ワタリドリ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
先輩は「ワタリドリ」に出会ったことがありますか?
――そりゃあ、季節の変わり目だったら冬を越すために、あったかい日本へ来る鳥もいるんじゃないか?
ああ、それは「渡り鳥」のほうですね。遠いところから、こちらへ渡ってきて過ごし、また季節がめぐったら、元の場所へ帰っていく鳥たちを指した。
ですが、私のワタリドリに関してはもっとマイナーな存在ですねえ。鳥の形を必ずしもとっているとは限りません。
私たちが小さいころは一時期、地元でその存在が知れたのですが、今はとんと話を聞きません。絶滅した、という線はないと思いますが、どこかへ場所を移したのかもしれませんね。
先輩も、もしかしたらこれから先、ひょっこり遭遇してしまう恐れがあります。少なくとも知識としては頭に入れといて、損はないと思いますよ?
ちょっと聞いてみませんか?
ワタリドリは、決まって曇天のころにあらわれます。
とはいっても、あちらこちらを歩き回るだけでは遭遇率は非常に低い。彼らは生き物の気配そのものに敏感ですから。けっこうな遠くからでも、自分に危害をくわえる恐れのある相手が近づけば、ささっと身を隠してしまいがちです。
しかし、意識的に引き寄せる手段はいくつかあり、それがワタリドリの存在を裏付けしているわけなんですよ。もっとも、無意識に引き寄せるものをしてしまった場合は事故のようなものですがね。
今回は私たちが、あえてワタリドリを呼んでいた方法のひとつをお伝えしましょう。
まず、手ごろな木の枝を見つけます。
長さは50センチ~1メートル弱くらいでしょうか。少し本格的なチャンバラをするのに適したサイズのものを選びます。
それをベンチの下に転がしておくんですね。屋内よりも屋外、タイルに寝かすより土中へうずめる。そうした状態で一晩寝かせておきます。
木の枝ですからねえ。ほかの生き物がいたずらをしないとも限りません。持ち去られるなどして、その場から失われていたら、そこで準備はおじゃん。やり直しです。
もし、無事に木の枝を回収できたならば、次の段階へ移行します。
木の枝の先に、何かを塗り付けます。
これは幅が広く、各個人のセンスが問われます。市販の塗料とかお菓子、その辺の泥とか動物の糞尿、果てには動物そのものまで。
それらを先に刺したら、あとは手に持って待ちます。もしワタリドリが近くにいるのなら、木の枝へ寄っていくでしょう。
このワタリドリ、なかなか姿を見ることができないのですが、近づいてきたときにソレと分かる瞬間があります。
「ひげ」です。長い長い、ツタかムチを思わせる黄色いひげが空中にたなびくのを、目の当たりにできる場合がちらほら。
動物が持つだろう身体の一部に思えますが、その本体の姿は見当たりません。普段通りのいつもの景色に、ひげのみが浮かんでいる不可解な状況です。
もし、それを察したならば、なおのこと腕をしっかり伸ばし、身体から木の枝を離すようにしたほうがいいですね。
そのひげが振るわれるとき、木の枝の先は突き刺したものもろとも、ちょん切られてしまいますからね。切られたものは、確かに木の枝を離れて落ちる瞬間を目にできますが、地面に落ちるところまでは見られません。
ひげと一緒に、ふっと消えてしまうんですよ。
これのやっかいなところが、必ずしもひげが触れたところが切れるわけじゃないんですね。
振られることはあっても、接触するには距離がある。そのようなときにも枝先がひとりでに切断される、というようなことが。
これは切れ味抜群。聞かされるだけでも、やれ指を、腕を、首を切られたというものですから、身体のどこであっても切り取られる恐れを持っている。丸のこやチェンソーなみに強烈な力をワタリドリは所持していると。
一説によると、彼らは時間や空間を渡る力を持っている。そいつらが空間を渡るとき、こちらの空間とあちらの空間の境目が、断層となって木の枝の先を吞み込んでしまうんじゃないか……なんて見解がありますね。
空間を渡って、ものを取っていくさまから、「ワタリドリ」と呼ぶようになったという話が根強いんです。子供のころは怖いもの知らずの恐ろしさで、しばしば試したりしたものですよ。




