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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
160/374

第一次厨房戦争

「自分たち術式師は集中力の切れ目が死ぬ時とわかっているので、自在に集中できるようにしていますが、生徒たちはそういうわけにはいきませんね」

「かもしれない。実際に生死を分かつ経験を知らなすぎる」


 最近、お昼はずっとシェスタさんがつきまとっているという話をしたと思いますが、まさに今回もそうでした。


 【大食堂】に行くと常にスタンバッているシェスタさんを怒るのも変ですし、仕方なく一緒に御飯を食べます。


 小さなお弁当箱をちまちまと食べているシェスタさん。

 一方、自分は今回も月間メニューに挑戦です。


「集中しなければならないという状況がない」

「必然はあるでしょう」

「『やらなきゃ』と『できなきゃ』は違う」

「冒険者らしいセリフというか、必要と必須の違いみたいなものですか」


 目の前に広がるごくごく普通のラインナップ。


 しっとりととろけるチーズを湯水のようにかけたマカロニグラタンと、サバをルーティアンでしめた酸っぱいものが惣菜で、インゲン豆と芋をひたすら煮込んだ餡風のものはデザートっぽいですね。

 薄切りのパンを添えてあるところを見るとこれが主食でしょう。


 小麦混ぜの若干硬いパンでしたが、特に見るべき部分もなく、味も普通です。


 月間メニューとは思えぬ普通さがそこにありました。


 これはどういうことでしょう?


 あの魔の月間メニューは人を殺そうという意思の元、作られていたとばかり思っていましたが、どうやら違ったようです。


 それとも当たり月とハズレ月があるのでしょうか。


「痛いとわからなきゃ、理解しない」

「まぁ、その意見はわからなくもないのですが」


 むしろ体現してきました。

 一瞬の意識の切れ目で死ぬ、そんな戦いばかりしてきたせいでいつの間にか集中は当たり前のようにできるようになりました。


「意識して『させる』となると途端に難しくなりますね」


 真夏に食べるマカロニグラタンとはこれいかに。

 そう思いながら食べてみると煮えたチーズのやわらかさが舌先に絡みついてきます。

 とろけたチーズの熱が肺を温めて、体を熱くします。


 いや、真夏に食べるものではありませんね。

 体温調整の術式具がなかったら汗が出ています。


「理解させたいなら魔獣に遭遇させればいい」

「さすがに魔獣と戦わせるわけにはいきませんよ」


 次にしめ鯖です。

 以前の刺激物だったルーティアンと違い、鼻に抜ける酸っぱさはさわやかな酸味と共に魚の旨みを喉に通します。

 しかし、一瞬だけの不思議な感覚がしました。

 違和感というべき何かです。


 二度、食べてみたら、その感覚はなく首を傾げました。


「シェスタさんは魔獣との戦闘経験はありますか」

「ある。怖かった」


 魔獣の恐ろしさは色々あります。

 一つは性質。


 魔獣を作り出す無色の源素、その体は無色によって様々な変化を生み出します。

 通常の原生生物よりも強く、一回り大きくになり、なおかつ獰猛です。

 無色は他の源素を追い求めるため、もっとも良質な源素である生物の内源素を狙います。


 魔獣はグルメなようで、特に人は大好物ですね。


 次に無色が生み出す、瘴気。


 魔獣に傷つけられた場合、そこから体内に無色の源素が入り込み、内源素を狂わせます。

 それは一度喰らえば、まるで酔いのように倦怠感を覚え、二度受ければ体は動かず、三度もらえば内源素は食い尽くされ死にます。


 免疫全てがまったく通用しない、対生物用の毒――それが瘴気です。

 対処方法は自分たち術式師のように内源素を強化する訓練を積むか、六色結晶か聖水で無色を消すしかありません。


 あと魔獣の体内は無色の源素に満たされているため、術式の全てが皮膚から下を通りにくいなど、防御にも優れています。


 そして、最後に一番、面倒な性質を持ちます。

 それは魔獣に殺された者は場合によりますが、魔獣になるということです。


 倍々ゲームのように増えないのが救いですが、群れを作る習性を持った狼なんかが魔獣化すれば、群れを作ったりするので大変です。


 自分みたいに上級術式をポンポン使えるのなら倒せない相手でもありませんが、シェスタさんくらいの術式師なら手ごわい相手でしょう。

 術式が通用しないなら剣術で相手もできるでしょう。


 ただ、強化された原生生物の膂力を持つ魔獣とまともに打ち合えるのはジルさんのような上級冒険者くらいなものです。


「ジーニが涙目でスレッチ・ヴォルフの先頭を抑えて、アニーとジルが全体牽制して、ライが私に近づく魔獣を牽制。私が術式を使ったら、止めを刺して回る。失敗したら皆、死ぬ。だからとても怖い」

「タンカーが盾で固めて抑えながら上級術式で打ち据え、剣でトドメを刺す。魔獣退治の対峙法ですね」


 スレッチ・ヴォルフは集団で攻めてくるので怖いですね。

 自分なら上空に跳んで、真上から面制圧、これで一掃できます。

 ほぼ瞬時に術式を使えないとできない手法です。


 そうでない場合、シェスタさんたち『ナハティガル』のような戦い方が基本です。


 それにしても、このデザートっぽい餡ですが、美味しいことは美味しいです。

 食べるたびにねっとりと舌に絡みつく甘さの割に、喉をすぎると甘さは引いていく。

 全体的に今回の月間メニューは高品質な味でまとめられています。


「なのに、どうしてこう……」

「? 変な顔のヨシュアン様も素敵」


 それは素直に喜べません。


「いえ、この料理、食べるたびに違和感を覚えるんですが」

「うん」


 チーズにしめ鯖、餡……、なんでしょう?

 食べ進めるたびに自分の眉が歪んでいきます。


 単品で食べると美味しいのです。

 でも、食べ比べると途端に味わいが変わります。


 しめ鯖の生臭さとチーズの生臭さが合わさり、舌が崩れるようなまろみを覚え、餡を加えると甘さが毒のように鼻につきます。


 これは、なんだろう?

 パンで舌先に残る味を薄めて、再チャレンジしてもですね。

 その奇妙な味わいが意識されて、美味しく感じなくなるんですよ。


 食が進むに連れて、まずい。

 なんだこのメニュー、呪いか何かですか?


「食べ合わせ」

「……なるほど!」


 この組み合わせ、後味が悪くなるように作られているのです。

 食べ進めれば進めるほど舌に残った味が他の味を殺し、だんだんと食欲を失わせる魔獣のごとき悪辣さを持ちます。


 今回の月間メニューも、どうやら一筋縄でいかなかったようです。


 そして、ようやく、自分は意を決しテーブルにフォークを叩きつけました。


「今まで結構、おおらかに耐えてきました。いつかは美味しい月間メニューにありつける。そう信じ続けました。しかし、その楽しみも四回目にもなれば我慢の限界です」


 食事は楽しむもの。

 そして、健全であり、心を救うものです。


 内紛の時に、どれだけまずい御飯で飢えをしのいでも耐えてこられたのは戦いの先に美味しい御飯が待っていたからです。

 革命軍の砦に戻れば、愛しい人の精一杯の手料理が待っていました。


 その素材はあまりよろしくなくて量もなかったけれど、自分の為に作られたその料理に心が温まり、喜びの涙すら浮かべられました。

 精一杯の喜ばそうとする精神と心と魂がありました。


 分け分かつという気持ちがありました。


「これは冒涜です。悪魔の所業に等しい食への冒涜ッ!」


 怒りで血が沸き立ち、こんな料理を作る愚者に対する憎悪すら湧きます。

 人を喜ばすために作られるべきものが貶められている。


 白いテーブルを汚すような行為を、吠えずにいられましょうか。


「この料理を作った者は誰だッ!!」


 【大食堂】に居た何人かの生徒が、怒気を撒き散らす自分を見て何歩か後退しました。


 殺気すら込めた視線に厨房のおばちゃんは頭を低くし、その奥で誰かがゆらぎました。


「それはこのわちき――」


 料理を配る入口から飛び出す、一つの影。

 それは二十歳くらいの女性でした。


 トビウオのように飛び上がり、テーブルを足場にし、見下ろすように姿を現しました。


 白く染色されたリンネルのエプロンでありながら、妙に左足部分のほうが長い、不思議なエプロンを翻し、腕まくりの必要がないように肩筋で切られた袖。まるでノースリーブです。

 髪は料理の時に入らないように布で団子みたいにまとめてあり、どことなく異国情緒あふれる姿です。


 そして、なんの理由で付けられたのか片眼鏡。

 そのメガネを光らせました。


「上級厨師が一人、リューミン・イートゥが話を伺いんす!」


 また訳のわからん相手が出てきましたよ。

 本来なら色々とツッコむのでしょうが、今の自分は心底、怒っています。


 異国情緒あふれる容姿や奇抜な口調もスルーです。


「何やらわちきが作った料理が気に入りんせんように聞こえんしぃ、一体、何が不満なんだぇ?」


 リューミンとか名乗った料理人はクルクルとおたまを振り回し、ビシリと自分に指してきました。


「最近、問題続きではありましたが今日はある程度、気持ちよく授業できたのです。それが見ろ、この料理を」


 指差した月間メニューは半分ほど残しています。

 もちろん、文句を言った後、完食する予定です。


「人に出すもんじゃねぇよ」

「乱暴な口調のヨシュアン様……、かっこいい惚れなおす」


 あの、真面目にしている傍でいちいち反応してくるの、止めてくださいませんシェスタさん?


「こっちの気分を粉砕しといて、料理人としてどう落とし前つけんだ」


 殺意と怒気。

 それとあまりの口調の変化に戸惑う生徒たちもチラホラ見えますね。


「変なこと言んせん! わちきも誇りを持って作ったものを貶されて黙ってらりんせん!」

「妙なもんばかり作っておいて何が誇りだ。リスリア一、温厚な自分でもキレる時ゃキレんぞ」


 「温厚な人は場末の冒険者みたいな言葉使いしないんじゃ?」「しっ! 聞こえたら怒られるから!」と生徒がヒソヒソと語り合っていました。

 アレはティッド君とマウリィ君ですね。

 「あー、でも先生ってさ、昔、あんな感じっぽいよね。昔は荒れてたとかそんな感じ」「素性は隠しきれないものであります」という声は……、マッフル君とリリーナ君でした。


 OK。後でちゃんと分からせてあげましょう拳で。


「むぅ? なら、どうしろとおっしゃるのでありんす」

「作り直せとは言いませんよ。ただマトモな飯を作れっつってんだ」

「料理は料理人の手によって作られる食材の芸術でありんすぇ。ありとあらゆる料理は料理人に開発され、素晴らしい味になりんす。その途中、至高に至る創作! 男ならガタガタ言わずにしとつとて残さず食してから言いんせん!」

「全部、食ってから文句言ってんだよ、これまでの月間、全部!」


 苦行でした。

 普通に苦行でした。


「……食べたん? アレら」

「食べましたよ、全部」


 何故か顔が固まっています。


「これも食べますよ、最終的には」


 リューミンとやらの目線が泳いでますね。


 会話しつつも、自分は少し冷静になりつつありました。


「ですが流石に月間メニューの度に『まずい』と思いながら食べるのも癪です。改善を求めます。できないなら物理的にぶち殺します」

「ぬぅ……」


 困った顔すんな。


「アレを食べる人類がいんしたか」


 おい、ぶち殺すぞ料理人。


「月間メニューは好きに作っていいって学園長からも許可をもらいんしたけれど?」

「別に実験料理がしたいならしたらいい。しかし、仮にも金払っているのに常人が食べられないような月間メニューばかり作ってどうするつもりです。月間メニューの売上が味を証明しているでしょう。なのに改善もせずに好き勝手作った挙句、逆ギレするならこちらは物理的な制裁を加える覚悟と力と、食事に対する矜持があります」


 許可の問題じゃねぇんですよ。

 作り手として美味しいものを提供したいという気持ちはないのか。


 とりあえずこの女には料理の振舞うことのなんたるかを教え込まなければなりません。

 ポキポキと指の骨を鳴らして準備完了です。


 リューミンも制裁の空気に身構え始めます。


「待てーい!」


 緊迫する空気をぶち破って、野太い声が鳴り響きました。


「リューミン師に手は出させん!」


 厨房から飛び出す八つの影……、ここの厨房は飛び出す用に作られているんでしょうか?


「鍋に生命を賭ける『鉄腕』ユラー!」


 スキンヘッドの筋肉が何かを囀りました。


「如何なる食材も切り裂く包丁の妙技『切断』カルツェン!」


 尖ったヒゲと目の下の隈が特徴の男が口走りました。


「ん~……、芯まで通す石窯の熱き想い『灼熱』マグハト!」


 濃い肌にアフロの大男が口から何かを吐きながら叫んでいました。


「麺棒一つで小麦に心を注ぎます『撲殺』サラレイン」


 麺棒を持った小柄な少女が元気いっぱいに飛び跳ねました。


「調味料ハ虹ノ味ワイ『七彩』ヤバケディム!」


 よくわからない悍ましい仮面をつけた猫背の男がなんか言ってますね。


「調達から料理まで全てオレに任せろ! 万能杓子が『金剛』ヴェリル!」


 巨大なしゃもじを床につけるな、それ調理道具でしょうが。


「全てが謎に包まれた料理人『暗黒』イグレシオ……」


 真っ黒なローブと黒の網に顔を隠した変な人なのは良いんですが、以前の魔女の鍋みたいな料理作ったの、絶対にお前だろ。


「三国料理全てを作る幻の辣腕ッ! 『天才』アリディエント」


 真っ赤な瞳に二つ縛りのツーテールの女の子が様々な器材を指の間に挟んでいました。


 八人の異彩を放つ個性の真ん中にリューミンが飛び収まりました。


「我らリューミン八傑衆!」

「リーングラード特殊厨師隊でありんす」


 名乗る異彩の九名。


「ベルガ・リオ・ラム・エアルアド」


 自分の周囲に浮かんだ拳大の氷が、複雑な軌道を描いて的確に八人の額を撃ちました。

 盛大に倒れていく八人の料理人たち。


 密林や森の中で半自動的に標的だけを狙撃する、オールレンジ氷弾です。

 ちゃんと威力は抑えていますよ? 本気で撃つと頭が弾けます。血の雨と脳漿が……、いえ、止めましょう。

 地味に五詠節の上級術式なのは内緒です。


「血も涙もありんせんの……」

「敵の数が増えた場合、最大威力で容赦なく撃つのは基本です」


 そうすると増援で上がったテンションが一気に冷えますからね。

 怖れによって増援が逃げることもあります。


 あとリューミンだけ残したのは部隊のトップだからです。


「トップを必要以上に叩きのめして全体の士気を下げる、という方法もありましたが」

「止めてくんなまし、死んでしまいんす」


 さすがのリューミンもちょっと怯えが入ってますね。


「一体、何のために実験料理をしているのです?」


 ちょっと普通じゃなさすぎて何のためにあるのかわかりません。

 月間メニューも八傑衆も。


「知れたことでありんすぇ。料理人が料理をする理由は何時だって美味しいものを食べたいといわす欲を満たすためにありんす。旨さとはナニか、求め続けるのが料理人でありんすぇ」

「それがアレらですか」


 まずいんですよ、名状し難いあの料理たち。

 というか一部は味覚じゃない何かに訴えている部分があります。


「今ある料理は美味しい。けれど、それだけだと人は古女房と共にいるのと同じでありんすぇ。ときめきが足りんす。新しい料理はまるで恋のよう。愛のごとく食するんでありんす。まだ見ない新しい料理のためには何が必要か。それはここにないものに収まりんせん。自由な発想、新しい出会いこそが胸躍る喜びに出会う新しい恋の始まりでありんすぇ」

「あぁ、それが原因ですね」


 大人しく既存の料理で我慢してなさい。


「リューミン料理人。貴方は料理に大事なものが欠けてる」


 どう言い返してやろうかと考えていると、シェスタさんがテーブルに上がって、指差しました。


「行儀が悪いので二人共、降りなさい」


 小さく同意してリューミン、シェスタさん共々、テーブルから降りました。

 生徒が真似したらどうするんですか。無駄に素養だけあるんですから。


「リューミン料理人。貴方は料理に大事なものが欠けてる」

「何でありんすか?」


 そこから始めるの、止めてくれません?


「料理の形程度にこだわっているようだと二流」

「言うに事欠いて厨師によく言いきりんしたね」

「愛がない」

「愛なら塩のごとく振りまいていんす!」

「本当の愛なら姿形にこだわらない」


 稲妻に打たれたかのように動きを止めるリューミンでした。


「私の愛するヨシュアン様を見て」


 どこにツッコむべきでしょうか?


「背は低く、ルックスも普通、怒りやすく接しにくい、すげない、えこひいきする、手料理も食べてくれない」

「ちょっとシェスタさん、表でましょうか?」


 ぶん殴りそうになったところを我慢した自分を褒めてください。


「でも、愛してる」

「恥ずかしいのでもう喋らなくていいです」

「むしろそんな非人間的なところが素敵」


 自分の社会的地位をズタズタにするこの女を、どこに埋めたらいいか教えてください。


「愛は自分のように相手を想う賢さ。愛に対して新しい挑戦しかしない貴方に、食べられる喜びを感じない」

「狼に襲われて喜ぶ人はいないと思いますよ? あと、この怒りはまったく理解してくれませんね」


 自分を食べて、なんてどこの聖人でも言いませんよ。

 もしも、そんなこと言える人がいるなら体が炭水化物でできてるんじゃないでしょうか。


「食べる人と食べられるもの、二つの気持ちがそろって初めて愛。貴方のソレは傲慢な……」


 もはや自分はシェスタさんが何を言いたいのかよくわかりません。


「ただ恋に焦がれているだけ」

「そんな……」


 ガクリと膝をつくリューミン。

 すみません、どの当たりに勝敗を決する要素があったのか教えてください。お願いします。


「一方通行は哀しい……、でも、想う喜びはどこにでもある。貴方の間違いは取り違えたこと」


 締めに入らないでください。

 圧倒的に自分はおいてけぼりにされています。


「イタい取り違えをしたこと」


 グサリと容赦なくトドメを刺しました。

 リューミンは盛大に床に倒れ伏しました。完全なK.O.です意味がわかりません。


 シェスタさん、実は昼食を邪魔されて怒っているんじゃないでしょうか?


 極めてフラットであろうとする術式師特有の表情のせいで、よくよくわかりませんが。

 まぁ、人は誰しも逆鱗を持っているということなのでしょう。


「よくわかりませんが、美味しいものを作るというのなら実験品ではなく完成品を月間メニューにしてください」


 なんにせよ、打ちのめされている人をさらに叩くつもりはありません。

 敵ならともかく心折れた人はただの敗北者です。


 ともあれ、これで次からはまともな月間メニューに挑めるでしょう。

 そして、昼休みは有限です。

 いつまでも【大食堂】に留まってもいいことありません。


「待つでありんす!」


 勝利の余韻と共に去っていくシェスタさんは制止の声にも止まりませんでした。

 しかし、自分は何か言いたいことがあるのかと立ち止まってしまいました。


「どうしました?」

「……こなことを言うのは心苦しいでありんすが、ぬし」


 項垂れたリューミンは一言に耳を傾けました。


「わちきの八傑衆を医務室に連れて行ってくんなまし」


 そして、傾けたことに後悔しました。

 えぇ、そうですね、容赦なく気絶させましたしね自分が。


 結局、始まりの鐘が鳴るまでに医務室と【大食堂】を八往復しました。

 怪我人になんてことさせるんだ、このなんちゃって料理人め。


 最後に早く戻らなければと思った時に気づきました。


「……まだ食べきってなかった」


 残されてすっかり冷えた月間メニューでした。

 食べきると言った手前、掻きこんで苦しいまま午後授業へと向かいました。


 矜持を貫くのも大変ですね、本当に。



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― 新着の感想 ―
[良い点] チーズ、しめ鯖、餡…… バーガーにしないだけ有情と言えるだろう。
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