、リィティカ先生は急に話を振られて驚いている程度なのですが、話の内容を吟味して、頷くこともできない様に見えます。
「あの美しい容姿。私が見ても惚れ惚れするような綺麗さは過ぎて、奇妙にしか見えない」
シャルティア先生が誰かの綺麗さを褒めるのは初めてのような気がしますね。
しかし、同時に忌避の感情も表に出しています。
「綺麗すぎて不気味だ。私の目がおかしいと思うか? 大なり小なり、アレを見ればそう思う。しかし、壇上の下から見たってわからない。あれは間近で見て『よほど呑気に構えている』か『夏の炎天下も真っ青な脳天気』でもなければ違和感に気づく」
背中しか見せていないシャルティア先生。
その動く羽ペンが小刻みに揺れていることに気づいたのは自分だけでしょう。
「なるほど【タクティクス・ブロンド】というのは確かに人外だ。あんな綺麗さのくせにメルサラ・ヴァリルフーガに抱いた気持ちと同じモノを思わせる」
震えを押し殺していました。
「『この人外をどう押せば私たちは殺されるのだろうか?』という気持ちだ」
……メルサラによく感じる感覚ですね、わかります。
でも、レギィには感じませんよ? 彼女は【タクティクス・ブロンド】の中でも一番、戦闘能力が低いですから。
防御特化、支援特化なんですよ。
自分たちのように攻性に秀でた力はほとんどありません。
「人の形をしているくせに、どこかが間違っている。まだ話せたのは相手があの『人形姫』だったからだ」
「その名前は言うのは止めてあげてもらえませんか。レギィも後悔しています」
「口さがない言い方だったのは謝ろう。だが、私は訂正しないぞ」
『人形姫』はレギィへの陰口の一つですね。
内紛の時に操られるままだったことから人形、そのお姫様みたいな容姿から『人形姫』です。
今のレギィはよく感情を表に出すようになりましたし、抑揚もあります。
今や聞かない悪口ですね。
「そして、時々、お前にも感じるぞ。もっともお前はあの二人と、どこか違う。間違っているはずなのに正しいという不思議な感覚だ」
「具体的に」
「わかるか、バカ者。私ですら感情の全てを言葉にできているわけではない。あと、そういうところが非常に他とは違うな」
良い意味と取ってもらっていいのでしょうか?
んー、その差なんですが、一応、説明が付きます。
自分の戦闘能力は【愚剣】込みで戦略級だと言う人がいました。
いえ、【愚剣】無しの今でも戦略級は使えますし、基本性能は【愚剣】に依存しません。
ですが【愚剣】があればもっと強くなります。
というより【愚剣】があって、自分の戦闘スタイルは完成します。
今の自分が【タクティクス・ブロンド】として不完全だから起きる感覚違いでしょうか?
実際、エドや黄色いのに言われないと気づかなかったんですけどね。
「ある程度まで強くなりすぎた人はその気配で感情に影響を与えるそうで」
「ん? そういうこともあるのか?」
「むぅ……、確かにベルリヒンゲン軍団長殿を見ていると背筋が伸びるなッ!」
それはただの軍人根性です。
というかヘグマント、見当たらないと思ったら窓の外で何してんですか。
窓枠を掴んで、開脚。そのままゆっくりと倒れ込んで斜め四十五度くらいで足をピンと伸ばし着地しました。
普通に入ってこい。
というか筋肉すげぇです。
柔軟剤でも入っているのか、その筋肉。
「……あー、違います。術式師は無意識に自分の適性の合う源素を引き寄せるところがあるそうです。そして同時にバランスを整えるために内源素を排出するそうです。その術式師が優れていればいるほど、呼吸のように無意識に纏う源素の量も増えるのではないかと言われています。しかし個人差もありまして、証拠も再現も未だ出来ていない状態です」
一応、術式の座学でも教えていますが【ベルナドリードの吸素原理】と呼ばれる仮説です。
ベルナドリードは長年、食べ物から源素を吸収していると思われていた内源素の発生源を、生物が無意識に周囲の源素を取り込む吸素原理があるのではないかと考えました。
源素を無意識に掴む力を吸素といい、源素ではない何かの力と考えたのです。
実際、吸素は観測されていませんのでこの説は仮説扱いされている現在です。
放出に関しては、割と普通に【源理世界】から観測できるので、排出に関しては間違いないようです。
で、正しいかどうかですがわかりません。
ですが、食べ物だけで内源素が生まれていないことは確かです。
飢えていても内源素はありますからね。供給口は一つとは限らないと考えるのが理想でしょう。
「ただ、その周囲に漂う源素の影響が他の人にも気配や感覚として何かを訴えるのではないかと思います。例えば恐怖や怒りなどの拒否感や、安堵、落ち着くなどの安心感などです」
「そうか。理屈はどうでもいい。私はマッディ・クロケットの世話になるつもりはない。わかるな」
「現実には瀉血大好き女医さん(36)の看病ですけどね」
マッディ・クロケットは『バナビー・ベイター』に登場する、頭にネジが生えたお医者さんです。
とりあえずバナビーを切り刻みたくなるという不思議な性癖の持ち主で、その頭のネジが飛んでいるグロな発想にどうなのかと小一時間ほど考えたくなる行動様式です。
「その割にはレギィに突っかかっていませんでしたか?」
「弱腰になれば食われると思ったのだ」
「それ、絶対、本人の前で言わないでくださいね」
回りまわって何故か自分に被害がきそうです。
「で、誰か着いてきてくれる人、いますか?」
この雰囲気で訊ねるようなお話ではなかったかもしれませんが、もう一人、補佐が欲しいのは本音です。
レギィはお人形だった時期からずっと、海千山千のお貴族様に囲まれていたんです。
当然、交渉や扇動、誘導尋問から楽しい日常会話まで喋ることに関しては自分より荒波に飲まれていたでしょう。
二人がかりで望むのが吉です。
ですが、この調子だとシャルティア先生とアレフレットは絶対に来ないでしょうね。
ピットラット先生には断られましたし、必然、先の話であまり動揺していなかったリィティカ先生かメルサラとも話せるヘグマントのどちらかです。
「むぅん! ならば」
大胸筋をピクピクさせながら手を上げようとした時、
「あのぉ、私でもいいですかぁ?」
「是非に!」
リィティカ先生がささやかな自己主張をしてくださいました。
そのせいか理屈よりも本能が先に反応していました。
ヘグマントとリィティカ先生、どちらを選ぶというのなら間違いなくリィティカ先生でしょう。
誰が筋肉勇者を連れて大魔王に挑むというのですか。
大体、勇者と女神、どちらかを連れていけと言われたら普通、女神を連れて行くに決まっています。
「やっぱりここは試験官対策班として、二人で行くべきですよねそうですよね。さすがリィティカ先生はよくわかっていらっしゃる。ヘグマント先生には残念ですがやっぱりリィティカ先生にお願いすることにします、いや残念です。ヘグマント先生もお気になさらず。では行きましょう、リィティカ先生、今、行きましょう。迅速に光の速さとか超えて。ところでお好きな色はなんでしょう?」
「え? えぇ? えー、白ぉですがぁ」
「それは良かった。レギィは性格まで真っ白いのできっと気が合いますよ。体の中はきっと白の内源素でいっぱいです。ちなみに青とか好きになれません? 青色、素敵だと思いません? きっと好きになれると思いますよ?」
「い、意味がわかりませぇん!」
この流れのまま、リィティカ先生を拉致りましょう。
割と強引にリィティカ先生を連れて職員室を出ましたが、きっと中では皆、唖然としているか肩をすかしているかのどちらかでしょう。
正直、ヘグマントを連れてレギィと会えば困った顔くらい見れるでしょうが、それくらいです。
リィティカ先生の困った顔以上の価値はありません。
……こんなこと考えているとわかったら後で殺されるかもしれません。
無意味に一抹の危惧を抱えながら、レギィの待つ【貴賓館】に赴くのでした。




