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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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82話 裁かれない罪

「私は後悔した」


 ドレイガーは震える声を絞り出した。


「罪の意識に苛まれることになった。

 なんということをしてしまったのだと。

 ――だが皮肉なことに、この件で私が裁かれることはなかった」


 ゼノフォードは合点がいった。

 この件――ドレイガーの命令によって現地民に多数の死者が出た件について、『村に直接武力を行使したわけではない』。

 つまり、現地民の死は事実上、事故として扱われる。


 いくら人道的に問題があろうと、『現地人の殺害を禁ずる』という軍事法に違反しているわけではない。

 故に、罪には問えないのだ。


「だから私は――機密情報を持ち出すことにしたのだ。

 この事実を世に知らしめるための情報をな」


 それが、あの新聞報道――『帝国軍の元准尉ライナー・ドレイガーが、国家機密を無断で持ち出し他国に売却しようとした』という事件に繋がるというわけだ。


「情報とはな」


 ドレイガーは説明を付け加えた。


「何も、軍の弱点だったり、兵器の性能だったり、そういった『軍事的な脆弱性』とは限らない。

 私が持ち出したのは、軍で行われた数々の事実の記録だ。

 トルヴァン州の壊滅についても、私の命令によるものだと記されている」


 ドレイガーはそれを持ち出した。

 そして、その情報を他国に流そうとしたのだ。


「他国はライオライト帝国の非道なやり方に、遺憾の意を示すことだろう。

 私の決定を、大いに非難することだろう。

 私は罪に問われなくとも、制裁を受ける。――悪人として、裁かれることができるのだ」


 ゼノフォードは、ふと最近『自ら罰を望んだ男』がいたことを思い出した。

 その男は養護施設の所長だったのだが、あろうことか入所する子供たちが悍ましい目的に利用されていることを知りながら、加担していた。

 良心の呵責に耐えかね、その男は告発に動こうとするゼノフォードに手を貸したのだ。


 彼には、『道徳的マゾヒズム』という心理現象が働いていた――とゼノフォードは考えている。

 『自らの罪』を明確化し、『罰を受ける』ことで、心理的な均衡を取り戻そうとする。そういう現象のことである。


 ドレイガーも、同じなのかもしれない。

 『罰を受けて、楽になりたい』――と。


「だがな」


 ドレイガーの声で、ゼノフォードは思考を切り上げた。


「私が――いや、少なくとも『何者か』が情報を持ち出したことを、軍は把握していたのだろう。

 港でいざ取引をしようとしていたところに、軍の人間が駆けつけてきた。そしてその人間は、こちらに発砲してきた。


 今思えば、撃たれてやればよかった。

 だが私は咄嗟に、撃ち返してしまったのだ」


 ドレイガーの銃声が、港の静寂を裂いた。

 撃たれた男は、胸を押さえながら数歩よろめき、背後の鉄柵に肩をぶつけて崩れ落ちた。――もう発砲してくる心配はなさそうだった。


 ドレイガーは銃を下ろし、ゆっくりと歩み寄った。

 男の身体はすでに動かず、血液がジャケットの前面を濡らしていた。

 照明の角度を変えるように立ち位置をずらし、ドレイガーは膝をついて遺体を確認した。


「遺体の顔を見て、私は愕然とした。

 それが、他でもない――あのヴァルド・グレイだったのだ」


(あの新聞の記事――)


 ゼノフォードは、新聞記事の内容を思い起こした。


『逃走の際、ドレイガーは一等兵ヴァルド・グレイ氏を殺害』


(その真相は、こういうことだったのか――)


「時間を戻すことができたらと、これほどまでに思ったことはない」


 ドレイガーは、俯いた。

 影に染まったその顔からは、表情を読み取ることができなかった。


「私は、逃げる他なかった。もし応援が来て、真実を公にする前に撃ち殺されては、本当にグレイに顔向けができない。

 ここまで来ては、私が行った事実を公にするより他に道はないのだ。


 だがグレイが私を発見したとき、取引先の国の相手はすでに逃げ仰せてしまっていた。

 彼らは、銃声を聞いて即座に身を引いたのだろう。――責めるつもりはない」


 軍の介入があったのだ。それなら、彼らが逃げるのも当然の判断だ。


「しかし、機密情報を国外に流出させることは、叶わなくなってしまった」


 不意に、ドレイガーがふらりと立ち上がった。

 壁に据えられている文字盤にある小窓。そこから、ドレイガーは外を見やった。


「だが逃げ惑ううちに、やがて気が付いたのだ。

 『機密情報を国外に流出させることが叶わなくとも、加害者である私が語る言葉ならば、事実として真実味が増す』――ということに」


 ギィ、という音がした。

 途端に、太陽の光が部屋に差し込んできて、視界が白色に包まれた。


 眩しさに目を細める。

 徐々に目が慣れてきて、ゼノフォードは何が起きたのかを理解した。

 グレイが、時計塔の文字盤を扉のように押し開けたのだ。


 狭い室内からすれば、異様なほどに広い外界がそこに広がっている。


 ――冷たい風が、吹き込んできた。


「そして――こうすることで、私自身を確実に悪人として葬ることができる」


 ゼノフォードは――まずい、と思った。

 咄嗟にインターフェースを開き、セーブをした。


 直後。


 ドレイガーが、文字盤の形にぽっかりと空いた壁の穴から。


 ――身を投げた。

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