63話 疑念と告白
「一体、何があったんだ」
ゼノフォードは震える手を握り締めた。
『第一皇子の暗殺未遂』。それは、自分――第二皇子ゼノフォードに掛けられた容疑である。
そして今のこの状況は、その容疑の発端となった『第二皇子ゼノフォードが貧民街でマフィアと接触していた』という通報において、その『マフィア』がピエトラだと判断されたということ。そうとしか思えなかった。
ダンテは、ちらりとカルメンの方に視線をやってから返答する。
「本部でよォ。会合が開かれてたんだ。
嬢ちゃんのことについて、話し合うためにな」
長らく行方不明になっていた、ピエトラのボスの娘――カルメンが発見されたのが、つい昨日のこと。
『情報の共有と、今後の方針の決定の為、本日ピエトラの本部で会合が開かれる』という話は、ゼノフォード自身ロレンツォから聞いていた。
ゼノフォードが頷いたのを見て、ダンテは続ける。
「そしたらよォ……本部に警察が来たんだ。
『第一皇子暗殺未遂の疑いで、ここにいる幹部を全員逮捕する』ってよォ」
「暗殺未遂?」
口を挟んだのは、ただならぬ様子を察してキッチンから戻ってきたカルメンだった。
「第一皇子、暗殺されかけたの?」
「そっか」
それに反応を示したのは、皇室関係者であるアルノーだった。
「カルメンさんは、ずっと養護施設にいたから知らないんすね。
少し前お城で午餐会が開かれてたときに、暗殺者たちが乗り込んできて、マリウス第一皇子殿下が襲われたんす」
帝国城の大広間で行われていた午餐会。そこに暗殺者たちが乱入し、第一皇子を殺害しようと凶刃を向けたのだ。
「そのとき、誰かが第一皇子殿下への攻撃を防いでくれたおかげで、無事だったんすけど……」
「『誰か』?」
「その人の身元が不明なんすよ。
話を戻すと、その暗殺未遂の件は、実行犯がまだ特定されてないんす。
そのあとすぐに『第二皇子ゼノフォード殿下が、マフィアに暗殺を持ち掛けていた』なんて通報がお城に寄せられたんすけど――」
ゼノフォードは僅かに眉をぴくりと動かした。それを尻目に、アルノーは続ける。
「――ダンテさんの話から察するに、その『マフィア』っていうのがピエトラさんだ、って疑われたってことになるのかなと……」
「ピエトラがやるわけねェだろがよォ!」
ダンテが声を荒げた。
「第一皇子を殺す理由なんてねェからな!」
ゼノフォードは形の整った眉を寄せた。
(――元侍従オスヴァルトが、捜査の撹乱のために『ピエトラ』の名前を出したときから、彼らが暗殺には関わっていないだろうとは思っていたけど。
――これで裏付けられたな)
やはり、ピエトラは第一皇子暗殺計画の実行犯ではなかったのだ。
と、カルメンが口元に手を当てた。
「前の孤児院にいたときに、聞いたことあるわ。第一皇子はすごく優秀で、人格者なんですってね。
確かに殺す理由なんてないわ。
皆、性格の悪いロクデナシだっていう第二皇子には、次の皇帝になってほしくないでしょうから……」
目の前で『ロクデナシ』と悪口を言われたゼノフォードは、なんとも居た堪れない気持ちになって目を伏せた。
まあこの『ロクデナシ』というのは、自分――今の“龍門輝石”が憑依したゼノフォードのことではなく、それ以前の、本来の『ゼノフォード』の言動が原因の大半を占めているのだろうが。
「ゼノフォード殿下は、ロクデナシなんかじゃないっす!」
口を挟んだアルノーに、カルメンが噛みついた。
「家族を殺そうとするなんて、ロクデナシ以外の何者でもないわ!」
「違うっす! ゼノフォード殿下は、そんな人じゃないんす!!」
「……アルノー君」
大声で否定するアルノーを見かねて、ゼノフォードが声を掛ける。
が、その言葉はダンテの怒声に掻き消された。
「いや……ソイツのせいだ……第二皇子ゼノフォード!
暗殺計画の主犯だったんだろ!?
叔父貴たちがパクられたのは、ソイツのせいだ!!」
ダンテは額に青筋を浮かべ、怒り任せに怒鳴っていた。――その表情には、いつもの陽気さや余裕など、微塵も感じられなかった。
「第二皇子が名前の由来だ、っつってたゼノには悪ィけどよォ。アイツぁークソ野郎だ!
アイツがどこぞのマフィアなんぞに、暗殺なんて持ち掛けっから!!
だから、俺らピエトラが疑われちまったんだ!!」
ゼノフォードは身を震わせた。何も言えなかった。
公には『ゼノフォードがマフィアと暗殺計画を立てていた』ことになっており、そしてゼノフォードはあの尋問において、明確にそれを否定しなかった。
つまり問題を種を持ち込んだのは、紛れもなく自分なのだ。
「……ッ」
後悔しても、もう遅い。
ゼノフォードの耳に、ダンテの非難が突き刺さる。
「死んだ後まで他人に迷惑かけてんじゃねェよ、あのゴミカス野郎……ッ!
死ぬんなら、一人で勝手に死ねってんだ!
周りのヤツ巻き込むんじゃねェ!!」
「ち、違うんすよ!」
アルノーが反論した。
「ゼノフォード殿下も被害者なんす。
殿下は、暗殺なんてしてないんす! 全部、冤罪なんすよ!!」
「さっすが、皇室にヘコヘコ頭下げてる騎士サマ。クソ野郎のこともちゃアんと庇えて偉いでしゅねェー」
ダンテはくるりと向きを変えると、アルノーの方へつかつかと歩み寄った。
そして、勢いのままに胸倉を掴んだ。
「っていうか、オメェが手ェ回して叔父貴たちを逮捕したんじゃあねェのか!?
叔父貴の知り合いだってんで黙ってたがよォ、オメェ、怪しいぜ!?
なんで騎士がマフィアの巣窟なんぞに来るんだよ! 本当は叔父貴たちを逮捕するために来たんじゃねェのか!?」
「そ、そんなんじゃないっす!!」
アルノーは鬼気迫る勢いで自身に詰め寄るダンテに萎縮しながらも、しかし反論した。
「自分、ゼノフォード殿下に会いに来ただけで……!!」
「ああ!?
死んだクソ野郎に会いに、なんでピエトラに!?」
話が、噛み合っていない。
アルノーはあることに思い当たり、ハッとしたようにゼノフォードの方へ振り返った。
「殿下! もしかして、なにも話してないんすか!?」
「……」
ゼノフォードは黙って俯いた。
それを見て、アルノーは「しまった」という顔をする。
一方でダンテは――アルノーが『殿下』と呼んだ相手を見て、察した。
「……おい、まさか」
ゼノフォードはダンテの刺々しい視線を受けながら、ただ黙って身を震わせた。
彼の背後では、カルメンもまた驚愕の目でこちらを見ている。
何も言わないゼノフォードに痺れを切らしたダンテは、アルノーの胸倉を離すと、真っ直ぐゼノフォードの方に歩み寄った。
「……なんで黙ってんだよ」
しかし、ゼノフォードは答えなかった。
――答えられなかった。
「なんとか言えよ!」
ダンテが言い募る。
ゼノフォードはふと顔を上げた。
――ダンテのその目には、怒りよりも困惑の色が濃く浮かんでいた。
「……だって君、信じたかい?
『僕は第二皇子ゼノフォードです、だけど悪い人じゃありません、濡れ衣を着せられただけで暗殺しようだなんてしていません』って言ったところでさ」
「あ……当たり前じゃねェか!!」
肯定の言葉とは裏腹に声を詰まらせたダンテに、ゼノフォードは静かに返す。
「いや、嘘だね。
君がいま言ったような『ロクデナシのクソ野郎』っていうのが、僕の共通認識だ。
そして僕がその『クソ野郎』だと知った瞬間、僕のイメージは最悪なものに塗り替えられる」
傲慢で欲深い、自惚れ屋で頭が空っぽなエゴイスト。
そして、民心を集める第一皇子の暗殺を企てた反逆者。
それが、第二皇子『ゼノフォード』なのだ。
「それを覆す自信は――僕にはない。
そして、そういう目で見られながら生きるのは、疲れる。――だからだよ」
「……」
「もっとも君の言うとおり、悪いのは僕だ。責任は全部、僕にある。悪かったよ、問題事を持ち込んで。
心配しなくていい。――きっちり片を付けてから、出ていくからさ」
ゼノフォードはくるりと背を向けると、帽子掛けに引っ掛けてある、いつもの黒い帽子を手に取った。
それを見て、カルメンが「で、出ていくって……」と声を上げるが、その言葉が終わらないうちにゼノフォードは扉から出て行った。
「で、殿下!!」
アルノーが慌てて後を追う。
後に残されたダンテとカルメンは、しんと静まり返った部屋の中で、ゼノフォードが出て行った扉を眺めることしかできなかった。
「ち……違ェ」
ダンテが、声を震わせながらぼそりと呟いた。
「アイツが暗殺なんて……するわけねェ!」
その『アイツ』とは、出会って間もない。
だが、生意気だが芯の強いあの少年が、困っている人を放っておけない性分だということを、ダンテは知っている。
トラブルがあれば、すぐに首を突っ込んで、解決しようと勝手に一人で奔走するような人間だ。
そして自分も――そんな彼に救われた人間のうちの一人である。
そんな人物像と、世間で言われる『ゼノフォード』の悪評は、重ねようとしてもできるものではなかった。
「困ってる奴を放っておけねェような、あの大甘ちゃんのお節介野郎に限って!
――暗殺なんて、あり得ねェ!」
「……最初からそう言ってたじゃない、あのアルノーって騎士が」
呆れたような声音で返ってきたカルメンの言葉に、ダンテは「おい!」と反論した。
「オメェさんも、ロクデナシだとかなんだとか言ってたじゃねェか!
自分のことは棚に上げんのかよォ!」
「なによ、アンタほどキツいことは言ってないじゃない!」
「オメェさんも同罪だろうが!」
「同罪!?
目の前の人に向かって、一人で勝手に死ね、とかなんとか言ってた人と同罪にされたら堪んないわ!」
「それはゼノに言ったわけじゃねェって!」
――ゼノフォード不在の中、喧嘩はしばらく続いていた。




