76話 転生者2
「あなた――日本人?
あなたも死んで、この世界に来たの?」
ボスが問いかける。
その声には、驚きと期待が入り混じっていた。
ゼノフォードは頷いて肯定した。
「死んだときのことは覚えていない。だけど、そういうことになるんじゃないかな。
もっとも僕は、数週間前にこの世界に来たばかりだけど」
「他の転生者に会ったのは初めてよ」
ボスは目を見開いたまま、言葉を続けた。
「どうして、あなたやアタシは転生したのか。どうして、この人たちの身体を乗っ取ってしまったのか――わかる?」
その問いは、長く抱えてきた疑問の吐露だったのだろう。だが、ゼノフォードは首を横に振るしかなかった。
「残念だけど、わからない」
ボスは少しだけ肩を落とす。
しかしすぐに、次の問いを投げかけた。
「この世界については?」
「それなら、少しだけわかる。
ここは、僕が開発していた『ライオライト帝国記』っていうゲームの世界だ」
「ゲームの中――ってこと?」
ボスの声がわずかに震える。
ゼノフォードは頷いた。
「そう。
暴君となった皇帝に、主人公たちが立ち向かう――っていう話なんだ。
もっとも、その話の流れは僕が変えてしまったから、この後の展開は未知数だけどね」
「あなたやアタシは、そのゲームの登場人物ってこと?」
「申し訳ないけど、『ドナテロ・ファルコーネ』って人物に関しては把握していない。僕はデザイナーだから、物語について詳しくはないんだ。
だけどあなたの娘――『カルメン』は、このゲームのメインヒロイン。間違いなく、登場人物の一人だ」
「!」
ボスの口元がわずかに開いた。
その瞳に、確信と混乱が同時に宿る。
「――本当にここは、物語の中なのね」
「そして僕――『ゼノフォード・フォン・ライオライト』は、悪者。
皇帝に即位したかと思ったら、暴政を敷いて暴れ回る、この作品の裏ボスだ。
まあ、その流れも変えたつもりだけどね」
「新聞を見る限り、『第二皇子ゼノフォード』は死んだことになっているものね」
「ああ。
ロレンツォさんに色々と手を回してもらって、物語の表舞台から身を引くことができたんだ」
短く答えたゼノフォードに、ボスは少し間を置いて言葉を継いだ。
「ここまではわかったわ。
もう一つ、訊きたいことがあるの。
――『利船霞』を、殺すことはできないかしら」
「というと――?」
ゼノフォードは眉を寄せる。
ボスは、ゆっくりと自分の胸元に手を当てた。
「この身体は、『利船霞』が乗っ取ってしまった。
アタシがこの身体にいる以上、本来の『ドナテロ・ファルコーネ』が戻ることはない。
それだとカルメンが悲しむし、他のピエトラのメンバーを困らせ続ける。
身体を、本来の持ち主に返したいのよ」
ゼノフォードは少しだけ目を伏せた。
「そうなれば、あなたは死ぬことになるんじゃないかい。
現実世界で『利船霞』さんが生き返る、なんてことは期待しないほうがいいだろう。それに他の世界で転生、なんてことだって、もう起きないかもしれない」
「一度は死んだ身。
生に執着しているわけじゃない」
ボスの声は静かだった。
その響きは、諦めではなく――覚悟だった。
「――そうか」
ゼノフォードは顔を上げた。
「ここまで聞いておいて悪いんだけど、あなたを殺す方法はわからない」
「――そう。
いいわ、予想していたから――」
そのとき、扉がドンドンと乱暴に叩かれた。
「ボス!
すいやせん、ゼノの奴が迷惑かけてるんじゃねェかって!」
扉の外から、ロレンツォの声が響く。
その調子は、いつも通りの豪快さだった。
「あらあら。強引な殿方ね。
――これ以上、密談はできなそうね」
ボスが扉の方へと歩み寄り、鍵を外す。
カチャリと音を立てて開かれた扉の向こうから、ロレンツォが勢いよく入ってきた。
「迷惑かけやした。
――おいゼノ、何やってんだ」
呆れたような口調で、ゼノフォードを半目で睨むロレンツォに、ボスが「怒らないで」と手を軽く振って制した。
「アタシがこのコを呼び止めちゃったのよ。
こんなに可愛いコ、初めて見たものだから」
ロレンツォは眉をひそめたまま、ゼノフォードとボスを交互に見た。
「……まあ、用が済んだんなら……帰るぞ、ゼノ」
ゼノフォードは無言で頷き、踵を返した。
そのとき。
「ああ、そうだ。待って」
ボスが声を上げて引き止めた。
「伝えておかないといけないことがあるんだったわ。
――第二皇子ゼノフォード」
硬い響きに、ゼノフォードは足を止め、眉を寄せた。
背後でロレンツォが「おいおい言ったのかよ、幹部にも話してないのに」と非難の声を上げている。
ボスはゼノフォードを見つめ、目を細めた。
「――あなたの死を、疑う声がある」
「!」
ゼノフォードの胸に、冷たいものが走った。
ボスは壁際の机へ向かい、引き出しから一通の書簡を取り出した。
「もう一週間以上前かしら。
こんなものが届いたのよ。――帝国城から」
封筒には、確かに帝国の紋章が刻まれたシーリング・スタンプが押されていた。
ボスは口を開く。
「『大罪人ゼノフォード』は、ピエトラのお膝元であるトルカーナで死去したことになっている。その死に、ピエトラは関与していないか。
遺体を用意したりしていないか。
ゼノフォードの死は偽装で、実際にはピエトラで匿っているのではないか――。
そういう疑念を確認する内容だったわ。
もし変な真似をすれば、ピエトラには厳罰が下る――っていう脅し文句付きでね」
「――どうして――」
ゼノフォードは思考を巡らせた。
何が疑念を生んだのか?
遺体が自分のものではないと気付かれたのか?
そもそも、ゼノフォードとピエトラの関係性を知る者など、帝国城関係者ではアルノーくらいしかいない。だが彼は完全にゼノフォードの味方側だ。関係ない。
そうなると――。
「一体、誰が?」
ゼノフォードの疑問に、ボスは書簡の差出人を示す箇所を指差した。
「差出人は、ゲオルグ・フォン・ライオライト――この帝国の皇帝よ」
その名を聞いた瞬間。
ゼノフォードの脳裏に、尋問の記憶が蘇った。
『先日の暗殺未遂事件。企てたのは――おまえだということだ』
『人助けか? 自分のことにしか興味のない、自己中心的なおまえが?』
『おまえが守ろうとしているその弟は、兄を殺そうとしたのだ』
『十歩譲って、おまえがあの暗殺未遂事件でマリウスを救った人物だとしよう。
だがそれは、おまえが暗殺を企てていないという根拠にはならない。
「暗殺を企てたのは、自分を英雄に仕立て上げるためだった」――という動機が明確になるだけだ』
――皇帝は。
息子であるはずのゼノフォードのことを、露ほども信じようとしなかった。
『皇室の汚点であるおまえを排除することで、優秀な第一皇子マリウスの身の安全が守られる可能性があるのならば――。
――私は喜んで、おまえを切り捨てる』
そう。皇帝は――。
(――敵だ)
彼が、なぜ自分の生存に勘付いたのかはわからない。
だが、なぜ自分を探しているのかくらいはわかる。
――帝国の光であり、大切な息子である第一皇子の暗殺を企てた首謀者に、処罰を与えるためだ。
「ちなみに」
ロレンツォが口を開き、ボスの方を見た。
「その書簡には返事したのか?」
「ええ。お偉いさんからの書簡を無視するわけにはいかないもの」
ボスは肩を竦めながら答えた。
「『そんなことあるわけないでしょ、なに馬鹿なこと言ってるのよ寝言は寝て言いなさいボケナス』って返したわ」
「……」
「だって、あなたがゼノフォードを匿ってるなんて、いま初めて知ったんだもの」
ボスはゼノフォードの方に向き直った。
――その瞳は、先ほどまでの軽さなど微塵もなく、真剣な光が宿っていた。
「用心しなさい。
――捕まりたくなければね」
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