55話 命の値段
「『臓器の養殖場』――?」
ゼノフォードは思わず声を漏らし、すんなりと頭に入ってこない単語を反芻した。
その様子にホルツは目を細め、口元を歪める。
「実験室にあった報告書は、おまえが持ち込んだものだろう? ならば把握しているはずだ。
この施設が、臓器を売買していることを」
提供実績の記された報告書。決算報告書。
それらは確かに、この施設で研究のために臓器が売買されていることを示していた。
ゼノフォードが「ああ」と頷いたのを見て、ホルツは口を開いた。
「クラウゼ所長は、それを『研究目的の副産物』だと捉えているようだが――とんでもない。なんならこの施設では、『新薬の治験』など行っていない。
臓器の売買こそが、この施設の本質。
『移植手術』のための、臓器の養殖場だということだ」
ゼノフォードは、地面に押さえつけられたまま、ぽつりと呟いた。
「『移植手術』? この世界の医療は、そんなに進んでいるのか――?」
移植手術。
それは本来、現実世界の二十世紀以降に成立した高度な医療技術だ。免疫抑制剤の発見や外科手術の発展を経て、ようやく実現したものなのだ。
この世界の技術水準は、せいぜい十八、九世紀相当。
麻酔も不完全で、衛生管理も不十分なこの世界で、そんな高度な医療が可能なのか――。
その疑問を拾うように、ホルツが答えた。
「ここ二年くらいで、急激に発展したのだよ。
まあ、その事実を知る者は少ないがな」
ホルツは誇らしげに笑った。
「臓器の需要は、爆発的に増した。
病を抱える者。事故に苦しむ者。そんな彼らは、損傷した臓器を取り替えることができるようになったのだ」
だが当然ながら、新鮮な臓器というのはそう簡単に手に入るものではないだろう。
「だから帝国政府は考えた。
『好きなときに、好きな臓器が手に入るようにしたい』――とな。
地下室にいた子供たちは、薬で眠らされ仮死状態になっている。そして政府の希望通りに、『好きなときに、好きな臓器が手に入るように』なっているというわけだ」
ゼノフォードは唇の端を上げて「ハッ」と笑った。
「オンデマンドなサービスが求められる時代ではあるけど、臓器の調達までオンデマンドなのかい。便利な世の中だね、まったく」
――ホルツの残酷極まりない説明は、ゼノフォードにとって納得はできないものの、理解はできた。
しかしひとつ、腑に落ちないことがあった。
「だったらどうして、クラウゼ所長に『新薬の治験』だなんて嘘を吐いたんだい?」
所長はゼノフォードとカルメンにこう語っていた。
『私の娘もな、その病を発症した。二年前の記憶はすっかりなくなって、代わりに妄想ばかり話すようになってしまった。
そんなとき、政府が言ってきたんだ。「娘さんの病の治療法を確立するために、実験に協力してくれないか」と』
よって所長は、児童養護施設として被験者とする子供を集め、秘密裏に新薬の安全性の実験をすることになった――。
クラウゼ所長からは、そう聞いた。
「クラウゼ所長に真相を伝えずに、わざわざ彼の娘を人質のようにしてまで『新薬の治験のため』だなんて嘘の理由を説明した理由は?」
ホルツは、身動きを取れないまま不自然な姿勢で見上げてくるゼノフォードを見て、肩を竦めた。
「『臓器を収集するための施設』なんておぞましいこと、知る人間は少ない方がいいだろう?」
「へぇ、おぞましいって自覚はあるんだね。一般的な感覚を持っているみたいで何よりだよ」
「まあとにかく、『移植手術のための臓器売買』という実態はトップシークレットだから、部外者に過ぎんクラウゼに話すわけにはいかなかった――というわけだ。
だがここを普通の養護施設として通すには、色々と不都合が多すぎる。
なにせ地下に子供は送り込まれるわ、運営は異様に金がかかるわ、臓器は売買しているわ、死人は出るわ、遺体を中庭に埋めたりするわで」
子供たち相手には、この施設の異様さはある程度は隠せるかもしれない。せいぜい『死者がよく出る劣悪な施設』という認識になるくらいで。
だが施設の運営を任される所長ともなれば、話は変わってくる。この施設の異様さに、嫌でも気付かされることになるのだ。
「そのあたりは、どうしても隠しきれない。下手に探られても困る。
だから、『裏の顔がある』と思わせておいた方が都合がいいのだよ。
しかも『娘のため』と思わせておけば、進んで子供たちを集めようとする。何より、良心の呵責というのも少しは減るだろう?
我々は優しいんだ」
「やっすいお値段で命を売る君たちが優しいとしたら、この世の大多数の人は聖人になるね」
ホルツはふと笑みを引っ込めた。
そして、ゼノフォードの言葉が気に入らない、というような顔をした――まるで客に『このキャベツ、高いんじゃないか?』と値段にケチをつけられた八百屋のような顔だった。
「安い値段――ね。
臓器の売買というのは、最近できたシステムだ。適正価格があるわけではない。よって、おまえが『安い』と思おうが『高い』と思おうが、それはおまえの主観でしかないのだ。
もっとも、原価は安いに越したことはないがな。
その方が、臓器移植を希望する者の費用負担が少なくて済む。より多くの命を救えるってわけだ」
「その分、より多くの犠牲が必要になるともいえるだろうね」
「だから、こうして子供を集めているのだ」
「――この人でなし」
ゼノフォードの悪態に、ホルツは「ハッ」と鼻で笑った。
「人でなし? 何を言うんだ。
これは人助けだというのに。
まあいい」
ホルツは軽く頷いた。
「さて、言ったとおりこれはトップシークレットなんだ。帝国政府の上層部しか知ってはならないのだよ。
だから、おまえもまた――知ってはならない」
ホルツはゼノフォードに一歩近寄ると、その顎を掴んでぐいと自分に向けさせた。
「最初に会ったときにも思ったが――綺麗な顔だ。顔面移植ができないか、医師に聞いてみることにしよう」
ホルツの手が、白衣の内側に滑り込んだ。
そこから取り出された、革製のケースに包まれた物体。
ケースがシュ、と取り除かれて、その姿が露わになる。
ゼノフォードの目の前で、銀色の何かが光った。
小さなギザギザがついた刃――医療用のノコギリだった。
「――顔と内臓を、傷付けないようにしないとな」
ノコギリが振り上げられた。
□□□
カルメンは走っていた。
「待て!」
「逃げても無駄だ!」
もう玄関には向かえない。
中庭への道も絶たれた。
(一度追手を撒くしかない!)
カルメンは背後を振り返った。
追手は二分割されたはずなのに、バタバタと大勢の職員が自分の後を追ってくる。
「――どうして、こんなにいるのよ!!」
この集団を振り切らない限り、外には出られない。
カルメンは廊下の分かれ道を曲がった。
だが、直ぐに気が付く。
「――しまった、行き止まり!!」
廊下の先にあるのは、寝室。
(まあ、いいか。
――足が速い大人より、まだ子供の方が脅威じゃないわ)
そう。
――子供の方が、脅威じゃない。
(――『脅威』だなんて。
そんなふうに考えたくなかった)
かつては、仲間だったのに。
――家族だったのに。
前の孤児院で、共に過ごした記憶が脳裏をよぎる。
一緒に、粗末だが暖かな食事をして。
安物だが清潔な服を洗って、干して。
遊具の少ないちょっとした運動場で、鉄棒をして。
ささやかな図書館で、本を読んで。
積み木をして、遊んで。
家族を亡くしたばかりだった自分にできた、
―― 一緒に過ごした、家族だったのに。
(どうして、こんなことになったんだろう?)
カルメンは寝室に飛び込んだ。
すぐに扉を閉め、近くにあった椅子で扉を塞ぐ。
――ザッ、と。
背後から音がして、カルメンは振り返った。
子供たちに、周囲を取り囲まれていた。
「――カルメン。
もしかして、職員から逃げてるの?」
「カルメンは、悪い子なの?」
「脱走しようとしてるの?」
口々に、子供たちが聞いてくる。
「ち、違うわ」
カルメンは、顔を引き攣らせながら笑った。
「今日入った、あのゼノって奴がね。
アイツが、逃げたのよ。
だから、アタシは追いかけて――」
言いながら、ふと口をつぐんだ。
(アタシは何を言ってるんだろう)
『アイツ』は証拠品を持っていない。だから彼が逃げ切ったとしても、新聞社にリークなんてできない。
そしてそれは、カルメンも同じこと。
つまり。
(――アタシがいま助かったとしても、ここの実態を暴くことなんてできない。
つまり――いずれ、この子たちは死ぬ)
カルメンは、ぐるりと周囲を見渡した。
(アタシは、何をしているんだろう)
――もう、家族を失いたくないと。
そう、思っていたのに。
お読みいただきありがとうございます。
もし少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークや★をつけて応援いただけると嬉しいです!




