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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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84話 君が見た地獄は

「――入れ替わったのは、機密情報の受け渡しのときだろう」


 ゼノフォードは男――グレイの手首を握り、その全体重を支えながら口を開いた。


「おまえは、撃ってしまったんだな。

 機密情報を追って駆け付けてきた、ライナー・ドレイガーを」


 グレイは、こう語っていた。


 『ライナー・ドレイガー』は機密情報を持ち出した。

 港で取引をしようとしたとき、軍の者が制止に現れ、咄嗟に撃ち返してしまった。

 遺体の顔を確認すると、それは『ヴァルド・グレイ』だった――と。


 逆なのだ。

 『ライナー・ドレイガー』と『ヴァルド・グレイ』の立場が。


 機密情報を持ち出したのは、『ヴァルド・グレイ』。

 そして彼を止めようと港に駆けつけ、逆に撃たれてしまったのが――『ライナー・ドレイガー』だった。


「おまえはこう考えたんだろう。

 『単なる一等兵に過ぎず、私情が入りかねない被害者側の自分が真相を告発したところで、信用性は高くない。

 だいたい公表できたところで、軍事法に違反していないとあしらわれてしまえば、それで終わり――問題として提起することすらできない』って。


 だから他国経由で事実を公表し、『他国からの叱責』という形でライオライト軍、ひいては帝国に打撃を与えようとした」


 だが、機密情報の受け渡しは失敗した。

 その上、誤ってではあろうが、ライナー・ドレイガーを殺してしまった。


「だけどそこで、おまえは気付いたんだ。

 目の前に、『加害者』である、ドレイガーの遺体がある――ということに。


 だからおまえは、ドレイガーになりすますことにしたんだ。

 加害者側という、話に真実味を帯びさせることができる立場から、懺悔という形でこの出来事を公表して、ドレイガーに罪人のレッテルを貼るために。


 そのために、ドレイガーの遺体の顔を判別がつかないように傷付けて、ドッグタグと階級章を交換したんだ」


 こうして顔の判別がつかないドレイガーの遺体に『ヴァルド・グレイ』の持ち物を取り付けることで、『ヴァルド・グレイ』は死んだことにした。

 一方でグレイ自身は『ライナー・ドレイガー』の持ち物を身に付けて目撃させることで、『ライナー・ドレイガー』と認識されることになったのだ。


「そして自ら加害者であるライナー・ドレイガーとしてこの出来事を語り、ドレイガーを悪人として記録に残そうとした」


 どのように語るつもりだったかまでは、ゼノフォードにもわからない。

 もしかしたら本来は、警官に捕まって取り調べで語るつもりだったのか。

 あるいは、リテンハイムから逃げて人質を取ったことからして、最初から人質に話を聞かせ、警察に伝えてもらう心算だったのかもしれない。

 一般人を介した方が、警察や帝国によって『不都合な事実』として闇に葬られる心配もないので、後者の方が可能性は高そうだ。


「――僕はね」


 ゼノフォードは、グレイの手首を握る力を、ぐっ、と強めた。


「別に、自殺は良くないだとか、生きていればきっと何とかなるだとか、無責任にそんな綺麗事を言うつもりはない。

 その道を選ばざるを得なかった人たちを、否定したくはないからな。

 ――そうすることでしか、解決しないことだってあるだろう」


 グレイを支える腕が震えた。

 喉に込み上げてくるものがある。

 単なるデジャヴに似た物なのかもしれないが。

 何故だろう、何か――身に覚えがあるような気がした。


「――だけど、おまえは違う!」


 ゼノフォードは見下ろした。

 グレイの、猛禽類のような青い目が揺れていた。


「生き証人を、自ら殺す気か!?

 おまえだけは、死んじゃ駄目だ!」


 トルヴァン州を壊滅に追い込んだ張本人――ライナー・ドレイガーは、もうこの世にいない。

 壊滅したトルヴァン州の住民――ノルカやトゥアも、もういない。

 ドレイガーの命令に従った他のライオライト軍がいたとしても、例の出来事を問題視してはいないだろう。


 問題提起できるのは。

 ――ヴァルド・グレイ、ただ一人だけなのだ。


「だいたいおまえの命は、ノルカが繋いでくれた物だろうが!!

 そんなに簡単に捨てていいのか!?

 いいわけがないだろう!!」


「だったら――!」


 グレイが叫んだ。


「だったら、どうすればよかったんだよ!!」


 ――グレイには、なんの力もない。

 准尉とは雲泥の差である、ただの一等兵だ。


「ノルカとトゥアをただの『事故死』にさせないために、どうすればよかったんだ!?

 俺には――何の力もねェんだ!」


「力ならあるだろう!

 事実を語れる力が!」


 ゼノフォードは、歯を食いしばった。

 そろそろもう、腕の感覚がない。

 それでも、口を開いた。


「第三者の代弁じゃない、単なる記録でもない。

 おまえが見た事実を、おまえ自身の言葉で語れるのは。


 ――この世で、おまえ一人しかいないんだよ」


 そのとき、階下から駆け上がってくる足音が、塔の内部に響いた。


「殿下!」


 アルノーの声だ。


 次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、アルノーとエルンストが飛び込んできた。

 二人の視線が即座に状況を捉える。宙に浮いたグレイ、壁際にしがみつくゼノフォード。


 アルノーはすぐにゼノフォードの背に腕を回し、落下を防ぐようにしっかりと支える。

 そしてエルンストが無言でグレイの腕を掴み、迅速に引き上げた。


 やがて、グレイの体が床に引き戻される。彼は荒い息を吐きながら、しばらく動けずにいた。

 ゼノフォードもまた、腕の痺れと疲労に膝をつきなりながら、アルノーの支えに身を委ねた。


 時計塔の風が、ようやく静かに吹き抜ける。

 危機は、過ぎた。


「――俺はこれから、どうすればいい」


 グレイが、ぼそりと呟いた。

 囁きにも似たその小声を拾い、ゼノフォードはそちらに視線を向けた。――グレイはぼうっと、文字盤の向こうに見える地平線を眺めていた。


「とりあえず君は、おとなしく捕まりたまえよ」


 ゼノフォードは肩を竦めた。


「外患罪を抜きにしても、君は殺人罪に死体遺棄と損壊が問われているからね。

 ついでに、これから人質強要罪が問われることになるだろうし」


 その言葉と同時に、エルンストによってグレイの両手首が縛られた。

 その様子を見ながら、ゼノフォードはさらに言葉を続ける。


「運が良ければ、だけどさ。外患罪については、捜査が進めばもしかすると撤回される可能性もあるんじゃないかな。

 外患罪が適用されるのは、外国からの『武力行使』を誘致あるいは援助する場合だ――と思う」


 これはこの世界ではなく、あくまでも『現代の日本において』の情報に過ぎないので、一応断定は避けておく。


「機密情報の内容は、過去の記録なんだろう?

 物理的な攻撃を呼ぶものじゃないと判断されれば、秘密保護法違反とかに格下げになるかもね」


 それから、とゼノフォードはエルンストを指で示した。


「君が伝えたいことについては、まずはここにいる騎士警察のエルンスト君に語ってみたらどうだい」


 取り調べ、という形になるだろうが、それでも――グレイの言葉を公に伝えられる機会だ。


「そして、言葉を届ける声が小さいって思うんだったら、大きくしていけばいい。

 新聞社に持ち込んで軍の所業の是非を問うなり、政治に携わる人間に手紙で送りつけるなり、小説にでもして読者に想いを伝えるなり、手段は色々あるだろう。


 そのやり方が思いつかないって言うんなら、助けを求めればいい。僕だって手を貸してやる」


 そう言って、ゼノフォードは僅かに目を細めた。


「もう一度言う。

 君が見た地獄は、君にしか語れないんだ」

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