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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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68話 面会不能

「オットー・クラウゼに面会しろ?」


 廊下に響いた声は、冷たく張り詰めていた。警察局の石造りの壁が、その硬質な響きを反射する。

 ゼノフォードとアルノーは、再び局内に足を踏み入れ、呼び出したエルンストと対峙していた。


「そんなことを勧めるために、この私を呼び出したというのか」


 しかし、ゼノフォードとアルノーの思惑通りには行かなかった。提案後、即答とも言えるほどに、すぐ拒否されたからだ。


 アルノーはなおも食い下がった。


「オットーさんのことが気になってるんすよね!?

 一度お話をして、オットーさんの考えを聞くべきっす! オットーさんは、罪を認めるはずっす――」


「黙れ!」


 空気が一瞬で凍りついた。

 今まで静かに語るのみだったエルンストが、初めて声を荒げたのだ。


「父は無実だ。罪などあるはずがない」


 ゼノフォードは眉をぴくりと動かした。

 エルンストのその反応で、ひとつの仮説が確信へと変わった。


(やっぱり、オットー・クラウゼは彼の父か。

 そして彼は――オットー・クラウゼが無実だと思っている)


 エルンストは氷のように凍てつく目を、さらに険しく細めた。


「ピエトラの件について話をしていた貴様らが、父の話を持ち出してきたということは――貴様らはこう考えたのだな。

 『警察がピエトラの幹部の逮捕に踏み切ったのは、私の父の逮捕が起因だ』と」


 事実だ。ゼノフォードとアルノーは何も言わず、ただエルンストを凝視した。

 それを是と捉え、エルンストは頷いた。


「――いいだろう、認めよう。そのとおりだ。父は、ピエトラの連中のせいで破滅に追い込まれたのだからな。

 だから私は、無実の人間を罪人に仕立て上げるような危険組織であるピエトラを排除したのだ」


「君の父が無実――って言ったかい?

 だけどそれは間違いだ」


 ゼノフォードは指摘した。


「君のパパは、少なくとも子供たちが良からぬことに巻き込まれている事実は知っていたし、臓器売買のことも把握していた。その上で、子供を集めていたんだ。無実なんかじゃない」


「黙れと言っているのがわからんか!」


 エルンストの眉が跳ね上がった。

 だがゼノフォードは、廊下に響いた怒声に怯むことなく言葉を重ねる。


「身内が逮捕されて、現実を受け入れられないでいるのかい? 可哀想に。

 彼は臓器売買の報告書に、サインまでしているんだ。筆跡鑑定でもしてもらうといい」


「父は利用されていたのだ!

 父は私財を投げ打って、哀れな子供を助けるために、孤児院や養護施設を開くような人徳者なのだ!」


 ゼノフォードは帽子の影で目を伏せた。


(――駄目だ。聞く耳を持たない)


 エルンストの主張の根幹は、『父は罪を犯していない』という強い信念にある。

 この確信は、証拠や客観的な事実に基づくものではなく、父への信頼から生まれているものなのだろう。

 彼にとって『父が悪人である』という認識は、自己の根幹を揺るがすものであり、受け入れがたいことなのだ。


 故に、『そんな父を罪人にしたピエトラは社会悪だ』という考えが先走ってしまったのだ。


「もっとも私だって、真相を知りたかった」


 エルンストは口を開く。


「父の口から直接『無実だ』と、そう聞きたかった。

 当然、父への面会を希望した。

 だが叶わなかった。却下されたのだ。

 制度上、私のような関係者――親族であり、かつ警察官でもある者は面会できないのだ。

 利害関係がある者の接触は、捜査の公平性を損なうと判断されるからな」


 エルンストの言葉に、ゼノフォードは前髪を弄りながら逡巡した。

 現代日本においては、『警官だから』というような社会的な身分による一律の接見禁止というものはなかった。

 とはいえ様々な理由で――たとえば証拠を隠滅される可能性がありそうだとか、口裏を合わせそうだとかで捜査に悪影響を及ぼしそうなときは、接見禁止が出されることがある。

 『利害関係がある者は面会できない』というエルンストの説明にも納得ができた。


 エルンストは無言のゼノフォードとアルノーを一瞥し、また口を開いた。


「父の逮捕の妥当性を訴えて、ピエトラ連中の逮捕が不適切だったと認めさせるつもりのようだが、無駄なことだ。

 そのような社会の害にしかならんようなことなど考えず、もう帰れ。


 それから――アルノー・リーベンタール」


「……?」


 いきなり名指しされたアルノーは、目を見開いてエルンストの次の言葉を待った。


「もしや、例の施設の事件を報じる新聞記事に書かれていた『不正を暴いた騎士』とやらは――貴様か」


「そ、そうだったとしたらなんだっていうんすか!」


「余計なことをしてくれる。

 言ってしまえば、貴様も同罪なのだ。無実の父を陥れたマフィアとな」


 エルンストはアルノーを、その氷のように冷ややかな目で睨みつけた。


「だが、貴様についてはこれといって良い理由がない。ゆえに逮捕できない。

 しかし、もし貴様が変な真似をすれば、執行妨害でしょっ引くことができる」


「ひっ……!」


「それが嫌ならば、無駄な足掻きなどやめて、大人しくしていることだな」


 そう言い残してエルンストは背を向け、廊下の奥へと歩み去っていった。

 その背中を見送ると、廊下はしん、と静かになった。

 アルノーは沈黙を破った。


「ど……どうするっすか?」


「面会ができないのなら、面会以外の方法で二人を引き合わせればいい」


 ゼノフォードは帽子を被り直した。


「別の制度を利用する。

 保釈させよう。……保釈金を払って」


□□□

 陽光を受けて金色に輝く、濃厚なベージュ色の砂岩で構成された外壁。

 正面玄関は荘厳な三段アーチ構造になっており、最上部には女性像――ゼノフォードはこの世界の神の概念を把握していないが、恐らく正義の女神テーミスに準じる神だろう、と思った――が悠然と佇んでいる。


 ここは、裁判所だ。


 枝状のキャンドルシャンデリアが垂れ下がる荘厳なエントランスルームを抜け、細い廊下を進むと、装飾がやや控えめになってくる。事務スペースだった。


 ゼノフォードは受付の席に腰を下ろすと、そこにいた職員に声を掛けた。


「保釈して貰いたい人物がいるんだ。

 名前はオットー・クラウゼという」


 職員は「なに?」と眉を寄せた。


「オットー・クラウゼの保釈だと?

 保釈金がいくらか、知ってるのか?」


 唐突な問いに、ゼノフォードしばし思考を巡らせた。


(罪の度合いにもよるけど、日本での相場が200万前後だから……換算して……)


「2万リテンくらい?」


「100万リテンだ」


 ゼノフォードの脳内が一瞬フリーズした。


(日本円換算にすると……1億円!?)


「うわ」


 思わず声を上げた。


「保釈金って、容疑者が逃げないようにするための『担保』であるべきはずなのに、何も考えてないんだな、この国は」


 ゼノフォードは受付の席から立ち上がった。そんな金銭は、少なくとも今すぐに用意できるものではない。今はひとまず引き返すしかあるまい。


 足取り重く裁判所の外に出たゼノフォードとアルノーは、頭を抱えることになった。


「……ど、どうするっすか」


 アルノーの不安げな問い掛けに、ゼノフォードは答えを持ち合わせてはいなかった。

 夕暮れの光が、石畳の上に長い影を落としている。


「――もうすぐ日が暮れる。いったんトルカーナに帰ろう」


□□□

 夕暮れのトルカーナに、馬車の車輪が石畳を軋ませながら止まった。

 ゼノフォードとアルノーは、ゆっくりと馬車から降りる。

 街の空気は、昼間の喧騒を終えて、どこか落ち着いた静けさを帯びていた。


「……そういえば、どこに帰ればいいんだろうね」


 独り言のような声量で呟かれたゼノフォードの言葉に、アルノーは困ったように振り返った。


「ええ……?

 普通にロレンツォさんの家に帰りましょうよ」


「……ダンテ君と顔を合わせたくないな」


「……」


 アルノーはなんとも居た堪れない表情でゼノフォードを見た。

 そういえばすっかり忘れていたが、今朝ゼノフォードとダンテは言い合い――と、あれを呼べるのかはわからないが、とにかく気まずくなっていたのだ。

 と、そのとき。


「だァれと顔を合わせたくねェって?」


 軽快な声がした。


「!」


 ゼノフォードは、聞き覚えのあるその声に瞠目し、振り返った。


「ダンテ君。カルメンも」


 そこにはダンテとカルメンが立っていた。


 ゼノフォードが声を掛けると、ダンテは近付いた。目線を合わせるように少し屈んで、帽子の下にある目を覗き込んだ。


「悪かった。オメェさんのこと、ボロクソ言ってよォ」


 その言葉に、ゼノフォードは静かに首を振った。


「知らなかったんだ。無理もない。

 ――僕こそ説明責任を果たすべきだった、非があるとすれば僕だ」


「――言えねェよなァ。

 俺がオメェさんの立場だったら、まァ言えねェよ」


 ダンテは肩を竦めた。


「とにかく。オメェさんのことを気に食わねェ奴だと思ったこはあるが、クソ野郎だと思ったことは、ただの一度だってねェ。今も、これからもな」


「……気に食わない奴だと思われたことはあるんだ……?」


 小声で呆然と呟くゼノフォードをよそに、すかさずカルメンが口を挟んだ。


「死ぬなら一人で勝手に死ねとか、言ってたわよね?」


 ダンテは顔を隠したい、とでも言うように、自分の頭に乗っているテンガロンハットを手で押して深くした。


「悪かったよ。言葉が過ぎた」


「このアルノーって人にも突っかかってたわ」


「悪かったって」


 非があるのは事実なので大人しく謝りつつも、自分の言動を棚に上げてダンテをつついてくるカルメンにむしゃくしゃしたらしく、ダンテはカルメンの方を向いた。


「……おい嬢ちゃん、オメェさんもゼノのこと、ロクデナシとかなんとか言ってただろうが」


 カルメンは痛い所を突かれて縮こまった。


「わ……悪かったわよ。

 でもゼノがロクデナシなのは事実よ!」


「な」


 唐突に批判され、驚いて目線を向けてきたゼノフォードに、カルメンは手を腰に当てて噛みついた。


「だってそうじゃない!

 意地張って、出て行くって言ってさ!」


 そういえば『きっちり片を付けてから出ていく』とかなんとか、そんなことを言ったな、とゼノフォードは独りごちた。

 なんとも言い難い表情をするゼノフォードを一瞥し、カルメンは続ける。


「――アタシたちだって、無関係じゃないのよ?

 協力だってする。

 アンタが、人付き合いが苦手だっていうのはわかったけど……コミュニケーションくらい取りなさいよ」


「……」


 ゼノフォードはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げてカルメンをまっすぐと見た。


「……カルメン。

 ひとつ、頼まれてくれるかい?」

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