第七章 第一節 決意
服部瞬は、ペンションの片隅で、名倉のノートパソコンを充電していた。
コンセントに差し込まれたコードが、やけに頼りなく見える。
ここに留まっている理由は、はっきりしていた。
一度、寄生蜂に襲われた場所には、すぐには戻ってこないだろうという直感。
そして、今むやみに動けば、別の寄生蜂に遭遇する可能性が高いという判断。
恐怖よりも、理屈が先に立っていた。
服部は、画面に表示された情報を、何度も、何度も読み返した。
生態。
産卵。
幼体の成長速度。
宿主の状態。
そして、時間。
「……卵が孵るまで、二、三日……」
小さく、呟く。
「……この間に、助けて……卵を摘出できれば……助かる可能性がある……」
言葉にすると、
希望のようにも聞こえた。
だが、それは同時に、期限でもあった。
服部は、画面を見つめたまま、低く言った。
「名倉さん……」
「紺野……」
胸の奥が、痛む。
「……必ず、このパソコンを警察に届けます」
「……そして、助けに行きます」
十分に充電が終わったことを確認し、服部は、ゆっくりと立ち上がった。
外は、まだ雨が降っている。
服部は、窓の外に目を向けた。
雨雲が空を覆い、朝だというのに、辺りは薄暗い。
――夜行性のはずだ。
――なのに、さっきは昼間でも襲われた。
その理由が、ようやくつながった。
「……そうか……」
服部は、低く呟く。
「夜かどうかじゃない……」
「日光、か……」
これだけ暗ければ、昼間でも行動できるということか。
服部はすぐにノートパソコンを開き、新しい情報を追記した。
――雨天、厚い雲により照度が低下した場合
――昼間でも活動する可能性あり
ノートパソコンが濡れないよう、厨房にあったビニール袋に入れ、服部は外へ出た。
スマートフォンで、九女島警察署の場所を調べ、その方角へ歩き出す。
雨音が、思考を鈍らせる。
その途中、傘を差した二人の男とすれ違った。
「どうしたんだい?」
一人が声をかけてくる。
「こんな雨の中、傘もささずに」
服部は、足を止めた。
一瞬、迷う。
だが、すぐに考えが変わった。
――知っている人間が、
――自分しかいない。
避難を呼びかける。
警戒を促す。
討伐隊を組む。
どれも、情報がなければ始まらない。
「……実は」
服部は、覚悟を決めて口を開いた。
「今、この島で……大変な事件が起きているんです」
男は、笑った。
「大変な事件?こんな平和な島で?」
「この前の白骨死体事件くらいだろ?」
「……その件とも、関係があります」
服部が、真剣な表情で言うと、
もう一人の男が眉をひそめた。
「……どうやら、冗談じゃなさそうだな」
少し考え、指で道の先を示す。
「すぐそこに、俺の同級生の店がある。落ち着いて、詳しく聞かせてくれないか?」
服部は、短く頷いた。
「……分かりました」
三人は、雨の中を並んで歩き出す。
服部の腕の中には、名倉と館野の遺志が、重たい沈黙として抱えられていた。
それでも、足は止まらなかった。




