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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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白い人は一方的にかく語りき

 この光景を第三者から見たら、どう見えるでしょうね?



「いいですか? ヨシュアン。本来、術式師たる者は奔放な欲に打ち克ち、世の法則たる術式を繰るに足る自制を持たねばなりません。なぜなら私たちは『力』なのですから。その力を悪戯に使い、また思うがまま使うことは周囲のためにも、貴方のためにもなりません。術式師がその身を国に寄せ、ローブを羽織り、登録を義務付けられているのは力を管理し適切な形として他の者たちに示しつけなければならないからです。奔放な力はただの暴力。管理し管理され、抑制し制御された力こそが正しい力なのです。それなのにヨシュアン。貴方はそんなに簡単に力を使い、あろうことか国が定め、学園が定めた迎賓の場から逃げるために使おうとしました。何がいけないことかよくわかっていますね」

「……はい、すんません」


 まるで貴婦人に乞い望み、頭を垂れる騎士のような格好に見え――るわけないですよね?


 現在、自分は庭園のど真ん中で正座しております。

 もちろん、目の前はレギィです。


 空には燦々と太陽が輝き、その下では天上大陸と空魚が舞い、地は花々咲き乱れる庭園の美が眺められる風靡な光景なのに、ですよ?


 どうしてこうなった。


「ごめんなさいでは済まない責任を負う立場だと理解しておきながら、この有様はなんですか? 『義務教育計画』とは国是にもなり得る長期に渡る計画です。その初期、その切所にありながら自覚が薄いとは自分でも思いませんか? それだけではなく、こうして私がいるというのに逃げる? 逃げてどうするのですか? そもヨシュアンは私に会いたくない理由でもあるというのですか」

「……いえ、ありません」

「ないのにどうして逃げるのです」


 怖いからです、はい。

 貴方の説教が。


「逃げる理由もないのなら、力を奔放に使うのと何が違うというのでしょうか。自覚をちゃんと持って、堂々としていればいいものをどうして、そう、すぐに短絡的な行動を取ろうとするのです。もしもヨシュアンの行動で、『義務教育計画』への悪感情を私に持たれてしまったら、ランスバール王の期待を背負うべき貴方たち、そして生徒たちへどう申し開くつもりですか。誰かの頑張りを無碍にする行為を嫌うのはヨシュアンでしょう?」

「……面目ありません」

「いいですか。くれぐれも言っておきますが私は悪感情など持ってはいません。持ってはいませんが私でなかったら、という話です」

「……はい」


 貴方じゃなければ逃げるつもりもありませんけどね。


「それと最近、あまり顔を会わせませんでしたね」

「……えー、それはここにいるのが理由では」

「その前の話です。私は王都にいないのですから、顔くらいジークリンデ領に見せに来ていいのではないか、という話です。手紙を送っても仕事が忙しいから、店を空けられないからと言いながら、『義務教育計画』には参加しているではありませんか。王都への用があって赴いた時に訪ねてみてもいつも留守。閉店中の文字ばかりです。嘘を責めているのではありません。ヨシュアンにも職人としての立場があるのでしょう。忙しい毎日だと思っています。だけれども、それならそうとハッキリ言えばいいものを……、言葉も態度も明確にしないまま、そんなに私と会うのが嫌ですか?」

「タイミングが悪かったのだと思います」

「………」


 こちらの真偽を確かめるように、じー、と、見つめてきます。


 でも、根負けしたように少し、横に向いてしまいましたね。


「そういうのはずるいと思いませんか?」

「……いや、話が飛びましたよ? 何がずるいって」

「ともかく。そんな濡れた犬のような目をしないでください。卑怯ですっ」


 挙句、自分の容姿を理由に怒られました。

 どうしろっていうんですか、この人は。

 

「……むー」


 そして、意味不明に拗ねるな。

 あんた、もう24歳ですよ?


 適齢期すぎてるのに結婚してない理由はたぶん、このあたりに理由があると思うのですが……、どうでしょうかね。

 そんなものを吹き飛ばすほど綺麗だとは思うのですが、結婚したがらないのです。


 あまり、そのあたりの理由は深くツッコみたくないんですよ。

 墓穴掘りそうで。


 ついでに言うと、アレですね。


 わかっちゃいるんですよ。


 しかし、今がチャンスです。

 この息継ぐ間もない説教に隙ができたというのなら、方向性を変えるのは今しかないのです。


「自分だけではなくメルサラは……」


 隣を見てみるとメルサラのヤツがいません。


「メルサラさんなら、とっくに逃げていきました」


 メルサラを見送って自分一本に説教を絞ってきやがりましたよ、このアマ。


「メルサラさんにも言いたいことはたくさんありますが、今は『計画』の試練官としての仕事もあります。また探して伝えておこうと思いますから気にしないように」


 今、この瞬間にメルサラを探しに行って欲しいんです。


 そして、さっきのでわかると思いますが、レギィはひたすら説教する理由と相手を忘れません。

 一年くらい会わなかっただけで、会いに行かなかった理由を聞かれるんですから。

 その間、こっちがどんなことをしていたのか大まかな動向は必ず掴んでいたりするんです。


 その粘着っぷりは恐怖に値します。


「いいですか。貴重な時間を使ってヨシュアンのことを話しているのですから、他の方々にもちゃんと謝っておくように」


 だったら今、説教しなくてもいいんじゃ……、と思っても絶対に口にしたりしません。

 余計に時間を使いますからね。


「それと――」


 余計なことを言わなくても、オプションで何か言ってくるんですからー!?


「――に、人形はちゃんと受け取りました」


 突然、忙しなく日傘が回転を始めました。


「あぁ、それは良かったですね」

「その、とても嬉しかったです。ヨシュアンが気にかけてくれていたことがよく、わかりました」


 極めてどうでもいい案件でした。


 確かセロ君が『バナビー・ペイター』の人形を買うとき、一緒に買ったものを強制的に送りつけたヤツです。


「ありがとう、ヨシュアン」


 まぁ、そう微笑まれると、どうでもいい案件でも良かったと思えますから不思議です。


 でも説教された後に言われても嬉しくはないですよ?


「いえいえ、どういたしましてお心に添えて嬉しく思います」


 無機質な声が出ました。


「時間が押していますから、今日はこれで終わりますがくれぐれも留意するだけに留まらず、ちゃんと行為として意識してください」


 締めのくくりと共に、自分は足を崩しました。

 はい、もう精神的には術式を使うのも億劫です。


 でも、ようやく終わった。

 いえ、これでも短い方なんです。


 炎天下ということ、試練官のこと、学園長と教師陣を待たせているという理由で短く済ませただけでしょう。

 本当ならもっと時間がかかっています。

 具体的には陽が傾くまでです。


 ずっと正座しっぱなしで疲れましたが、こうして居続けるのも教師陣に迷惑がかかるので立ち上がりました。


「ヨシュアン」


 これから皆に何を言われるのか、どんよりしながら向かおうとしたら後ろから声をかけられました。

 もちろん、相手はレギィです。


「なんでしょう?」

「こういう時はどうすればいいか教えたはずです」

「……ごめんなさい?」

「何故、謝ったのですか?」


 まだ怒り足りないからだと思いました。


「エスコートです。ほら、早く。皆、待っています」


 すぐそこ、目と鼻の先ですが、エスコート、必要なんですか?

 渦巻く疑問を放置したまま、自分は膝を折って手を差し出しました。


 えー、リスリア風エスコートってどんな感じでしたっけ。

 随伴なんてしたこと、ほとんどないんですが。


 乗せられた、細く小さな手を握らずに立ち上がり、反対側の彼女の指からそっと日傘を受け取りました。

 花壇が左側にある場合は、えー、花壇がよく見えるように右に立つ、でしたか。


 こうした教養に関してのみ、自分は人並みですからね。

 自信はまったくありません。


「ありがとう。ヨシュアン」

「いいえ。参りましょう……」


 ため息を全力で押し殺しました。

 順調に調教されていますね、自分。


 そのまま日傘を差しつつ、レギィの歩く道を妨げずに学園長と教師陣の前までやってきました。


 教師陣全ての目が語っていました。


「これは一体、どういうことだ」


 という感じです。


 どういうことだと言われても、答えられません。

 答えられるのなら嘘でも答えてあげたいですよ。


「ようこそリーングラード学園へ。歓迎しますよレギンヒルト・R・ジークリンデ試練官」

「歓待のお言葉、ありがとうございますクレオ・シュアルツ・アースバルト学園長。本日を持って『義務教育推進計画』の試しとして派遣されましたレギンヒルト・ジークリンデです。この未来に繋がる計画の、試しを施す者として十全な活躍ができるように務めさせていただきます」


 自分と教師陣を全て置い抜いて、ごくごく普通の会話を進める二人に驚異すら感じそうです。


「そうですね。このまま外で話すには少々、陽も快活すぎるようですね。ひとまずは学園長室にお越し下さい」


 学園長が招くように学び舎へと向かって歩き始め、教師陣もそれに続きます。


「あぁ、そうそう」


 ピタリと止まった学園長はゆっくりと振り返りました。


「どうやらお二人はお知り合いのようなので、ヨシュアン先生にはこのままレギンヒルト試練官のエスコート役をお願いしたいのですが、どうでしょう?」

「全力でお断り――」

「ヨシュアン?」

「――謹んで承りました」


 知ってたな! 学園長、ドちくしょう!

 絶対に自分とレギィが知り合いだって知ってたですよね!


 というか考えてみれば、知ってるって当たり前のことじゃないですか。


 【タクティクス・ブロンド】同士で面識がないわけ、ないのです。


 あああ、そういうことか。

 何故に学園長がわざわざ試練官を秘密にしたのか、ようやく理解しました。


 知ってたら、確実に自分がこの場に来ないとわかっていたからです。

 レギィの性格から怒られることはあっても、自分がいないことでの悪感情が起きない。

 だからこそ、自分は堂々と逃げることを学園長は予測して、真っ先に逃げ場を作らないようにしたのです。


 うわー、もう、あの老婆、だいっきらい!

 どこまで自分のこと知ってるんですか!

 

「ヨシュアン。考え事は後にして、中に入りましょう」

「……はい」


 そのまま、自分はレギィの手に添えながら学び舎の中へと入っていきました。


 妙に上機嫌なレギィはいいとして……、このあとの言い訳をどうしたらいいでしょう?


 言い訳の相手はもちろん教師陣です。

 絶対、何か言われる。

 何を言われるかといえば、間違いなくレギィとの関係です。


 そのうえ、絶対、生徒にも何か言われる。

 レギィのことだから、絶対に自分に絡んでくるはずです。


 今からそのことを考えると憂鬱で仕方ありません。


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