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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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79話 人質の価値

 軍服姿の屈強な大男。

 白髪の混ざり始めた金髪に、射抜くような青い目。

 そして首には『ライナー・ドレイガー』と書かれたドッグタグ、胸には准尉の階級章。


 間違いない。

 彼こそが、件の凶悪犯――元軍人、ライナー・ドレイガーだった。


 ドレイガーは人質――魚屋の看板娘の首にナイフを突き付けていた。

 彼女は腕を後ろ手に縛られ、布で猿轡をされている。悲痛な表情で、首元の刃とゼノフォードを交互に見比べていた。


「な……なんでガキがこんなところにいるんだ!」


 ドレイガーは、突如現れたゼノフォードに怒鳴った。


「何処から入った!?」


「僕はこの辺の地元っ子なもんでね。この時計塔は普段通る道にあるから、よく外から眺めていたんだよ」


 ゼノフォードは飄々と答える。


「裏路地に窓があるから、そこから侵入できそうだな、って。常々思っていたのさ」


「……」


「まあ、そういうわけで僕は警察の手駒じゃない。勝手に入り込んだだけの、ただのガキだ。だから心配しなくていいよ」


 ドレイガーの表情には、怒りよりも遥かに困惑の色が濃く滲んでいた。

 安全地帯であるはずの自分のテリトリーに突然少年が現れた上に、その少年が恐怖する素振りも見せず一方的に話し掛けてくれば、誰だって戸惑うだろう。


 ゼノフォードは、そんなドレイガーの顔を見ながら静かに切り出した。


「さて、ドレイガー君。ここからが本題だ。

 提案なんだけどさ。僕と彼女」


 ――と、依然としてドレイガーにナイフを突きつけられている、哀れな魚屋の看板娘を指差した。


「――人質を交換しないかい」


「何を戯けたことを!」


 ドレイガーが怒鳴る。

 それをさらりと受け流し、ゼノフォードは「まあ聞きたまえよ」と続けた。


「僕は人質としてこれ以上ないほど価値がある人間だ」


 その言葉に看板娘が何かを察したようだった。布の下で小さく悲鳴を上げ、しきりに首を振った。

 だがゼノフォードは気にせず言葉を重ねる。


「――『第二皇子ゼノフォード』って、知っているかい?」


「……なんだ、いきなり」


 藪から棒の発言に、ドレイガーは困惑を隠せない。


「まあ、そうだな。帝国民ならば誰もが知っているだろう。

 兄であるはずの第一皇子を暗殺しようとして罪人になり、逃亡の末に死んだという、愚か者のことだ」


「その『死んだ』ゼノフォードが生きている、って言ったら――驚くかい?」


 また看板娘が悲鳴を上げて首を横に振った。

 だがドレイガーは怪訝そうな顔を崩さなかった。


「……何の話だ」


「君と同じように、ゼノフォードも荷馬車で逃げてきたんだよ。このトルカーナにね。

 そこでマフィア組織ピエトラに匿われて、死んだことにしてもらった。

 そして、ここで生きている」


「――仮にそうだとして、それがどうした。何故そんな話をする」


 ゼノフォードは鞄から一通の封筒を取り出した。

 帝国の紋章がシーリング・スタンプで封印され、差出人には『皇帝ゲオルグ・フォン・ライオライト』の名が記されている。

 ――紛れもなく、皇帝直筆の手紙だ。


 ゼノフォードはその中身――『ピエトラがゼノフォードの死を偽装していないか』を問う内容――を見せた。


「……」


 ドレイガーの目が変わった。

 ――何かを察したらしい。

 平民が皇帝の直筆の手紙を手にすることなど、まずあり得ない。

 それを所持している時点で、ゼノフォードがただの貧民街の少年ではないことは明白だった。


「――今、皇帝陛下がゼノフォードを捜している。その死を疑ってね」


 ゼノフォードは手紙を封筒に戻しつつ、被っていた帽子をすっ、と取った。


「もう察しているだろうけど。

 その『第二皇子ゼノフォード』っていうのは――僕だ」


 ドレイガーは沈黙したまま、鋭い目を更に険しくして、ゼノフォードを凝視する。

 その反応を確認して、ゼノフォードは自身の胸に手を当てた。


「僕の価値を、ご理解いただけたかい?

 僕は第二皇子という肩書を持つ逃亡犯で、そして皇帝が探し求める、この帝国の重要人物だ。

 かたや彼女は――」


 ゼノフォードは魚屋の看板娘を示す。


「この粗末な貧民街で暮らす、代わりの利くただの魚屋の娘。

 ――どちらに価値があるかは、考えるまでもないだろう?」


「何が狙いだ」


「狙いなんてないさ」


 ゼノフォードはまた飄々と答えた。


「ただ美しいマドモアゼルに、いいところを見せたいだけだよ」


「――ハッ」


 ドレイガーが心底馬鹿にしたような嘲笑を漏らした。


「成程、さすが無能な第二皇子ゼノフォード。帝国の恥と言われるだけはある。

 色恋なんぞにうつつを抜かして、自らの命を危険に晒すとはな」


 ドレイガーはしばらく肩を震わせて笑っていたが、やがてぎろりとゼノフォードを睨んだ。


「いいだろう。私にとっては利点しかない。口車に乗ってやる」


 ドレイガーは看板娘を解放した。といってもナイフを突き付けるのをやめただけで、腕の縄も猿轡もそのままだったが。

 代わりにゼノフォードを強引に引き寄せ、ナイフを突き付けた。


「レディ」


 ゼノフォードは、自由になった――と言っていいかは分からないが、少なくともドレイガーの標的ではなくなった看板娘に呼びかけた。


「後ろを向いてくれ」


 看板娘は悲痛な表情を浮かべながらも、ゼノフォードの言葉に従って背を向ける。

 ゼノフォードは、彼女の背中で縛られた手に封筒を握らせた。


「外に、エルンスト君という騎士警察がいる。

 彼に人質が『第二皇子ゼノフォード』に変わったと伝えてほしい。この手紙が、僕の生存の証拠に――はならなくても、根拠くらいにはなるはずだ。


 彼らは、人質が『皇帝が捜している逃亡犯』だと知れば、手出しはできないだろう」


 看板娘は振り返って何か言いたげな目を向けた――猿轡はされたままだったので、それが精一杯の意思表示だった――が、静かにその場を後にした。


□□□

 時計塔内部の一階へと続く、石造りの階段を降りながら、看板娘は眉をひそめた。


(……何かが、手に当たってる。封筒とは別に、何かが)


 ゼノフォードが見せた手紙だろうか。

 いや、違う。それは彼が再び封筒に仕舞うのを確かに見た。そして、他に紙らしき物は無かったはず。

 つまり、これは。


(――ゼノフォードが、あとから忍ばせたもの?)


 自分に宛てた、何らかのメッセージかもしれない。

 階段を降りきった看板娘は、手にしていた封筒と、その『何か』を床に落とし、振り返って確認した。


 封筒とは別に、もう一枚。

 ――メモだった。


 そこには、走り書きの長文が記されていた。


――――

 魚屋のレディへ

 僕がこのメモを渡しているということは、『人質が罪人ゼノフォードに交代したことを、エルンスト君に伝えてほしい』と言ったということだろう。

 そして『皇帝が僕を探している』という情報を添えれば、警察は僕を死なせないために強硬手段には出ないだろうということも。


 だけど、僕は一つ嘘をついた。

 それは、警察は人質が『罪人ゼノフォード』だとわかった時点で突入してくることだろう、ということだ。

 それはたとえ『皇帝が僕を探している』という情報があったとしても、だ。

 この街に暮らす住民全員の命と、罪人一人の命。どちらが重いか――わかるだろう?


 僕は犠牲になるだろうが、気にしなくていい。

 今や僕は、家族も肩書きも失った、ただの反逆者。幸いなことに、僕が死んで困る人はいない。

 死んだことになっている人間が、本当に死ぬっていうだけさ。

――――


(! そんな――!)


 看板娘は、黒色の目を大きく見開いた。


(あの子は、ゼノフォードは――。

 皆のために、犠牲になろうとしているの――?)


 ふと、トニオ――飲食店の店主が話していたゼノフォードの姿が頭をよぎる。

 あの少年は、たとえ相手が横暴な汚職警官であろうと、『ピエトラ』を名乗る大男であろうと、困っている人がいれば身の危険も顧みずに飛び込んでいく。そんな人間だと。


 だからこそ、ゼノフォードは。

 凶悪犯の脅威に晒されたこの街を救うために、自らを犠牲にしてでも――という腹積もりなのだ。


(――そんなの――)


 看板娘は、静かに震えた。


(そんなの、受け入れられるわけないじゃない!!)

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