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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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59話 長い夜の終わり

「アルノー君!」


 ゼノフォードは口を開いた。

 だが、アルノーが返事をするより早く――


「――邪魔しやがって!!」


 ホルツが立ち上がった。

 アルノーの攻撃を受けて、腰を抜かしていたらしい。


「私は、帝国政府の上官だぞ!

 私の邪魔をするということは、政府の邪魔をするということ!

 おまえたちは、この国を敵に回したということだ――!」


 ホルツは、折れて柄だけになったノコギリを構え直した。


「おい! 職員ども、来い!

 侵入者だ!!」


 ホルツが施設の方に向けて叫んだ。

 

(――しまった、応援を呼ばれた!)


 ゼノフォードは歯を食いしばった。すぐに、臨戦体制の職員たちが駆け付けてくるはずだ。


「アルノー君、気を付けるんだ!

 施設の中に、職員たちがいる!」


 だが。

 ――誰も来なかった。


 中庭は静まり返っている。

 施設の建物からも、応答はない。


「おい、なぜ誰も来ない!?」


 ホルツの怒声が、夜の空気を裂いた。

 中庭は静まり返っている。


 そのとき、ザッ、と土を踏み締める音がした。


「もしかしてよォー。それって、こいつらに言ってんのかァ?」


 ゼノフォードは、声がした方向へと顔を向けた。


「――ダンテ君!」


 ダンテが、片手で気絶した職員の首根っこを掴み、ずるずると引きずりながら姿を現した。その姿は、まるで狩りを終えた獣のようだった。


「悪ィなァ。言うこと聞かねェうちのわんぱく坊主を探しに来ただけなのによォ、こいつらが、あの手この手で邪魔するからよォ」


 ダンテは職員の身体を持ち上げ、ニイッと笑った。


「ちィっとばかし、のしちまった」


 ホルツは、目を丸くして職員を見た。

 それから、職員を片手で持ち上げるダンテに視線を移し――顔を、怒りで真っ赤に染めた。


「――あの役立たずどもが!」


 ゼノフォードの位置からはよく見えないが、施設の扉の向こうに、いくつかの人影が地面に転がっている。職員だろう。

 ホルツはその気絶した職員たちを見て、唾を飛ばすように罵り発狂し、唇を震わせながら叫んだ。


「ならず者なんぞにやられやがって!!」


 ホルツは折れて短くなったノコギリを、怒り任せにぶんぶんと振り回した。

 そんなホルツを見て、アルノーは青龍刀を構え直した。


「――な、ならず者は、あなたたちの方なんじゃないんすか!」


「何を言うか!」


 口を挟んできたアルノーに、ホルツは血走った目を剥き、顔をかばりと向けてきた。気迫に圧倒され、アルノーは小さく「ヒッ」と悲鳴を上げる。

 そんなアルノーに、ホルツは地団駄を踏むように迫った。


「いいか! ここは国営の施設だ!! 国の施設なのだ!!

 無断で押し入り暴力を振るう方が、どう考えてもならず者だろう!!」


「子供をこんなふうに拘束するなんて、あなたのやっていることこそ、暴力っていうんすよ!

 間違ってるっす!!」


「間違ってなどいない!

 我々は政府の人間だ!!

 政府の人間である我々こそが、正しいのだ――ッ!!」


 その叫びと同時に、ホルツは折れたノコギリを振り回しながら、アルノーに向かって突進した。


 キイン!


 一閃。

 青龍刀が空を裂き、折れたノコギリを弾き飛ばした。

 ホルツの手から離れた柄が、くるくると宙を舞い、中庭の土の上に、とさり、と落ちた。


 アルノーは――既に、ホルツの喉元に刀を突きつけていた。


「――政府のやることが正しいかは、自分にはわからないっすけど」


 アルノーは、目を細めて言った。


「少なくとも、あなたのやることは、正しくないと思うっすよ」


□□□

 一件落着――とするには、まだやることが残っていた。

 アルノーはゼノフォードの方に歩み寄ると、しゃがみ込んだ。


「動かないでくださいっすね、怪我させちゃったら嫌っすから」


 直後、ゼノフォードの手首が自由になった。嵌められていた革製の手枷を、アルノーが青龍刀で断ち切ってくれたのだ。

 続けてアルノーはゼノフォードの足首に刀を当て、こちらの足枷も切ろうと手に力を入れた。


「アルノー君」


 ゼノフォードはその後頭部に声を掛けた。


「君は――」


 ――そのとき。


「う、うわああぁぁぁ!!」


 悲鳴が夜空に響いた。――ホルツのものだった。

 と、ホルツは腰を抜かしたまま、地を這うようにして逃げ出した。


「あ!」


 アルノーは「やっちゃった」という顔をして、慌てて立ち上がった。


「ま、待つっす!」


 アルノーはあとを追い掛ける。

 だが中庭は、遺体が埋まった不安定な地盤。ゼノフォードが職員から逃げ惑っていたときと同じように、足を取られて思うように進めない。


 そうしている間にも、ホルツは時折転び、泥にまみれながらも、確実に裏門へと向かっていた。


 ホルツの手が、門に伸びる。

 そのままギィと押し開けた。


 瞬間。


 パシュッ、と乾いた音がして、ホルツの身体に網がかかった。


「なッ!?」


 網がホルツの身体に絡みつき、動きを封じる。

 ホルツはそのまま、なす術なく地面に転がった。


「おいおい」


 門の向こう側から、石畳を踏む音がした。

 現れたのは。

 ――黒コートを翻し、銃のような形の噴射器を持った、長身の男だった。


「色々と話を聞かせてもらいてェのに、逃げられちゃあ堪んねェよ」


 男の背後には、ずらりと並ぶ屈強な男たち。

 その顔を見た瞬間、ゼノフォードは声を上げた。


「ロレンツォさん――!」


 マフィア組織ピエトラの幹部ロレンツォと、構成員の面々だった。


 ロレンツォはゼノフォードを一瞥すると、網の中でもがくホルツに視線を移した。


「おいオメェら。こいつと、職員の連中を縛っておけ。

 うちのガキが世話んなったんだ。うちの子どうでしたかーって、じーっくり話を聞かせてもらいてェからなァ。それが保護者の役目、ってモンだろォ?」


 門から敷地内に足を踏み入れた男たちは、網にぐるぐる巻きになっているホルツを引き摺って、施設の中へと入って行く。

 人が引き摺られる音、靴の音、呻き声――それらが夜の静けさに溶けていった。


 さて、今度こそ本当にひと段落ついた。

 外は冷えるのでと、子供たちはひとまず寝室に戻されていく。


 ゼノフォードは、ようやく自由になった四肢を伸ばすように立ち上がった。 


「本当に、怪我はないんすね?」


 アルノーが、心配そうに問うてくる。

 ゼノフォードは頷いた。


「ああ。君のお陰で命拾いしたよ」


 そう。

 本当に、『命拾い』だった。


(――助かったのか)


 安堵すると同時に、自分は死ぬところだったのだと自覚して、ぞっとした。

 身動きを封じられてロードができず死にかけたのは、これで二度目だ。そして今後も、そういうことがあるかもしれない。


(何か対策を考えないと)


「おい、ゼノよォ!」


 ダンテの声が飛んできた。

 そちらに視線をやれば、ダンテがこちらに歩いてくるところだった。


「事務所で待ってろっつったろォ!

 なァーにしてんだよ、こんなとこでよォ!」


「――ダンテ君。ロレンツォさんには言わないんじゃなかったのかい」


 ダンテは一瞬黙った。

 が、すぐに太い眉を吊り上げて口を開いた。


「――言うしかねェだろうが!」


 と、横から足音がした。

 見れば、ロレンツォがまっすぐこちらに向かってきていた。

 ゼノフォードはそちらに向き直る。


「ロレンツォさん――」

 

 次の瞬間。


 バシン!


「――うッ!」


 頬に衝撃が走った。


 ゼノフォードは頬を抑えた。

 ロレンツォの手の位置と、驚愕して口を手で覆っているアルノーの反応から、何が起きたのかを理解した。

 ――ロレンツォの拳が、振るわれたのだ。


「……なにするんだい。僕の美しい顔が傷付いたら――」


「勝手なことすんじゃねェ!!」


 ロレンツォが、怒気を含んだ声で怒鳴った。

 ――今までに聞いたことのない声だった。


「オメェが、何でもかんでも首を突っ込みたがる出しゃばりな奴だってことは、よーくわかった!

 別に構わねェ、けどよォ!

 危ねぇことに首突っ込むのは、見過ごせねェぞ!」


「――何にそんなに怒ってるんだい」


 怒鳴るロレンツォに、ゼノフォードは静かに口を開いた。


「君たちの手を煩わせたのがよくなかったかい?

 悪かったよ。迷惑はかけないつもりだったんだ」


 元々は、施設に放火でもして対処するつもりだった。

 それが難しいとわかってからは、新聞社へのリークという形にしようとした。

 いずれにしても、ピエトラの手は借りないはずだったのだ。


「全部、僕一人でなんとかするはずだったんだ」


「なんとかできてねェだろうが!!」


 ロレンツォは顎で、ゼノフォードの隣で怯えながら様子を見ているアルノーを示した。


「もしこいつが来なかったら、どうだった!?

 もし俺たちが遅れて来たら、どうなってた!?

 オメェ、殺されてただろうが!!」


「それでも、君たちに迷惑はかからないだろう」


「充分迷惑かかんだよ!」


 ロレンツォはぴしゃりと怒鳴った。

 その様相を見て、ゼノフォードは察した。


「――ああ、そうか。

 ピエトラが保護している人間が、こんなことで死んだ、なんてことになれば、不名誉か」


 ピエトラ幹部であるロレンツォの約束が、こんなことで反故にされるなんてことがあれば、ロレンツォ本人はおろか、ピエトラの信用までもが落ちるだろう。


「悪かった。次からは気をつける」


「違ェ!」


 ロレンツォは苛立ちを隠そうともせず、声を荒げた。


「心配だ、っつってんだよ!!」


「会って間もない、赤の他人の僕を?

 へぇ、マフィアっていうのは、随分優しい人たちなんだね。感動で涙が出そうだよ」


「真面目に聞け!」


 ロレンツォはぴしゃりと言ってから、声を落とした。


「俺たちの仕事が増えるだとか、名誉がどうだとか、そんなのはどうでもいいんだよ。

 俺にとって、オメェを守るってェのが、通さなきゃなんねェ筋ってモンなんだ」


 ゼノフォードが初めて貧民街トルカーナを訪れたとき、彼は街を救った。要は、『ピエトラのナワバリを救った』のだ。

 ロレンツォがゼノフォードに『願いを聞いてやる』と言い、そして彼の要望である『保護』をしているのは、その見返りなのだ。


(――とでも言っておかねェと、コイツは言うことを聞いてくんねェだろうな)


 ロレンツォは何となく察していた。


 ゼノフォードという元皇子のはずのこの少年が、利己的だという噂とは裏腹に、あまり自分の身を大切にしない類だということに。


「――危ねェことはすんな。

 どうしてもしたいんだったら、先に俺らに言ってからにしろ」


 ゼノフォードの乱れた白金の頭をわしゃ、と掻き回すと、ゼノフォードは首を傾げた。

 それを見て、ロレンツォは溜息を吐いた。


(――変な奴だよな。

 自分のことには無頓着なくせに、他人のことになると、妙に熱心になりやがる)


 心配だ、と言ったところで、先程のように真面目に取り合おうとしないだろう。

 かといって『もっと自分を大切にしろ』と説教したとしても、そうする気がない人間相手に言ったところで意味はない。


 だから、こう言うのが手っ取り早いのだ。


「――義理くれェ、最後まで通させてくれや」


「……なんだい、それ」


 ゼノフォードは、ロレンツォに掻き回されて額にかかった髪を振り払い、顔を地面に落とした。


「……わかったよ。努力はしてみる」

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