第三章 第二節 防御力
二台のパトカーは、現場の少し手前で速度を落とした。
ヘッドライトに照らされて、地面に横たわる三つの遺体が浮かび上がる。
青木。
下田。
小山。
食い散らかされた痕跡は明白だったが、
その場に“それ”の姿はない。
「……全員、警戒を怠るな」
山本圭吾巡査部長が低い声で指示を出す。
「佐川、車で待機。いつでも動けるように」
「広瀬は加藤さんと沢井巡査の警護」
「吉村、俺と前へ出る」
全員が頷き、それぞれの配置につく。
山本と吉村は拳銃を構え、
一歩ずつ、慎重に前進した。
周囲は静かすぎるほど静かだった。
虫の声すら聞こえない。
山本は視線を巡らせながら、
沢井に小さく合図を送る。
――トイレを確認しろ。
沢井は拳銃を構え、
慎重にトイレの方へ歩き出す。
その時だった。
羽音。
低く、重い音が、
森の奥から一気に迫ってくる。
「来るぞ!」
二つの影が、闇から飛び出した。
山本と吉村は、ほぼ同時に引き金を引いた。
乾いた発砲音。
だが、命中音は違った。
コン。
コン。
金属を叩いたような、鈍い音。
弾丸は外骨格に弾かれ、
寄生蜂は速度を落としもしない。
「効いてない……!」
その直後、一匹が進路を変え、広瀬に飛びかかった。
反応する暇はなかった。
喉が裂かれ、頭が後方へ折れ曲がる。
血を噴き出しながら、広瀬はその場に崩れ落ちた。
続けざまに、もう一匹が加藤へ向かう。
加藤は後退しながら、吉村から渡されたサバイバルナイフを握りしめた。
「来るな……!」
渾身の力で、胸部へ突き立てる。
だが――
刃は、まったく通らなかった。
外骨格に弾かれ、嫌な振動だけが手に残る。
次の瞬間、寄生蜂は加藤の頭部を両手で掴み、引き寄せた。
強力な顎が、頭を挟み込む。
グシャリ、という鈍い音。
頭部が砕け、血液と脳組織が周囲に飛び散った。
「……っ!」
沢井の喉から、悲鳴が漏れる。
「被害者を連れて、早く逃げろ!」
山本が叫ぶ。
だが、その声を遮るように、
もう一匹が沢井の前に立ちはだかった。
突進。
倒され、地面に押し付けられる。
脚で脚を封じ、上の腕で両腕を押さえつける。
下の腕が動き、制服が引き裂かれる。
沢井は抵抗しようとするが、身体が動かない。
腹部から伸びた細い器官が、
膣を通り、子宮の奥へと刺し込まれる。
悲鳴が、夜に響いた。
跳弾の危険があり、山本と吉村は銃を使えない。
警棒で殴りつけるが、寄生蜂は意に介さず、産卵を続ける。
その背後から、もう一匹が跳ねた。
山本と吉村の背中を、首から腰まで一気に切り裂く。
二人は悲鳴を上げて倒れ込む。
まだ息のあった吉村に、寄生蜂が取りついた。
食事を始める。
佐川は車内から狙いを定め、発砲する。
だが、結果は同じだった。
弾かれる音だけが響く。
やがて、産卵を終えた寄生蜂は立ち上がり、沢井の胸部に鈎爪を引っ掛ける。
ずるずると、抵抗も、声も出せない沢井を引きずり、森へ向かう。
麻痺毒が、完全に効いていた。
佐川は、その光景を見つめることしかできなかった。
どうすることもできない。
彼は歯を食いしばり、パトカーを急発進させた。
――一度、引くしかない。
警察署へ戻り、生き残った者として、今後を考えるために。
背後で、森が再び、静まり返った。




