表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放メシ屋ババカルは復讐より腹を満たす  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/14

第13話 隊長の言葉、足りなさすぎ問題

 雨が上がった翌朝、避難小屋の屋根から雫がぽたぽた落ちた。山肌の土はまだ黒く、靴底にまとわりつく。四人が麓の町へ戻ると、水車小屋の前に人が集まっていた。前夜に避難へ動いた家族の顔もある。眠っていた子が、今は目をこすりながら鍋の匂いを追っている。


 フレッドは小屋の中へ鍋を据え、火を起こした。昨日の甘粥の残りに豆と茸を足し、塩をひとつまみ。湯気が立つと、集まった者たちの喉が一斉に鳴った。モティングはその音だけで、腹の底の緊張が少し緩む。


 「昼のうちに、話をまとめましょう」

 フレッドが椀を配りながら言う。

 「町の北側の道、あそこは細い。避難の列が重なると詰まります。今のうちに分け道を決める。あと、食べ物の置き場も」


 デラックは道具袋を床へ並べ、針金、麻縄、革の手袋を数えていく。誰かが近寄ろうとすると、掌で止めた。

 「触るなら、手を洗ってから。刃物は人を守る。油の匂いが変わると、刃が泣く」

 言い方は硬いが、子どもが手を洗いに走ると、デラックは黙って桶の水を足した。


 その間、ダグロスは外で町の周りを一周し、戻ってきた。入口の柵の傾き、畑の脇の空き地、川沿いの浅い渡り。見たものを、頭の中で並べ替えている顔だ。モティングは話しかけようとして、言葉が喉で止まった。彼女の口はいつも短い。短いのに、背中だけで人を動かしてしまう。


 昼前、水車小屋の奥の部屋に、年配の女と井戸番の男、それから畑の男手が三人ほど座った。卓の上には、昨日持ち出した帳簿の油布包み。窓から差す光が紙の端を照らし、黒い文字が怖い虫みたいに見える。


 フレッドが深く息を吸ってから言った。

 「森の奥で、根が切られました。熱い風が漏れています。交易伯の私兵が穴を掘り、監察官の手の者が道具を置いています。――この町も、燃えます」


 井戸番の男が椀を置いた。

 「お前ら、追われてるんだろ。町を巻き込む気か」

 低い声が、部屋の空気を固くする。


 ダグロスが椅子から立った。背筋が伸び、短く言った。

 「守る」

 それだけ言って、踵を返しかける。いつもの癖だ。言葉を置くと、すぐ場から逃げる。


 年配の女が眉をひそめた。

 「何を、誰を、どうやって。守るだけじゃ腹は満たせないよ」

 井戸番の男も頷いた。

 「俺らの畑、子ども、逃げ道。守るなら、やることを言え」


 ダグロスの肩が一瞬だけ上がり、下がった。息を飲む音が聞こえた気がした。モティングは慌てて口を挟んだ。

 「隊長、言葉の型があります。……僕、さっき山で、デラックに教わりました」

 デラックが眉を少し動かす。否定もしない。


 モティングは指を折った。

 「誰が、いつ、どこで、何を、どうする。あと、どうなったら終わりか。これを言うと、聞く側は安心します」

 自分で言っておいて、頬が熱くなった。昨日までの自分なら、こんなことを言う前に眠って倒れている。


 ダグロスがこちらを見た。視線は鋭いが、怒鳴らない。フレッドが椀を差し出し、ゆっくり頷いた。

 「今は、言い直していい時間です。誰も、急かしません」


 ダグロスは椀を受け取らず、喉を鳴らした。

 「……俺が、悪い」

 その一言で、部屋の空気が少しだけ緩んだ。年配の女の肩が落ちる。


 ダグロスは卓の上の帳簿を指で叩いた。

 「交易伯の私兵が、森で根を切った。監察官が、恐れを増やす道具を置いた。昨日の夜から熱が漏れてる。今日の夕方までに、町の南へ子どもと老人を先に動かす。川沿いは危ない。畑の裏から回る。――これを、やる」


 井戸番の男が黙ったまま目を細める。

 「それで、お前らは?」

 「俺たちは、夜に動く。根の方へ行く。道具を止める。証拠も持つ」

 言葉が続く。短いけれど、途切れない。モティングは胸の奥がじんとした。守ると言う前に、やることを並べた。


 ダグロスは次に、町の者たちを見た。

 「頼む。補給の道を一本、隠してくれ。食べ物と布。あと、避難の合図を決めたい。鐘でも、笛でもいい。鳴らす人を決める」

 ここで、ほんの少しだけ声が揺れた。

 「……守りたいのは、この町の暮らしだ。井戸の列が泣かないようにしたい。だから、手を貸してほしい」


 年配の女が椀を持ち上げ、ふっと笑った。

 「泣くのは水だけで十分だね」

 彼女は机を軽く叩き、隣の畑の男へ顎をしゃくった。

 「物置の裏に通り道がある。干し豆と塩を隠せる。布はうちが出す」

 井戸番の男も、顎を掻いた。

 「鐘は嫌だ。鳴らしたら敵にも聞こえる。笛にしろ。短く二回なら、風と紛れる」

 畑の男の一人が、手のひらを見せた。鍬だこが厚い。

 「子どもを動かすのは俺がやる。走れるやつを揃える」


 フレッドが胸の前で手を合わせた。

 「助かります。鍋も、逃げる先へ持って行けます。腹が空くと、人は怖い話に負けますから」

 デラックが道具袋を締め、淡々と言った。

 「笛の合図は、夜のうちに練習する。指の位置、決める。手が震えるなら、震えない持ち方を作る」


 会議が終わり、外へ出ると、空は薄い青だった。冬の光が町の凍った土を照らし、遠くの森の上だけが、微かに赤い靄をまとっている。モティングはその赤を見て、瞼が重くなるのを感じた。だが足は止まらない。


 ダグロスが歩きながら、背中越しに言った。

 「型、助かった」

 それだけ。けれど、言葉が足りない彼女が、足りない分だけ必死に足してくれた一言だと、モティングには分かった。


 「僕も、助かりました」

 そう返すと、ダグロスは返事をしない代わりに、歩幅をほんの少しだけ合わせた。


 その夕方、町の外れで笛が二度鳴った。練習の音だ。短く、風に紛れる。聞いた者たちが顔を上げ、次に取るべき動きを思い出す音だった。

 モティングは笛の音を背に、眠りの入口へ意識を預ける準備をした。次に目を閉じたら、根の場所を、もっと正確に持ち帰らなければならない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ