第四章 第一節 奪還
九女島警察署に戻った佐川は、朝までかけて報告書を書き続けていた。
何度も手が止まった。
書こうとすると、あの光景が頭に浮かぶ。
銃が効かなかったこと。
人が、一瞬で壊れたこと。
生きたまま、連れていかれたこと。
それらを、言葉にして紙の上に落とすたび、胸の奥が締めつけられた。
気がつくと、机に突っ伏したまま眠っていた。
肩を叩かれて目を覚ましたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
「起きろ。十三時から対策会議だ」
声をかけてきたのは、同僚の遠藤だった。
「飯、食っとけ」
そう言われたが、佐川の胃は何も受け付けそうになかった。
結局、缶コーヒーを一本だけ飲み、
会議までの時間を潰した。
十三時。
会議室には、署長をはじめ、各部課長が集まっていた。
机の上には、佐川が書いた報告書のコピーが並ぶ。
ざわめきの中、佐川はマイクの前に立った。
最初は、淡々と話そうとした。
だが、途中で声が詰まる。
何度も深呼吸をしながら、それでも、最後まで語った。
信じられない、という空気が部屋を満たす。
その中で、佐川は顔を上げた。
「……自分も、最初は信じられませんでした」
声が震える。
「でも……」
「広瀬巡査が、あっという間に殺されました」
「続けて、加藤教授も……」
言葉が、途切れる。
「山本巡査部長と吉村巡査長は、重傷を負わされ」
「……生きたまま、食われました」
会議室が静まり返る。
「沢井巡査は……」
「卵を、産み付けられて……連れ去られました」
佐川の目から、涙がこぼれた。
「……全部、この目で見た真実です……」
その場で、誰も否定できる者はいなかった。
結論は、慎重だった。
島の混乱を避けるため、情報は外部に漏らさない。
拳銃も、刃物も、警棒も効かない相手である以上、自衛隊の到着を待つ。
そして――
生存している可能性のある戸崎の奪還。
可能であれば、沢井の捜索。
その結果をもって、改めて自衛隊と協議する。
そう決まった。
三日後の朝。
九女島に、自衛隊が到着した。
午後から、作戦が開始される。
盾を持った自衛官三十名と、警察官二十名。
その大部隊が、現場へ向かった。
公衆トイレ周辺に到着すると、
盾を持った自衛官二十名と警察官十名が外周を固める。
内側には、小銃を構えた自衛官十名、拳銃を構えた警察官五名、救助にあたる女性警察官五名。
配置は、完璧に見えた。
女性警察官たちが、慎重にトイレの中へ入る。
中は、静かだった。
そして、そこに――戸崎がいた。
裸で、床に横たわっている。
動けない様子だったが、呼吸はある。
「生きてる……」
すぐに毛布で包まれ、担架に乗せられる。
女性警察官二名と、男性警察官三名が、
そのまま病院へ向かった。
残った部隊は、神社周辺まで捜索範囲を広げる。
だが、沢井の姿は見つからなかった。
痕跡も、手がかりもない。
やがて、「一旦、撤退する」
その判断が下された。
夕方、部隊は引き上げた。
一人は、取り戻した。
だが、もう一人は、奪われたままだった。
誰も口には出さなかったが、全員が感じていた。
――これは、勝利ではない。
ただ、“許された時間”を一つ、使っただけなのだと。




