62話 マフィア本部の騒動
リテンハイム郊外。
知る者のみがその所在を知る、マフィア『ピエトラ』の本部。――その広間。
東側に配された高窓から差し込む陽光が、バロック様式の豪奢なシャンデリアに反射していた。
黒檀に銀細工を施された円卓が中央に据えられ、それを囲むアンティークチェアは五脚。
その場にて、緊急の会合が開かれていた。
「長年行方不明だったボスの娘――カルメン・ファルコーネが発見された」
重々しく口を開いたのは、ピエトラ本部長レオナルド・リッチ。壮年の男である。
「見つけたのは――舎弟頭ロレンツォ・サルヴァトーリだ」
名指しされたロレンツォを視界に捉えながら、大柄で屈強な男が「おいおい」と声を上げた。
「手柄立てて若頭にでもなろうってェのかァ? ロレンツォよォ」
舎弟頭。ティグレ・グリエルミという名の男である。
同じく舎弟頭であるロレンツォは、同格であるこの男からの棘がある視線を受け、溜息を吐いた。
「そんなんじゃあねェって。若頭になりてェわけでもねェしよ」
別に出世欲があるわけではないのは事実だ。
ロレンツォにとって、自分の班のメンバーを守る力があれば、それだけで充分なのだ。
と、一人の男が「でもさァ」と声を上げた。
同じく舎弟頭、ルカ・マルティーノという名である。
まだ年若い――それもかなり。二十代後半か、三十代前半ほどだろう。この面子の中では最年少だ。
「そのボスの娘、どうすんだ?
まさか――“あの状態”のボスに引き渡すつもりじゃないよな?」
ルカの発言を受けて、一人の女性――幹部の中では紅一点だ――が肩を竦めた。
「とんでもない。私たちのうち、誰かが引き取らなければならないでしょうね」
事務局長、ヴィオラ・ヴァレンティ。年齢不詳の美女だ。
彼女の言葉に、ロレンツォは口を開いた。
「だったらよォ、俺に預からせてくれや。俺が保護したんだからよォ」
「それは看過できませんわね」
ヴァレンティはロレンツォに向き直る。
「そうなれば必然的に、彼女の身柄を預かるあなたに権力が集まってしまいますわ。
――ボスの血縁者の手綱を、握っているわけですもの」
マフィアの世界において、血筋というものはそれなりに重要である。
『ボスの娘』という、切り札にもなり得る手駒を手中に収めようというのであれば、パワーバランスが崩壊しかねない。
ルカがニヤリと笑い、軽い調子で――しかし声を落として言った。
「つまり。誰が『ボスの娘』の身柄を預かるかで、事実上は決まることになるわけか。
俺たち幹部五人の中の誰が――ピエトラ若頭の座に着くのか」
一気に緊張感が漂った。
若頭不在のまま、すでに数年が経過している。
かつては一人の女性がその座に就いていたが、ある任務に就いたことで多忙となり、業務に支障が出るとして自ら身を引いた。
それ以来、若頭の席は空いたままなのだ。
そして、今この場にいる幹部の中の誰かが、いずれその席に座ることになるだろう。
要するに――『ピエトラ』という組織のナンバー2が、決まろうとしているのだ。
「……おいおい」
ロレンツォは耐え切れず口を挟んだ。
「カルメンは物じゃねェ、人間なんだぜェ? 騎馬戦の鉢巻みてェに扱うんじゃねェよ」
しかしヴァレンティは首を振った。
「とはいえ、誰かが引き取らなければならないのは事実ですわ」
それは確かにその通りだった。
カルメンは、ピエトラのデータベースによれば、十四歳。まだ保護者が必要な年齢である。
それに彼女は、マフィア『ピエトラ』のボスの娘。他の勢力や国家権力から護るためにも、組織として保護せねばならなかった。
「だったらよォ」
ティグレが口を開いた。
「俺らで、殺し合いでもするか?
ボスの娘を賭けてよォ」
「野蛮だねェ、虎クンは」
ルカが呆れたように手を顔の前で振った。
「仮にさァ、キミ一人が生き残ったとして、どうやって組織を束ねるつもりなんだ?
俺たち他の上層部は、全員死んでるんだぜ?」
「だったら他にいい方法あんのかよ、ルカよォ!? 若くして幹部になったからって、調子こいてるんじゃねェぞ!」
「おー、怖い怖い。
よくそんな短気で舎弟頭になんてなれたねェ」
「静粛に!」
喧しい幹部連中――特にティグレとルカの言い争いを制止したのは、本部長リッチだった。
「確かに、こうして集まってもらったのは、カルメン・ファルコーネの身柄をどうするかを話し合うためだ。
だが、若頭を決めるためではない。
だから、カルメンの身柄を預かる当人に権力が集中しないよう、対策を講じて――」
「リッチさんもお人が悪いですわね」
ヴァレンティが口を挟んだ。
「そうやって仕切って、我々のリーダー役になろうとしていらっしゃる」
リッチは彼女の挑発に、年長者らしく落ち着いて返す――かと思いきや。
「――喧しいわ若輩者めが!!」
突如として怒声を上げたリッチは、勢いのままに机をドンと叩きつけた。
「ならばおまえが進行しろ! ヴァレンティ!!」
「あらいやだ。血圧が上がりますわよ」
「黙れこの小娘が!」
ロレンツォはただ一人、騒がしい周囲を見渡しながら頭を掻いた。
「……俺以外まともな奴はいねェのか?」
と、そのとき。
バン!
と、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「――警察だ!」
直後、警官服を着た男たちが、室内に雪崩れ込んできた。
そしてあれよあれよという間に、幹部たちは皆次々と拘束されていく。
「は!? 警察!?」
ルカは取り押さえられつつ、瞠目しながら声を上げた。
マフィアのアジト――それも本部に警官が押し入り、一網打尽だと言わんばかりに構成員を捕らえる。
かつて、そのようなことがあっただろうか?
「ここ、ピエトラの総本山だぜ!?」
「おい! 触んな!」
「どういうことですの!?」
混乱の声。
威嚇する声。
怒号が飛び交う中、一人の騎士服を着た男が前に歩み出た。
「貴様らには、容疑がかけられている」
男は、逮捕状を取り出した。
「罪名は――『第一皇子に対する殺人未遂罪』だ」
□□□
ロレンツォの家。
コーヒーを口に含んだゼノフォードは、その美術品のように整った顔を台無しにして、苦悶の表情を浮かべた。
「なによ!」
その様子を目にしたカルメンは憤慨した。
「アタシが淹れたコーヒーが不味いっていうつもり!?」
「……」
ゼノフォードは口を閉ざした。
生憎だが、ゼノフォードは心にもないお世辞は言えないタイプなのだ。何か感想を言おうものなら皮肉になりかねないので、努めて口を閉ざす他なかった。
だが、そんなゼノフォードにカルメンは憤慨する。
「……なんで何も答えないのよ!」
そんなやり取りを見ていたアルノーは、自分の前に置かれたカップを手に取った。
見た目は普通。香りも――少しスパイシーな感じがするものの、悪くはない。
一口、口に含む。
「……」
――苦瓜をペースト状にして、そこへセージか何かハーブ類を加え、さらにシナモンでも入れたら、きっとこんな味になるのではないだろうか。
「ちょっと、ほんのちょっとだけ、その……不思議な味っすね」
「え?」
カルメンは自分のカップを手に取り、口に含んだ。それからごくんと飲み下し、眉を寄せた。
「こ……これはあれよ、不思議な味がする種類の豆だからよ!!」
「――あ、殿下の顔がゾンビみたいになっちゃったっす」
「アタシのせいなの!?」
カルメンは「はぁ」と溜息を吐き、珍味のコーヒーを茫然と見つめた。
嗜好品のない孤児院や養護施設で育った彼女にとって、コーヒーは縁遠い存在だった。味を知らないのは当然だ。
だが、これがコーヒーという代物の本来の味ではないことくらいは、本能的に理解できた。
「……どうしてこんな味になっちゃったのかしら」
「何か余計なものを入れたんじゃないっすか?」
「余計なものなんて入れてないわ! ……風味が増すようにって、ちょっとスパイスを入れてみただけよ」
「それっすね」
「……お父さんに会う前に、もう少し練習したほうがいいのかしら」
――カルメンの『お父さん』。マフィア組織ピエトラのボスである。
カルメンが彼の生存を耳にしたのは、ほんの数日前のことだった。
しかし、まだ面会には至っていない。
ゼノフォードは歪んだ顔をなんとか元に戻すと、カルメンに視線を向けた。
「ロレンツォさんの話だと、君をすぐにボスに会わせるつもりはなさそうだったね。理由はわからないけど」
「――すぐに会えなくてもいいの」
カルメンは言った。
やや俯いていて表情は見え辛いが、その口元に僅かな笑みが浮かんでいることが、ゼノフォードにはわかった。
「いつか会えれば、それでいい。
ずっと、死んじゃったと思ってたから。……生きてるってわかっただけでも、嬉しいわ」
カルメンは、自分の頬をぱしんと叩いた。
「よし! もう一回練習する!」
それを見て、アルノーが「頑張るっす!」と応援している。
キッチンの方に移動していく二人を「前向きで結構だね」と見送ったゼノフォードは、やがて目を落とし、手元に置いていた新聞を手に取った。そして、それをぱら、と開いた。
≪第一皇子暗殺未遂事件の実行犯、いまだ特定されず≫
早速目に飛び込んできた見出しに、ゼノフォードは眉を寄せた。
(また暗殺事件のことか)
記事にはこう記されていた。
第一皇子暗殺未遂事件について、皇室および警察による捜査が続いているが、実行犯の特定には至っていない。
ゼノフォード第二皇子が生前、トルカーナにてマフィアと接触していたとの通報があり、本人もこれを事実と認めている。このことから、実行犯はマフィア関係者である可能性が高いと見られている。
なお、暗殺への加担容疑で逮捕された元侍従オスヴァルトは、当初こそ捜査の撹乱を目的としてマフィアの関与を主張していたが、その後は一転して、マフィア関連について一切証言していない。
事件の早期解決が望まれる――。
とのことだった。
(『マフィア』、か。
そういえばピエトラもマフィアではあるな――)
不意に、嫌な考えが胸中に生み出された。
件の『マフィア』が『ピエトラ』ではないか、と疑いを向けられる可能性があるのでは、という考えだ。
(僕に掛けられていた嫌疑はこうだ――)
あの尋問のとき。
皇帝がこう言っていた。
『先日、おまえが城を抜け出し、貧民街でマフィアの者どもと接触していたと証言があった。
通報によれば――おまえは『次の暗殺』の計画を立てていたらしいな』
(それに対して僕は、こう言った)
『――異議はありません。
僕が、兄上の暗殺を計画した――首謀者です。
わざわざ薄汚れた貧民街にまで足を運んで、乱暴で品のかけらもないゴロツキ共に会って……さ』
(僕は一言も『ピエトラ』とは言っていない。
暗殺計画に関与して捕まっていた侍従オスヴァルトは『ピエトラ』の名前を口にしたけど、目的は捜査の撹乱。信憑性なしと判断されて然るべきだ。
だから、ピエトラに直接疑いの目が向く心配はないだろう。
――ない、はずだ――)
なのに、何故だろう。
一抹の不安が、胸中に引っ掛かった。
第六感やら予感やらというスピリチュアルなものは、基本的に信じていないゼノフォードではある。それでも今回ばかりは、虫の知らせとでも言おうか、その非現実的な力が働いていたのかもしれない。
数秒後。
バタン、と部屋に血相を変えて入ってきたダンテによって、その不安は現実のものとなった。
「パクられた……パクられちまった!
叔父貴も……ほかの幹部もだ!!」
「……なんだって?」
ダンテは息を整えると、一息で言い切った。
「ピエトラの幹部が全員、警察に捕まっちまった!
疑われたんだ……『第一皇子の暗殺未遂』を!!」




