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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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69話 証言拒絶

 翌日。

 警察局の応接室には、張り詰めた空気が漂っていた。

 ゼノフォード、アルノー、カルメンの三人は、エルンストと対峙していた。


「間違いないわ」


 カルメンは真っ直ぐにエルンストを見据え、言葉を放った。


「あの人は――クラウゼ所長は、悪いことをしていたし、その自覚だってあった」


 エルンストは眉を動かすことなく、カルメンの証言に静かに耳を傾けていた。


 カルメンはゼノフォードの提案で、例の児童養護施設の元収容者として、『オットー・クラウゼの逮捕は妥当だった』ということを証言しているのだ。

 その発言を聞きながら、ゼノフォードは長い睫毛に縁取られた目をすっと細めた。


(エルンストをオットー・クラウゼに引き合わせることには失敗した。

 だけど目的は、『オットー・クラウゼは無実だ』と思い込む、この男の認識を覆すこと。

 『被害者』っていう有力な証人の発言があれば、クラウゼに罪があったことも、彼が罪を自覚していたことも、立証できる)


 カルメンはさらに説明を続ける。


「だいたいあの人、中庭に子供の遺体を埋めてたのよ? これって、『死体遺棄』っていう、立派な犯罪でしょ。普通、何の背徳感も罪悪感もなしに、そんなことできると思う?」


「あり得ない」


「でしょ?」


「違う」


 エルンストは一蹴した。


「父がそのようなことをするのがあり得ない、と言っているのだ。

 父は養護施設を作って子供を保護するような人間だ」


「アタシが嘘を吐いてるって言うつもり!?」


「仮に貴様の言うように、父が子供の遺体を埋めていたとしよう。

 だとすれば――その対象が『遺体だ』と知らされておらず、残飯か何かだと信じて、何も気付かずにやっていただけだ。

 父は、利用されていたのだ」


「側から見ただけのアタシたちが『遺体だ』って気付いたのに、埋めてる当人が気付かないわけないでしょ!?」


 ゼノフォードは頭を抱えた。


(駄目だ。やっぱり、聞く耳を持ってもらえない)


 何がこんなにもエルンストの考えを固定させているのかは知らないが、とにかく彼はオットー・クラウゼが無実であると頑なに信じている。

 この固執した思考を覆すことができるのは――やはりオットー・クラウゼ当人のみで、第三者では難しいのか。


 と、アルノーが身を乗り出した。


「エルンストさんのお父さん、取り調べ、受けてるんすよね?

 お父さんの供述内容、聞いたりしてないんすか?」


「もしそのようなことを耳にしていたとしたら、警察局のガバナンスは終わっていると言えるだろうな。

 取り調べが終わるまで、身内にそのような話はされない」


「……」


 呆れたように突き放された言葉に、アルノーは黙りこくった。

 エルンストは、そんなアルノーからふと視線を逸らした。


「だいたい貴様――」


 と、カルメンに冷ややかな視線を向ける。


「ピエトラと無関係ではないだろう」


「!」


 カルメンは固まった。

 カルメンは、よりにもよって『ピエトラのボスの娘』である。

 『ピエトラ幹部の釈放』という下心があると思われれば、たとえ事実の証言だとしても、その信用が揺らぐことになりかねない。知られても、良いことはないのだ。


 黙ったカルメンに、エルンストは冷ややかな目をさらに細めた。


「やはりな。

 鎌をかけてみただけだが、図星だったようだ」


「そ、そうよ、無関係じゃないわ!

 だけどアタシが養護施設に収容されてたのは事実だし、所長のことも事実よ!」


「どうだかな。ピエトラに有利な証言をしているだけ――という可能性も否定できない。

 貴様の証言を鵜呑みにすることはできない。帰れ」


 『信憑性なし』と判断されて追い返されたカルメンは、がばりと立ち上がって机を叩いた。


「な……なによ!

 せっかく本当のことを教えてあげたのに!」


「帰れ」


「……このバカ! クソッタレ!

 あとで本当のことがわかって後悔しても、知らないんだから!」


 カルメンは踵を返して戸口に向かった。

 ゼノフォードとアルノーは顔を見合わせ、立ち上がって、カルメンの後を追った。


「……貴様」


 不意にエルンストが口を開いた。

 戸口のドアノブに手を掛けて出て行きかけていたカルメンは、勢いよく振り返った。


「なによ!

 帰れって言ったくせに呼び止めて!」


「――どこかで会ったことはあるか?」


 エルンストの真意がわからない質問に、カルメンは声音に怒りを滲ませた。


「あるわけないでしょ!

 アンタ、たったの一度だって養護施設に来なかったじゃない!

 来ていれば……もっと早く、あの地獄から抜け出せていたかもしれないのに!!」


 ――そう。

 誰か外部の人間が、あの養護施設の異様さに気付いていれば。


 あの、過酷な労働から。

 あの、酷い衛生環境から。

 あの、家族が次々と死ぬという恐怖から。


 もっと早く、救われたかもしれないのに。


 カルメンはそれ以上、何も言わなかった。

 やがてカルメンは「ふん」と鼻を鳴らして、部屋を後にした。

 ゼノフォードとアルノーも続く。


「……」


 後には、虚無のような静けさだけが残った。


□□□

 警察局の重い扉をくぐり、石畳の通りへと出た一行。

 外で待っていたダンテが木陰から顔を出すと、カルメンが真っ先に声を上げた。


「ホントムカつく! あのスカしたヤツ!!」


 怒りの矛先は言うまでもなく、騎士警察の青年――エルンストに向けられていた。

 その心情を察してゼノフォードは首を振った。


「悲しいね。信じてもらえないっていうのはさ」


 視線がゼノフォードに集まった。

 ――なんというか、痛々しさが混ざっていて居た堪れない。アルノーなんて、今にも泣き出しそうなくらいに顔をくしゃくしゃにしている。


「……なんだい」


「アンタも辛かったんだなって思って」


 カルメンの同情の音色を含んだ声になんとなく気まずくなって、ゼノフォードは肩を竦めて話題を変えた。


「それにしても、万策尽きたか――」


 エルンストは、頑なに『オットー・クラウゼは無実だ』という主張を曲げない。

 このままでは、エルンストの認識を『オットー・クラウゼの逮捕は妥当だった』というものにすること、ひいては『その起因となったピエトラに落ち度はなく、幹部らの逮捕は不当である』と納得させることが難しい。


「――いや。まだ策はある」


 ゼノフォードは、あることを思い付いて口を開いた。


「保釈金を支払って、オットー・クラウゼを保釈させる」


「殿下……覚えてるっすか……?」


 アルノーが恐る恐る口を挟む。


「保釈金、100万リテンっすよ?」


「覚えているよ、勿論。

 ――ダンテ君」


 ゼノフォードはダンテに向き直った。


「今のピエトラで動かせそうなお金は、どれくらいある?」


 ダンテは首を横に振った。


「悪ィけどよォ。100万はどう捻り出したって無理だぜェ。よくて数万ってとこだ。

 でけェ金は動かせねェ、なんせ上層部全員、捕まっちまってるんだからよォ」


 ゼノフォードは落胆して溜息を吐いた。


「仕方ない。……借りるか」


 巨額の借金をする、と発言をしたゼノフォードに、カルメンは怪訝そうな目を向けた。


「借りたとして、そんなお金、返せるの?」


「保釈金っていうのは、あとでちゃんと返ってくるものさ。要は、容疑者が逃亡したりしないようにするための『担保』なんだ」


 この世界のことをゼノフォードはよく知らないので、少なくとも日本における制度が基準にはなるが、保釈金は、被告人が裁判の出頭義務を守ることを担保するためのもの。要は『人質』ならぬ『金質』なのだ。


 その目的は、『逃亡や証拠隠滅の防止』。

 保釈が認められると、勾留中の被告人は釈放され、裁判を外で待つことができる。


 そして『金質』である以上、保釈金は、被告人が逃亡したりしない限り、裁判が終了すれば全額返還されるのだ。


「だから負担は、借金の利子分だけになる。

 ……まあ、それくらいならなんとかなるんじゃないかい」


「返せることはわかったわ。

 でも借りるっていっても、誰から? 銀行からは借りられないでしょ」


 ゼノフォードは目を伏せた。


「そうだね」


 日本でも、保釈金のための融資は極めて困難だった。『信用リスクが高い』と判断されれば、融資対象になりにくいのだ。


「消費者金融もそうだ」


 消費者金融においては『生活費・医療費・冠婚葬祭・教育費』などが融資の用途の対象であり、保釈金目的の融資は対象外だ。

  仮に申告せずに借りたとしても、資金の流れが発覚すれば契約違反とされかねない。


「保釈保証業者は――」


 保釈保証業者――保釈金を自分で用意できない被告人のために、保釈金を立て替えるサービスのことだ。

 だが、そもそもこの世界にあるのか?


「――なさそうだ」


 オットー・クラウゼの保釈を求めて裁判所に行ったときに案内されなかった以上、ないと考える方が自然だ。


「だから、こうする」


 ゼノフォードは、口を開いた。


「トルカーナに、マフィア組織――『メタロ』の事務所があるだろう――?」

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