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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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78話 逃亡犯と逃亡犯

 商店街に着くなり、ゼノフォードは新聞を一部購入した。

 この貧民街トルカーナで入手できるのは、政治的な情報を扱う高級紙(クオリティ・ペーパー)ではなく、世俗的で品のないゴシップばかりが並ぶ大衆紙(タブロイド)だが、それでも重大ニュースくらいは把握できる。


「今日は、僕のことは書かれていないみたいだ」


 新聞をぱらりと開き、目線を落としながら内容に目を走らせるゼノフォードを、アルノーは同情の混ざった眼差しで見つめた。


「殿下も大変っすねぇ」


「僕の代わりに、違う逃亡犯が一面に載ってるな。『元准尉ライナー・ドレイガー』だってさ」


 そう言いながら、ゼノフォードはアルノーにも見えるように新聞を整え、トップニュースの記事を示した。


〈元准尉ライナー・ドレイガー逃走 国家機密持ち出し容疑〉


 帝国軍の元准尉ライナー・ドレイガーが、国家機密を無断で持ち出し他国に売却しようとした疑いで指名手配された。

 逃走の際、ドレイガーは一等兵ヴァルド・グレイ氏を殺害。遺体の顔には深い傷が残っており、怨恨による犯行の可能性もあるという。警察は外患罪・殺人罪の容疑でドレイガーの行方を追っている。


「『外患罪』?」


 アルノーは聞き慣れない言葉を読み上ると、ゼノフォードが補足した。


「他の国と共謀して、自分の国に武力を行使させようとする罪のことさ」


 その罪の重さは、比類なきもの。

 現代社会の日本においては『刑法上最も重い罪』とされ、有罪となれば即座に死刑が科されるほどの重罪である。


「ひぃ……そんなことをする人がいるんすね。怖いっす」


「それにしても、准尉って」


 ゼノフォードは白金色の前髪に指を絡めながら、思案するように疑問を口にした。


「平民がなれる下士官の中でも、最上位の階級だ。生半可な覚悟じゃなれない。

 つまり彼は、登り詰めて境地に辿り着いた成功者なんだよ」


「その努力と肩書きを捨ててまで、情報を売ろうとしてたってことっすね。

 なんでなんすかねぇ。お金目的だったんすかね……?」


「そうかもしれないね――」


 考えたところで答えの出ない疑問に蓋をして、ゼノフォードは新聞を閉じた。アルノーが「あ、自分、持つっすよ」と申し出たので、その言葉に甘えて新聞を手渡す。


 やがて歩みを進めると、広場に出た。

 そこにはかつて栄華を誇った面影を残す、今や廃墟と化した時計塔があった。


「――何かあったのかな」


 商店街のシンボル的存在の周囲とはいえ、妙に人が多い。しかも皆、時計塔の方を注視している。

 その群衆の中に見知った人物がいて、アルノーは声を上げた。


「あれ……エルンストさん?」


 エルンスト・クラウゼ。帝都リテンハイムの警察局に勤めるエリートの騎士警察である。

 アルノーの声に気付いたエルンストが振り返った。


「――なぜ貴様らがここにいる」


 元より仏頂面の顔がさらに不機嫌そうに歪む。

 それを見てゼノフォードはやれやれと首を振った。


「この辺りに住んでるからさ。

 それより君こそ。帝都にいるはずの騎士警察君が、どうしてこんな貧民街なんかに?」


 ゼノフォードの問いに、エルンストは腕を組みながら返答した。


「リテンハイムから、凶悪犯が逃げ込んだのだ。このトルカーナにな」


「凶悪犯?」


「既に新聞で報じられているから、話しても構わんだろう。

 元軍人、ライナー・ドレイガーという――」


「機密情報を国外に売ろうとした、売国奴君かい?」


 聞き覚えのある名に、ゼノフォードはエルンストの言葉を引き継ぐようにして言った。

 エルンストはアルノーの持つ新聞に目を落とし、「知っているなら話が早い」と頷いた。


 それが事実ならば、ここに逃げ込んだのは誇張でも何でもなく、まさに『凶悪犯』である。

 ゼノフォードは不安げに顎に手を当て、エルンストに視線を向けた。


「そんなのが、ここに?

 あんまり不安要素を持ち込まないで欲しいね、この平和な貧民街に」


「……貧民街が平和ってことあるんすかねぇ」


 アルノーのぼそりとした呟きをよそに――あるいは同調して――エルンストはさらに険しい目つきになった。


「平和なものか。少し前に、凶悪犯ゼノフォードがこのトルカーナに逃げ込んだばかりではないか」


「ッ」


 アルノーがぴくりと肩を震わせた。ゼノフォードのことを『凶悪犯』と言われたことが気になったのだろう。

 一方で当の本人はあっけらかんと「ああ確かに」と納得した。


「言われるまで気付かなかったけど、『ゼノフォード』も凶悪犯だった」


 アルノーの「納得しちゃったっすよ」という小さな嘆きが聞こえたが、ゼノフォードはスルーした。

 代わりにふと頭に浮かんだ疑問を口にする。


「トルカーナには、何かそういう悪者を惹き付ける要素でもあるのかな」


「貧民街というものは、治安が悪いものだ。悪人どもの巣窟になるのも当然だろう」


 エルンストは返す。


「ただ、今回の凶悪犯については『偶然』だと言わざるを得ない」


「っていうと?」


「奴は当初、リテンハイムに潜伏していたのだがな。

 単にリテンハイムを離れられれば何でも良かったのだろう、停車していた荷馬車に乗り込んだのだ。その行き先が偶然トルカーナだった――というわけだ」


(……僕のときと同じだな)


 ゼノフォードは苦笑した。

 その反応に微妙な表情を浮かべながら、エルンストは説明を続ける。


「捜索中、凶悪犯のものとして記録されている靴の足跡を発見したのだがな。

 しかし、それが馬車の停車跡で途切れていた。そして、奴が乗ったと思われる馬車の姿は、既に消えていた。

 その馬車のわだちを追い掛けると、トルカーナに辿り着いた――というわけだ」


 ゼノフォードは益々複雑な心情になって、目を閉じた。


(その凶悪犯、僕と同じ逃げ方してるな。

 ……もしかしてその馬車って、あの業者君の荷馬車なんじゃないかな)


 次にあの業者に会ったときには、『馬車のセキュリティ対策は万全にした方がいい』と忠告しておくべきかもしれない。


「もっとも」


 エルンストが口を開く。


「トルカーナに入ってすぐに、到着したばかりの馬車を見つけられたのは幸いだったな。おかげで奴を見失うことなく、発見することができた。だが――確保には失敗した」


 そう言いながら、ふと顔を上げる。

 その視線の先にあるのは――例の、廃墟も同然の寂れた時計塔だった。


「奴は今、人質を取って、この時計塔の中に立て籠っている。――奴は刃物を所持している」


「人質が心配っす!」


 アルノーが叫んだ。


「突入できないんすか!?」


「貴様は阿呆か。

 迂闊に突入すれば、奴が人質を殺しかねないだろう」


「そんなぁ……」


 アルノーは無気力に項垂れた。

 一方でゼノフォードは時計塔を凝視していた。崩れかかり苔むした古い時計塔は、今や凶悪犯にとっての要塞と化している。

 周囲には何人もの警官がいるにもかかわらず、人質の安全を案じて誰一人として突入できずにいた。

 ――と、ゼノフォードは塔の前に立つ黒髪黒目の大柄な中年男性に気が付いた。


「あれは……」


 ゼノフォードはその顔に見覚えがあった。

 トルカーナに流れ着いてすぐに出会った――。


「魚屋の主人じゃないか」


「人質の父親だ」


 エルンストは頷いて応じた。


「――娘が人質にされて、この場を離れられずにいる。哀れなものだ」


「ってことは……人質になっているのは、あの看板娘か」


 彼女にも会ったことがある。

 黒髪黒目の可憐な女性だった。


 アルノーが魚屋の主人を見ながら口を開いた。


「お、お父さん、可哀想……気が気じゃないっすよね……」


 エルンストは頷いて肯定しつつ、再び視線を荒れた時計塔へと戻した。


「――だからこそ我々警察は、人質に万一がないよう万全を期さなければならない。

 だが皮肉なことに、それが犯人の狙いなのだ」


 警察は、人質が殺害されることがないよう慎重に立ち回らなくてはならない。

 だが犯人はその警察の慎重さを逆手に取り、牽制の手段として人質を取っているのだ。


「『しち』とは、担保のことだ。

 その人間そのものに価値があるからこそ、『人質』なのだよ」


 人質が死せば、悲しむ人間がいる。

 それがストッパーとなり、警察は動けなくなる。


「逆に言えば――もし人質が、罪人のような『惜しまれない人間』ならば。……我々もある程度、強硬な手段に出られるのだがな」


「……」


 アルノーは押し黙った。

 エルンストの言い方には多少の反感がある。まるで「罪人には価値がない」と言われているようだった。

 だが言い方の問題こそあれど、エルンストの考えそのものは、悔しいが納得できる節もある。故に何も言えなかったのだ。


「……ところで」


 エルンストは横目でアルノーを見ながら口を開いた。


「先程までいたガキは何処だ?」


「え?」


 アルノーは驚いて周囲を見回した。

 ――ゼノフォードの姿が、なかった。


□□□

 ――時計塔、内部。


 崩れかけた天井、湿気とカビで茶色く変色した石造りの壁。その壁には、今や錆びつき動かすとことすらできなくなったであろう歯車が、時計の裏側として露出している。

 そして、シロアリにでも食われたのか、傷んでスカスカになり軋む床――。


「――やあ」


 そんな部屋の壁際にいる男に向かって、ゼノフォードは声を掛けた。


「君がライナー・ドレイガー君かい」

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