71話 散る火花
「殿下!!」
アルノーは咄嗟に、肩を押さえるゼノフォードを庇うように両腕を広げて立ちはだかった。
同時に。
「やりやがったな!」
ダンテが吠えた。
腰のホルスターから銃を抜き、迷いなく引き金を引く。
パン!
鋭い音とともに、バルデーロの手から銃が弾き飛んだ。
だが。
「人様んちで銃抜くたァいい度胸だなァ!」
怒声とともに、構成員の拳がダンテの腹にめり込む。
「ぐうッ!」
ダンテが膝をついた瞬間、構成員が馬乗りになった。
構成員が倒れたダンテの手から銃を奪おうと、腕を掴む。
「何すんのよ!」
カルメンが叫び、馬乗りになった構成員に掴み掛かった。
小柄な体で必死に引き剥がそうとするが、相手は屈強な男だ。
「女に手は出したくなかったんだけどよォー!」
別の構成員が唸り、腰の刃を抜いた。
カルメンの上から、鋭い刃が振り下ろされる。
その刃が、カルメンに迫った――そのとき。
ゼノフォードの足が、空を裂いた。
構成員の顎に、正確に蹴りが入る。
鈍い音が響き、男の体がぐらりと揺れる。
刃が手から滑り落ち、カラ、と音を立てて床に転がった。
構成員は、目を見開いたまま、崩れ落ちた。
脳震盪を起こしたらしく、意識はなかった。
――静寂が訪れた。
「これでお仕舞いにしよう」
ゼノフォードは、地面に転がった構成員を見下ろしながら口を開いた。
「無駄な戦闘だ」
目線を上げ、バルデーロを一瞥した。
――彼は何も言わず、表情一つ変えていなかった。
ゼノフォードは目を細めた。
「君たちの意思は、よくわかった。
仮にも恩がある相手を、話半分で追い返そうとしたことには、目をつぶってあげよう。
――行こう」
ゼノフォードは踵を返した。
アルノーとダンテ、カルメンもそれに続く。
「私が、おまえに恩だと?」
背後からバルデーロの声が飛んだ。
ゼノフォードは足を止め、振り返らずに答えた。
「メタロにいた、今は亡きマッシモという笑気ガス使いの男」
「――」
バルデーロは沈黙した。その名に心当たりがあるのだろう。
その反応を確認してから、ゼノフォードは続ける。
「彼は生前、何を話していたと思う?」
ゼノフォードが、このメタロの事務所で死したバルデーロを目撃し、時間を巻き戻した後のことだ。
「当時、ダンテ君が記憶を喪失していてね。確認のために、顔見知りの君を訪ねようとしていたんだ。
だけど、それをよく思わない人たちがいたんだよ。マッシモもその一人だった」
メタロの事務所に向かう前の時点で、マッシモは手を組んでいた男――タツィオとこう話をしていた。
「マッシモはね。
確かに、こう言った。
『……口封じをします』
――って」
背後から、バルデーロが僅かに息を呑む音がした。
それを認識しつつ、ゼノフォードは続ける。
「マッシモの企みに気付いたのは、僕だ。
そして、彼を仕留めたのはダンテ君だ。
僕たちがいなければ間違いなく、君は笑気ガスを吸わされて、この部屋の中央に横たわることになっていた。――笑みを浮かべながらね」
「……!」
「それをネタに脅迫でもしようってわけじゃないし、恩着せがましいことを言うつもりもない。
ただ――悲しいってだけさ」
「――待て」
呼び止める声に、ゼノフォードは振り返った。
バルデーロの表情から、怒りの色は消えていた。
「話くらいは聞いてやろう。
ただし話し合いは、おまえと私、二人だけでだ」
□□□
個室に通されたゼノフォードは、対面するバルデーロに視線を移した。
他の構成員たちは扉の外に控え、室内には二人きりの静寂が広がっている。
(どうして、二人きりで話を――?)
ゼノフォードは椅子に腰を下ろしながら、バルデーロの意図を測りかねていた。
「マッシモはな。スラム街の生まれだ」
バルデーロは、窓の外に視線を向けたまま、ぽつりと口を開いた。
「だから人一倍、向上心が強かったのだ。
――大学まで行ったんだぞ? スラムの孤児が!」
語気に熱がこもる。
バルデーロは、過去を語るというより、誇りを吐き出すように言葉を続けた。
「奴はな、化学に精通して、我々組織にも貢献してきた。
――奴を子供の頃から見てきた身としては、誇らしかったよ」
「――可愛がっていたんだね」
ゼノフォードの言葉に、バルデーロは小さく頷いた。
だが、次の言葉は重かった。
「だけどな。
――奴に殺される夢を見た。
ガスを吸わされて、笑みを浮かべながら。
――横たわる自分の姿を、夢に見たのだ」
「……」
ゼノフォードは眉を寄せた。
その夢は、かつてゼノフォードが目にした『現実』そのものだった。
(僕だけを呼び出したのは、この話をしたかったからなのか)
バルデーロは脚を組み、ソファの背もたれに体重を預けた。
「先ほどのおまえの話を聞いて、それは間違いではなかったのだと知った。デジャヴのような感覚さえ覚えた」
――デジャヴ。
初めて体験することなのに、過去に同様の経験したことがあるように感じる『既視感』のことだ。
バルデーロが感じたそれは、本当にデジャヴなのだろうか。
(一度は、現実に起きたことだ。
時間を巻き戻して、なかったことになっただけで。
もしかしたら――時間を巻き戻したことの弊害なのか?
それとも単に、このバルデーロという男が、彼の加害性を察知しただけなのか?
まあ――どっちでもいいか)
ゼノフォードは思考を切り上げ、静かに問いかけた。
「――今でも、彼のことを可愛く思っているか?」
「そうだな。
否と言えば、嘘になる」
バルデーロは少しだけ目を伏せた。
その声には、過去を手放しきれない男の苦味が滲んでいた。
ゼノフォードはさらに問うた。
「マッシモの死の原因をつくった僕やダンテ君を、憎く思うかい?」
バルデーロは首を横に振った。
「それはない。
むしろ、感謝している」
「君が死なずに済んだから?」
「いや」
バルデーロは、ゆっくりと言葉を継いだ。
「――奴がこれ以上、せっかく得た知識を、悪い方向に使うことがないからだ」
その言葉は、静かで、重かった。
育てた者だからこそ、知っていたのだ。
マッシモが、どこまで堕ちる可能性を持っていたかを。
沈黙が流れたあと、バルデーロが口を開いた。
「――100万だったか?」
「!」
ゼノフォードは瞠目した。
「――貸してくれるのか?」
バルデーロは椅子に深く腰を下ろし、腕を組んだ。
「額が額だ。なんの担保もなしにというのは、私としても許容できない」
ゼノフォードは視線を落とした。目立たないように素早くインターフェースを開いて、セーブ画面まで遷移する。
スロットを押下すると、『上書きしますか?』とダイアログが表示された。
ゼノフォードは『はい』に指を伸ばし――そこで、手を止めた。
(――野暮だな)
『いいえ』を押下して、インターフェースを閉じた。
そして、バルデーロの方を見据えた。
「――僕の身分を担保にする」
「身分?」
バルデーロの怪訝そうな表情を一瞥し、ゼノフォードは――顔に大きく影を落としていた帽子を外した。
「自己紹介がまだだったね。
僕は――ゼノフォード・フォン・ライオライト。
この帝国の、第二皇子だ」
「――!」
バルデーロの目が見開かれた。
その様子を見つつ、ゼノフォードは静かに言葉を紡いだ。
「もしお金が返ってこなかったら、城にこの情報を渡すといい。
第一皇子の暗殺計画を立てた首謀者、死んだはずの第二皇子が、まだ生きていると」
バルデーロは、言い切ったゼノフォードの顔をじっと見つめた。
(――なんという度胸だ)
目の前にいるこの少年は、少し前に第一皇子を暗殺を企てたとして帝国を騒がせた、反逆者の第二皇子――死んだはずの、逃亡犯。
この様子を見るに、ピエトラに匿われているのだろう。
この少年が、自分の立場を理解していない筈がない。大罪人として追われ、死んだことにしてもらってなんとか身を隠せているにすぎない、累卵の危うきという立場であるということを。
にもかかわらず、彼は自ら身分を暴露し、その情報を握らせてきた。
担保としては、充分だった。
(大胆なのか、世紀の馬鹿なのか。二つに一つだな。
いや――マッシモの件をみるに、前者なのか)
バルデーロは、以前耳にしたことがあるこの帝国の第二皇子のことを思い起こした。
(――第二皇子ゼノフォード。
優秀な第一皇子とは異なり、愚かで自分本位な自惚れ屋だと聞いていたが)
いま目の前にいるこの少年の、澄んだ夕焼け空のような紫の瞳には、知性の光が爛々と灯っていた。
(――噂とは、当てにならんものだな)
バルデーロは、ふっと息を吐いた。
「――おまえの度胸に免じて、無利子で貸してやる」
「!」
その空のような瞳が、僅かに揺れた。
「――ありがとう」
□□□
「ダンテ君、アルノー君! 手伝ってくれるかい」
ゼノフォードの声に、一行が振り返った。
「華奢で美しいこの僕に、あまりハードな肉体労働はさせないでくれたまえよ」
その手には、重そうな現金輸送ケースがいくつも抱えられていた。
「は!?」
予想外の光景に、ダンテは驚きの声を上げて駆け寄った。
「借りられた……のか!?」
「まあね。――うまくいって良かった」
ゼノフォードは肩の傷を気遣いながらも、唇の端をにっ、と上げた。
「あとは、これを裁判所に届けよう」
アルノーが慌てて駆け寄り、ケースの一つを受け取る。
ダンテも呆れたように笑いながら、残りのケースに手を伸ばした。
「まったく。――オメェさんって人はよォ」
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