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追放メシ屋ババカルは復讐より腹を満たす  作者: 乾為天女


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第6話 旅絶ち

 夜明け前の詰所は、暖炉の火がまだ弱かった。外の霧は白く濃く、窓のガラスに水滴がついている。番士たちは眠そうな目で机に向かい、昨夜の報告筒の行方を互いに探り合っていた。


 扉が、叩かれた。

 返事を待たずに開いて、黒い外套の男が入ってくる。胸には銀の紋章。背後に、革鎧の兵が二人、足音を揃える。


 「森の監察官、グレイヴだ」

 男はそう名乗り、紙束を机へ置いた。乾いた音が、空気の芯を硬くする。


 ダグロスは一歩前へ出る。言葉は短い。

 「用件」


 監察官グレイヴは、視線だけで一度モティングをなぞった。眠気で瞬きが遅いモティングは、うっかり会釈してしまう。そこで初めて「今のは礼なのか、降参なのか」と自分で分からなくなり、首の後ろが熱くなった。


 「国境森ルーンウッドにて、違法伐採および資材の横流し。関与したのは、ダグロス隊――と、証言が揃った」

 監察官は淡々と読み上げる。

 「本日付で、詰所預かり。装備は没収。抵抗は罪状を重くする」


 フレッドが先に息を吸い込んだ。

 「俺が……っ」

 言い切る前に、ダグロスが手を上げて止める。掌は小さく震えていたが、指は真っ直ぐだった。


 デラックは腰の道具袋を守るように抱え、兵の手元を見た。

 「伐った木は、どこにある」

 監察官は口の端を少しだけ上げた。

 「見つかっていない。だからこそ、君たちが隠したのだろう」


 モティングは、机の角の油の匂いを思い出した。報告筒を開けた手が、同じ匂いだった。昨夜の封印石の赤と、ここで読まれる紙の黒。胸の奥で、二つが嫌な音を立てて擦れる。


 「隠したなら、俺たちが一番困りますよ」

 眠気で言葉が緩み、敬語が混ざった。監察官が眉を動かす。

 モティングは慌てて口を閉じた。沈黙の中で、兵の指が剣の柄へ滑る。


 ダグロスが短く言う。

 「証拠を見せろ」

 「証言が証拠だ」監察官は即答した。

 「それから――昨夜の封印の報告は、受理されていない。提出していないからだ」


 その一言で、フレッドの顔色が変わる。デラックの指が、道具袋の留め具を確かめる。ダグロスは目だけで三人を見回した。逃げるか、ここで捕まるか。迷っている時間は、指一本ぶんもなかった。


 監察官が顎をしゃくる。

 「拘束しろ」


 兵が動いた瞬間、デラックが椅子を蹴って倒した。木の脚が床板を削って、派手な音が鳴る。兵の視線がそちらへ吸われる――その隙に、ダグロスがモティングの襟を掴み、脇の倉庫口へ押し込んだ。


 「走れ」

 言葉は一つだけ。


 倉庫の中は油と乾草の匂いがする。木箱の隙間を抜けると、裏口の板戸がある。フレッドが最後に入ろうとして、振り返った。

 「俺が止める!」

 「来い」ダグロスが言い切る前に、デラックがフレッドの腕を引いた。

 「自分を大切にしろ。置いていくな」


 板戸を開けると、霧が顔に貼りついた。裏庭の柵の向こうに、狭い獣道がある。モティングは、そこを見て喉が鳴った。昨夜、眠りかけた頭の中で一瞬だけ浮かんだ――根が張る地面の、固い場所と柔らかい場所。


 「右の石、踏むな。沈む」

 思わず言ってしまう。自分でも驚くほど、言葉がすっと出た。

 ダグロスが一瞬だけ頷き、全員の足が揃って石を避けた。案の定、霧の下の土がぐにゃりと揺れる。踏んでいたら音が出たはずだ。


 詰所の裏手を抜け、国境街道へ出るまで、四人は息を切らして走った。背後で笛が鳴り、犬の吠え声が混ざる。フレッドは何度も振り返り、唇を噛む。ダグロスは前だけを見る。デラックは走りながらも、転びそうなモティングの背を押して速度を整えた。


 街道に出たところで、ようやく木々が疎らになり、霧が風に薄まった。朝日が雲を割り、遠くの宿場の屋根が橙に染まる。森の中の赤い脈動は見えないのに、背中の皮膚だけがまだ熱を覚えている。


 ダグロスが立ち止まり、短く言った。

 「戻らない」

 フレッドが肩で息をしながら、かすれ声を出す。

 「……汚名を、晴らす?」

 「晴らす。封印も直す」ダグロスはそれだけ告げた。


 デラックが水筒を回し、モティングへ渡す。モティングは一口飲んだだけで、目の奥がぐらりと沈んだ。走った後の空腹と、暖炉の匂いが混ざって、眠気が津波みたいに押し寄せる。


 「まず寝たい……」

 呟いた瞬間、デラックの拳が、こつんと頭に当たった。痛くはない。けれど、その軽さが妙にありがたくて、モティングは笑ってしまう。


 「寝るなら、歩きながらだ」デラックが言う。

 フレッドが苦笑して、モティングの荷物を持ち替えた。

 「落ちたら俺が……いや、俺が支える。今は、そうする」

 その言い方に、モティングは少しだけ胸が温かくなる。


 四人は偽名も金もないまま、国境街道を歩き出した。背後には詰所、前には宿場。森の封印の赤は、まだどこかで脈打っている。


 モティングは目をこすり、歩幅を合わせるように言った。

 「これは……本当に、あった話になりそうだ」

 ダグロスは短く返した。

 「なる。書け」



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