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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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80話 逃亡犯は語る

(――なんてことを考えているんだろうな。あの看板娘は)


 ゼノフォードは背伸びをし、少し離れた位置にある文字盤の小窓から外を覗き込んだ。

 下方には、群衆の方へと駆けていく看板娘の姿が見える。


(生憎だけど、僕は死ぬつもりはない)


 それも凶悪犯の手により苦しみながら死ぬなんて、真っ平ごめんである。

 今も昔も、目標は変わらず『生きること』なのだから。

 故に、考えていた。助かる方法を。


(あんな文面を読んでしまえば、彼女はむしろ真逆の行動を取ろうとするだろう。まず僕の正体を隠そうと思うはずだ。罪人だと知られないように)


 だがそれはそれで、問題が生じる。


(僕の正体を伏せる方針になれば、警官たちが耳にするのはこういう話になる。


 『人質が「ゼノ」という、親も友人もないただの貧民街の少年に交代した』と。


 そうなれば警官たちは、『人質に価値なし』と判断して、強硬策として突入してくる可能性もある。そうなれば、僕の命は終わりだ。


 だけど彼女はきっと、僕を死なせないよう警官たちを説得してくれるだろう)


 彼女の同情を誘うことができれば、『ゼノというただの子供』にも僅かながら人質としての価値が生じる――という算段だった。


(まあ、万一彼女がメモの内容を真に受けて警察が突入してきたら、殺される前に時間を戻せばいい)


 逃げる気はないと見做されたのか、幸いなことにゼノフォードには拘束も猿轡もされていない。お陰で、いつでもロードができる環境にある。


 だが最大の問題は、もちろんこの状況そのもの。

 人質が入れ替わっただけで依然として人質が存在しており、犯人の確保が困難である状況は何一つ変わらぬまま続いている。

 要するに、膠着状態であることに変わりはないのだ。


「ライナー・ドレイガー君」


 ゼノフォードは口を開いた。


「君は、なんで機密情報を他の国に渡そうだなんて考えたんだい?

 君は准将まで上り詰めた人間だろうに」


「兄を手にかけようとした、底意地の汚い貴様に語ることは何もない」


 ドレイガーは冷たく言い放った。

 ゼノフォードは悲しげに首を振る。


「そうかい。残念だよ」


(……まだ時期尚早か。

 焦らなくていい。少しずつ心を開かせていこう。

 そして説得して、投降させる。

 誰も死なせずに解決するんだ。


 ――僕なら、できるかもしれない)


 ゼノフォードは別に、『人質になった魚屋の看板娘がカワイソーだから』という安直な理由で飛び込んだわけではない。


(もしかしたらだけど。同じ『逃亡犯』である『反逆者ゼノフォード』相手なら、彼も気を許したっておかしくない。

 ――僕なら解決できるかもしれないんだ)


 それが、ゼノフォードをこの場に飛び込ませた理由だった。


 この『ライナー・ドレイガー』という男と『ゼノフォード』には、共通点が多い。

 世間から凶悪犯と見なされていること。

 逃亡者であること。

 トルカーナに流れ着いたこと。

 そして――ドレイガーが国の機密を他国に売った動機次第ではあるが――帝国に対して蟠りを抱いていると思われること。

 それらの共通点が、ドレイガーの心を開くきっかけになるかもしれないのだ。


(リマ症候群――)


 かつての現実世界において、ペルーの首都リマで発生した日本大使公邸占拠事件。

 その際、犯人たちは人質に親しみを覚え、殺害できずに大半が生還したという。

 この事例に基づいて名付けられた、『誘拐や監禁の犯人が、人質に対して親近感や同情を抱く』と言う心理状態のことだ。


(これを引き起こすことができれば、僕自身の身の安全も確保できるし、説得にも耳を傾けてもらえるかもしれない)


 それがゼノフォードの目標だった。


(このドレイガーという男は、平民としては頂点である准尉までのし上がった人間だ。

 そんな人間が、その地位を捨ててまで他国に情報を売る理由。考え得るのは――四つ)


 一つ目は、彼が他国のスパイだった、あるいは他国に恩を売りたかったため。

 二つ目は、アルノーが言っていた通り、金銭目的。

 このあたりであれば、正直擁護の余地は無い。


 だが。――三つ目。

 もし家族や友人を人質に取られ、やむを得ずだったとしたら?


 あるいは四つ目――このライオライト帝国そのものに、深い恨みを抱えていたとしたら?

 ゼノフォード自身、皇帝のやり方――暗殺計画の首謀者と決めつけられ、スケープゴートとして断罪された非人道的な手法を、身をもって知っている。


 彼に、後半二つのような理由があったとして。

 そんな彼が、自分の目の届く範囲で警察に殺されるようなことがあれば――。


(――別に、困っている人に手を差し伸べなければ、なんて殊勝なことを考えてるわけじゃない。僕はそんなに善人じゃない。

 ただ、そんなことが起きたら――しばらく寝付きが悪くなりそうだから、っていうだけだ)


 ――そう、ただそれだけだ。


 ゼノフォードは口を開いた。


「話を聞かせてくれないんだったらさ。僕の話を聞いてくれるかい?」


「解放しろ、と泣きついたって無駄だぞ」


 予想通りの反応ではあるが、こうも冷たくされては話が進まない。ゼノフォードは、「そんなんじゃないって」と首を振り、構わず続けることにした。


「ただ――君、言っただろう?

 僕のことを『兄を手にかけようとした、底意地の汚い貴様にー』って。

 そう思われ続けるのは悲しいな、って思ってね」


「違うとでも言うつもりか?」


 ドレイガーが僅かに興味を示した。

 食いついたというほどではないが、問い返してきたドレイガーに、ゼノフォードはしめたとばかりに語り始めた。


「そうだよ。

 父上が、落書きを見つけて激昂した豊臣秀吉よろしく、僕を一方的に犯人だと決めつけて罪に問うた、っていうだけの話さ」


「誰だ? その、なんとかというのは」


 ゼノフォードは軽口のつもりだったが、ふと逡巡する。


(……そうか、この世界は異世界だから、秀吉を知らなくても当然か)


 いつもこの手の軽口を言っても、『その人物は誰なんだ』だとか、『そんな昔話は知らない』だとか、そんな質問や指摘が返ってくることなどほとんどなかった。

 そのため気にしていなかったが、言われてみればそうだ。――悲しいかな、他の皆は話の内容など真面目に聞いていないか、さほど深く気にしていないのかもしれない。


「遠ーい国に、豊臣秀吉っていう武将がいたんだよ。

 彼は、自分を批判する落書きがあるって知ったとき、犯人じゃなくて警備をしていた番人を処刑したんだ。

 そのあとは関係者『かもしれない人』を、誰彼構わず片っ端から処罰していったらしい」


 冷静に考えれば、なかなかの暴君だ。

 話が逸れすぎる前に、ゼノフォードは肩を竦めて本題に戻した。


「とにかく、僕は暗殺の首謀者なんかじゃない。理不尽に疑われたっていうだけだよ」


 言い終えたゼノフォードは、ふと端麗な顔に浮かべていた笑みを霧散させた。そして紫水晶のような瞳を伏せる。


「――僕は、暗殺計画なんて、立ててすらいない」


「貴様は、罪を認めたと報道されていたが?」


「僕が反論したところで、聞き入れてもらえたと思うかい?」


 ――芝居だ。あくまでも。

 だが自分の言葉によって、消し飛ばされた時間軸の中に埋もれていた過去の尋問の記憶が蘇るのもまた、事実だった。


『通報したのは、汚職警官だ!

 信用できない人間なんだ!!』


 そう訴えた自分に降ってきたのは、懐疑の声。


『僕が暗殺計画の首謀者だという証拠は、ないだろう!!』


 そう主張して返ってきたのは、『首謀者でないという証拠もない』という、否定の声。


 ――そう。

 信用のないゼノフォードがいくら反論したところで、聞き入れてもらえることは、ついぞなかったのだ。


「下手をすれば、僕の無実を知っていて、擁護してくれる人たちまで巻き込んでしまいかねない」


 あのとき皇帝は、宣言した。


『ヒルデガルトには、ゼノフォードを庇い、嘘の供述をしたとして「偽証罪」に問うこととし、軟禁と再教育を言い渡す。


 そしてリーベンタール卿は、皇権への反逆に値する言辞を述べたとみなし――「反逆罪」に問うこととする』


 もう消し飛んで、存在しなくなった過去。

 それでも、ゼノフォードの記憶からは消せない。


「一人で静かに自滅するほうが、ずっとよかったんだ。

 誰かを、巻き込んでしまう前に」


 ゼノフォードが全ての罪を被った本来の目的は、『皇位継承権を捨て去るため』。

 だがそれと同時に、アルノーとヒルデガルトに自分を擁護させないためでもあった。


 そう思えば――この選択は、やはり間違っていなかった。


「……ッ」


 ドレイガーが息を呑む音がした。心情に何らかの変化があったのかもしれない。

 やがて彼は、ゼノフォードの隣に腰を下ろすと、沈黙を破った。


「――ほんの一年前の出来事だ」

お読みいただきありがとうございます。

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