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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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64話 これからどうするんすか?

 ――今にも滴り落ちそうに、灰色の雲が垂れこめている。運河の水面は鈍い鉛色に光り、波紋ひとつなく凪いでいた。


「……」


 ゼノフォードは柵にもたれかかり、運河に映る自分の顔を見下ろした。

 今ではすっかり自分のものとして受け入れた美しい容姿が、なぜか恨めしく思えた。


(『ゼノフォード』が、もう少しまともな人物だったら良かったのに)


 もう少し、信用に足る人物であれば。

 せめて、もうほんの僅かでも思慮深い人物であれば。

 ――暗殺を企てた首謀者だ、などと疑われることはなかっただろうに。


(だけど本来の『ゼノフォード』は、暗殺の首謀者だなんて疑われはしなかった。

 だからこれは、全部自分のせいなんだ。

 『ゼノフォード』を恨むのは、筋違いだ)


 ――何より、自分のせいで恩人であるロレンツォを巻き込んだことが悔しかった。

 誰にも迷惑をかけまいと、そう決めていたはずなのに。


 雨の予感を帯びた湿った風が、頬を撫でる。

 その湿気が、ゼノフォードを現実へと引き戻した。


「――こんなことをしている場合じゃない」


 自分が持ち込んだ問題だ。

 自分自身で、けじめをつけるしかない。


「――殿下」


 水面に映る自身の隣に、もう一つ――茶髪で背の高い青年の影が映り込んだ。


「……アルノー君」


 ゼノフォードは顔を上げ、横に立つアルノーの横顔を見上げた。

 アルノーはじっと、運河の水面を眺めている。


「自分が、余計なこと言っちゃったっすね」


 先程、ダンテたちの前でゼノフォードに『何も話していないのか』と確認を取ってしまったことを指しているのだろう。

 ゼノフォードは首を振った。


「――そんな風には思ってない。謝らないでくれ」


 事実、やろうと思えばセーブデータを読み込んで、時間を巻き戻すことだってできる。

 だが、そうしなかったのは。


「これはいつかは迎えないといけない、避けては通れぬ局面だったんだ」


 ――ということを、理解していたためだ。


「だったら先送りにするよりも、早い方がいい。

 君だって、夏休みの宿題は早めにやっておきたいって思うだろう? それとも、そうでもないタイプかな」


「――これから、どうするんすか?」


 アルノーが顔を上げ、ゼノフォードに向き直った。

 ゼノフォードは頷く。


「暗殺計画に『マフィアが絡んでいる』って話が最初に出たのは、オスヴァルトの『捜査の撹乱を狙った出鱈目話』だ。実際、報道を見る限りでは、その話は重要視されていない。だから、それは除外して考えるべきだ。

 そうすると残るのは――『通報』だ」


 あの尋問で皇帝が言っていた言葉は、こうだ。


『先日、おまえが城を抜け出し、貧民街でマフィアの者どもと接触していたと証言があった。

 通報によれば――おまえは『次の暗殺』の計画を立てていたらしいな』


 そう、城に寄せられたこの通報において、確かに『マフィア』という単語が出ているのだ。


「だけど君も知ってのとおり、あの通報はこじつけ同様の虚偽だ。

 なら、『誰が』『なんのために』あの虚偽の通報をしたのか、君は知っているかい?」


「え? い、いや……

 殿下は知ってるんすか?」


 ゼノフォードは眉を寄せた。

 ゼノフォードがこのこと――通報者があの汚職警官であると知っているのは、消し飛ばされた過去において、皇帝がこう言っていたからだ。


『これを通報したのが、社会的に信用のおける者――たとえば「警察官」だったとしても、同じことが言えるか?』


 この言葉で、あの汚職警官が保身のために、自身の悪事を知るゼノフォードを潰しにかかったのだと理解した。

 だがこの世界線でそんな出来事はない。そのため、『予想』という形で口にする。


「あくまでも予想だけど――あの汚職警官君を覚えているかい」


「……!」


 アルノーは瞠目した。


「が……合点がいったっす。

 あの警官さんが、殿下に悪行を暴かれる前に、殿下を陥れたんすね! 殿下の口を塞ぐために!!」


「そう。

 だから――その警官を叩く」


 権威バイアス、というものがある。

 人は医者や弁護士、そして――警察官など、地位や肩書がある者の発言を信用してしまいがちである、という傾向のことだ。

 あの消し飛ばされた過去において、人々が信用のないゼノフォードよりも、警官の通報を信じたのは、そういう理由も一因としてあるだろう。


 だが、件の警官は真っ当な人間ではない。

 貧民街トルカーナで、店々に『治安維持費』と称して金を脅し取り、支払わなかった者には『自称マフィア』をけしかける――そんな汚職警官だ。


「通報者が信用できない人物で、虚偽の通報をする可能性が充分にあることを表面化できれば、『僕とマフィアが結託して暗殺を企てていた』って通報内容も疑われるだろう」


「ってことは……殿下の濡れ衣も晴れるってことっすね!」


 アルノーが顔を輝かせたが、対しゼノフォードはなんとも言い難い微妙な表情を浮かべた。


「まあ……ね。

 ――本当はこんなこと、やりたくなかったんだけどさ。僕が無実だと知れば、優しい姉上はきっと蟠りを覚える」


 『ゼノフォードは、本当は無実だった。だというのに、追い詰められて死んだ』――と。ヒルデガルトに、そんなことを考えさせてしまうだろうことが想像できた。


「だけど、背に腹はかえられない。

 ――君から姉上に言っておいてくれ。いくら無実だったとはいえ、僕は最低な奴で、死んで当然の下郎だったって」


「そんな……!」


「ま、そういうわけだから。

 心配いらないよ、アルノー君」


 ゼノフォードは運河の際の柵にもたれるのをやめ、立ち上がって伸びをした。


「君は、トルカーナの飲食店にでも行って、残りの休暇をゆっくり過ごすといい。あの店、営業再開したらしいからさ」


「え!?」


 ゼノフォードがいきなり突き放すようなことを言ったため、アルノーは驚いてこの少年を見下ろした。


「この流れは、どう考えても『それじゃあ一緒になんとかしよう』って感じだったじゃないっすか!

 追い返すんすか!? ここまで話しておいて!?」


「いや……無計画だと思われたくなかったからさ……」


 珍しくはにかみ、目線を逸らしながら髪を弄るゼノフォードを見て、アルノーは「もう!」と憤慨した。

 前――ゼノフォードの後をつけて初めてトルカーナに来たときに、ゼノフォードの為人ひととなりを知ったあと。あのときも、同じことを思ったが。

 ――どうも彼は誰かに頼ろうとせず、全てを一人で対処しようとしてしまう性分らしかった。


「じれったいっすね! 行くっすよ!!」


 アルノーはゼノフォードの腕を掴み、そのまま歩き出した。

 今は一般市民に紛れて生きているとはいえ、仮にも第二皇子という肩書を持つ人間に対して、こうも遠慮なく振る舞えるのは、アルノーくらいしかいないかもしれない。

 ゼノフォードは苦笑した。


(こんなふうにやかましくて強引な奴は、今までお目にかかったことがないな)


 ――いや。


(一度だけあるか。

 前世――“龍門輝石”のときに)


 無遠慮で不躾だというのに、不思議と、悪い気はしなかった。


(もし――)


 ――顔色を窺っている、城の使用人。

 尋問のときに敵意を剥き出しにする周囲。

 そして、自身を糾弾する皇帝と、静かに罪を迫る第一皇子。

 そんな面々を思い出したあと、ゼノフォードはふとアルノーの後頭部に視線を移した。


(もし、本物の『ゼノフォード』に、こういう奴がいたら。

 彼は――暴君に成り果てることもなかったのかな)


 不意に、アルノーが立ち止まった。


「……で、どこに行くんすか?」


 しばしの沈黙の後、ゼノフォードは小さく溜息を吐いて歩き出した。

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