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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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47話 夜に仕掛ける

 夕食には、灰色がかった液状の粥が配られた。原料は米か芋か。水で伸ばされて、味も素っ気ない。添えられたパンは硬くひび割れ、指でつまむと粉のように崩れた。


(もはや、これを食事と呼べるのかどうかすら怪しいな。――ロレンツォさんが作ってくれる食事が恋しい)


 夕食が終わると、子供たちには短い自由時間が与えられる。

 とはいえ、遊んだり会話を楽しんだりといった娯楽が許されているわけではない。できることは、寝室で静かに過ごすことくらいだ。

 その時間が終われば、すぐに消灯されるらしい。時間としては驚くほど早いが、深夜まで明かりがついていては、仮にも『模範』を掲げる施設としては示しがつかない。体裁を保つための措置なのだろう。


 ゼノフォードは、粗末な寝具の上で身じろぎをした。


(……寝苦しいな)


 薄い布団は湿気を含み、枕は中身が偏っていて、頭を乗せると傾く。壁の隙間からは冷気が入り込み、床板の軋みが耳についた。過密状態の部屋で隣のベッドとの間隔も狭く、腕を伸ばせば隣にいる子供を殴ってしまいそうなので、身体を縮こませるより他ない。


 眠れるはずもなかった。単にまだ部屋の灯りがついているからというのもあるだろうし、劣悪な環境のせいもある。はたまた夕食の少なさ故に空腹が募っているせいかもしれない。

 だが何より――日中のカルメンとの喧嘩が、胸に引っかかっていたのだ。


(――彼女が僕のことを心配してくれていたのは、間違いない)


 謝るのが筋だっただろうか。

 しかし、子供に危害が加えられている様を傍観するのが正しいとは、どうしても思えない。時間を巻き戻したとしても、きっと何度だって同じことをするだろう。


(――『カルメン』は、元々はああいう性格だったのだろうか)


 この世界の原作『ライオライト帝国記』について、ゼノフォード――その前世“輝石”は、シナリオやADVパートの担当ではなかったため、詳しくはない。

 だがメインヒロインである『カルメン』をデザインするにあたって、ある程度の設定資料は読み込んでいた。

 それによれば、彼女は決して優しくはないものの、少なくとも『正義感は強い』はずだった。


 ゼノフォードは溜息をひとつ吐いて上体を起こした。答えが出ない問題について考えたところで、堂々巡りだ。


(それよりも、いま考えないといけないのは、この地獄のような施設のことだ)


 この施設の惨状は、充分に理解したつもりだ。不衛生な環境、過酷な労働、洗脳に近い状態にある子供たち、少ない食事、そして暴力――。

 これ以上、このままにしていてはおけない。


(子供たちを避難させてから、放火でもしようかと思っていたけど――)


 ゼノフォードはぐるりと寝室を見回した。

 人数が多い。それに中には五歳くらいの幼い子供もいる。避難は難しいだろう。

 それに何より、ここの子供たちは互いに監視し合っている。もしゼノフォードが「逃げよう」などと提案すれば、子供たちに通報されて、速攻で施設の職員に売られるのがオチだ。


(――現実的じゃないな)


 ふと、外からじゃり、と土を踏む音が聞こえた。

 布団の脇にある曇った窓を袖で拭うと、外の景色がぼんやりと浮かび上がる。見えるのは、中庭だ。

 そこに、二つの影があった。


(あれは、昼間に捕まっていた少年と――カルメン?)


 目を細めてみる。が、窓が曇っているうえに遠いせいでよく見えない。

 ゼノフォードは廊下に出ると、そっと窓を開けた。そろりとその隙間に身を滑らせて、そのまま外へ出る。


 ゼノフォードが少しずつ距離を詰めながら見守っていると、二人は中庭を突っ切って庭の端まで行った。そこにあるのは――裏門だ。

 カルメンが何かを手探りしている。扉の錠だ。


「――開いたわ。この門、職員しか開けられないんだけど。あの人たち、たまに締め忘れるのよね」


 門が静かに開いた。


「ほら、行きなさい」


 少年は一瞬躊躇ったが、カルメンの目を見て頷き、扉の向こうへと駆けていった。


(――彼女)


 ゼノフォードはふっと目元を緩めた。


(子供を逃したのか)


 てっきり、冷たい人間だと思った。目の前で子供が痛めつけられようと、それを当然のこととして甘受し、何も思わない人間なのだろう、と。

 しかしカルメンは、原作『ライオライト帝国記』のキャラクター設定どおりに、正義感が強い人間だったのだ。


 と、そのとき。


「中庭の方から物音がしたんですよ」


 遠くから声が聞こえた。

 そちらに目をやれば、人影が二つ迫ってきていた。一つは大人の女性――職員だろう。そしてもう一つは、昼間に少年に手を上げようとしていた男の職員だった。


「こっちの方です」


「脱走だったら早く捕まえねェと」


 ゼノフォードは眉を寄せた。


(まずいな)


 彼らの向かう先は――カルメンだった。


 咄嗟に、ゼノフォードは中庭の中央へと歩み出て屈んだ。


「大切なハンカチなんだけどなぁ。さて、どこに落としたかな」


 じゃりじゃりと靴音を響かせ、わざとらしく声を上げる。大きくぐるりと見回してから立ち上がり、大袈裟に溜息を吐いてみせた。


「……なんだ」


 職員の足音が止まり、低い声が漏れた。


「新入りのガキが、ただ探し物してるだけじゃねェか。ったくよォ、紛らわしいな」


 男の職員がゼノフォードの方へと歩いてきて声をかけた。


「おい、勝手にうろつくな。指示もなしに好き勝手動くんじゃねェよ」


「すみません」


 ゼノフォードは大人しく頭を下げた。

 職員は鼻を鳴らし、ゼノフォードを一瞥すると、低く言い放った。


「昼間は見逃してやったが、次はねェって言ったろ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと部屋に戻れ」


 そう言い捨てると、男はもう一人の職員とともにその場を離れていった。

 足音が遠ざかるにつれ、夜の静けさが再び戻ってきた。


「……ふう」


 ゼノフォードは安堵して、息を吐いた。

 と、ジャリ、と背後から土を踏む音がした。


「……アンタ、ゼノ、っていったかしら」


 カルメンの声だ。

 肩越しに振り向けば、腕組みをしたカルメンがそっぽを向いていた。


「……ちょっとは役に立つじゃない」


 ゼノフォードは苦笑した。


「お役に立てたなら何よりだよ」


 それからふと笑みを引っ込め、ゼノフォードはカルメンに向き直った。


「――薄情者なんて言って悪かった」


 ゼノフォードの言葉に、カルメンは少し顔を上げた。――赤色の瞳と目が合った。その目はすぐに逸らされたが。


(これだ)


 ゼノフォードは確信を得た。

 前世において、自分――“龍門輝石”がデザインした、正義感に満ちた目だ。


「……アタシは、謝るつもりはないわよ」


 つん、とした調子で、カルメンは言った。


「一応、アンタのことを心配して言ってやったんだから」


「わかってるよ」


 ゼノフォードが穏やかに返すと、カルメンは調子を乱された、とでもいうように困惑混じりの声を発した。


「……なによ」


 不貞腐れたようにまたそっぽを向いたカルメンに、ゼノフォードはもう一度苦笑した。


 と、そのとき。


 ――ジャリ、ジャリ。

 足音がした。


「!」


 ゼノフォードは反射的に顔を上げた。

 門の向こう、外壁沿いを、一人の男が歩いている。見回りの警備員のようだ。

 警備員はいつものルーティーンらしく、門に近付いて鍵を確認した。


「……お? 鍵が開いてるな」


 警備員は施錠しようと錠に手を当てた。――が、すぐにその手を止めた。


「……足跡があるぞ」


 ゼノフォードは驚いて目を凝らした。

 中庭の土が、門の外にまで続いている。

 小さな靴跡――子供のものだ。


「脱走だ!!」


 警備員の怒鳴り声が夜の空気を裂いた。

 警備員はそのまま本館へと駆けていく。

 程なくして。


 チリリリリ!


 けたたましくベルの音が鳴り響いた。

 昼間に聞いたのと同じ、脱走者を知らせる警報だ。


「まずいわ!」


 カルメンが息を呑んだ。


「職員に追いかけられたりしたら、あの子は――!」


 どう考えても、子供の足が大人のそれより速いわけがない。捕まるのは時間の問題だ。

 ゼノフォードは駆け出した。


「門が開かないように細工する!」


 扉は閉じていても、鍵はかかっていない。押せばすぐに開いてしまう。

 ゼノフォードは門の方へと駆け寄った。カルメンもすぐに後を追う。


「カルメン君、土だ! 土を拾え、早く!」


 言いながらゼノフォードは、門にぶら下がった南京錠を掴んだ。

 鎖の輪に通された錠は、まだ施錠されていない。ゼノフォードはすぐに南京錠のシャックル――U字部分を閉じた。それはカチリと音を立てて固定される。


「持ってきたわよ、どうするの!?」


 カルメンが掴んできた土を手のひらに乗せて寄越してきた。ゼノフォードはそれを引っ掴み、強引に鍵穴に押し込んだ。


「鍵穴に土を詰める!

 鍵が入らなければ、開けられない!」


「本当にそれで大丈夫なんでしょうね!?」


「南京錠は、鍵が差し込まれて初めてU字のシャックルが外れる。鍵が入らなければ開かない。構造上、そうなってるんだ。

 ――時間稼ぎくらいにはなる!」


 と、にわかに騒がしくなってきた。

 直後、背後からバタバタと数人の職員がやってくる音がする。


「早くして!」


「わかってる!」


 ゼノフォードは土を詰めた錠を手放し、カルメンの腕を掴んだ。


「行くぞ、早く!」


 そのままカルメンを引っ張る。

 職員らが門のところに辿り着いたのと、ゼノフォードらが近くの木の影に身を滑らせたのは、ほぼ同時だった。


「なによ!?」


 職員の女性が声を荒げた。

 門にかけられた錠が、施錠されていたからだ。


「鍵は閉まってなかったんじゃなかったの!?」


 問い詰められた警備員は「うっ」と声を詰まらせる。


「開いていたと思うんだが……足跡を見つける前に、つい癖で閉めてしまったのかもしれない」


「こんな時になに余計なことしてるのよ、役立たず! さっさと開けて!」


 ヒステリックな叫び声を上げる女性職員と、困惑しながら鍵を取り出している警備員を視界の端に捉えながら、ゼノフォードは指で四角形をつくってインターフェースを開き、セーブをした。

 細工がバレるのも時間の問題だ。そして自分たちがここにいることが露呈すれば、逃走に手を貸したとしてただでは済まされまい。


「ん?」


 鍵を南京錠の鍵穴に挿そうとした警備員が声を上げた。


「鍵が入らない……!?」


 警備員の言葉に、女性職員が南京錠を掴んで鍵穴を覗き込んだ。


「……細工されてる!」


 ――バレた。


 そうしている間にも、建物の奥から、複数の足音がこちらへ向かってくる気配がある。応援だ。


 この場に長くとどまっていたところで、得られるものは何もない。

 カルメンがゼノフォードの腕を掴んだ。


「逃げるわよ!」


 二人は木の影から身を滑らせるようにして外へ出た。だが、すぐに――


「そっちに誰かいる!」


 女性職員の叫び声がした。

 視界に、動く二人の姿が入ったのだろう。


「――見つかった!」


 ゼノフォードが走りながら振り返ると、数人の職員が駆けつけてくるのが見えた。

 その足音が、地面を叩くように迫ってくる。


「くそッ……!」


 子供の足で大人から逃げることは、土台無理な話。


「……ッ!!」


 背後から腕を掴まれ、体が引き戻された。


「何をしていた!」


「他の子供を逃したのか!?」


 いくつもの怒鳴り声とともに、職員に押さえつけられた。


「ちょっと、離しなさいよ!」


 カルメンもまた、他の職員に取り押さえられていた。

 もがいても無駄だ。力では敵わない。


 ゼノフォードは歯を食いしばり、指先を動かした。

 空中に、指で四角形を形作る。

 セーブデータを選び、指先でタップした。


「――やり直す!」


 画面が一瞬だけ白く光り――世界が巻き戻った。

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