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異世界のフィクサー ―城を追われた転生皇子は裏社会で王になる―  作者: 紫音紫


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42話 墓に鞭打つ4

 ゼノフォードは息を呑んだ。

 てっきり、マリウスに自分の正体がゼノフォードであることを気付かれたのだと思ったが、そうではなく。


(――僕が、例の『英雄』だって気付いたのか)


 そういえば、新聞で報じられていたマリウスの証言は、『小柄で色白、声の印象から少年とみられ、踵の高いヒールを履いていた』というものだった。

 今のゼノフォードの様相とぴたりと一致する。


 さらに、先ほどの一件で思わず足が出てしまった。

 新聞記事に『蹴り技が得意だと思われる』と書かれていたことを鑑みても、暗殺事件の折、マリウスはゼノフォードの“蹴り”を目撃しているはずだ。


 だが当然ながら、ここで「はいそうです」と答える選択肢は、ゼノフォードにはない。

 そんなことをすれば、身元を隠すことはできなくなる。自身の正体が逃亡中の罪人ゼノフォードであると露呈すれば、再び逃亡生活が始まるに違いないことは、火を見るよりも明らかだった。


(だけど――)


 ゼノフォードは目立たぬようにインターフェースを立ち上げ、静かにセーブをした。


「――人違いですよ。

 ですがあのとき、あなたを助けた人物に心当たりが」


 そう言ってみると、マリウスの目が見開かれた。


「なんだって」


「ほら、いるじゃないですか。

 高いヒールを履いた、小柄な少年が」


 ゼノフォードは、形の整った薔薇色の唇に、ゆっくりと笑みを乗せて口を開いた。


「――ゼノフォード殿下です」


「――まさか」


 その一言に、ゼノフォードは聞き覚えがあった。

 尋問の場で、身の潔白を訴えながら心情を吐露し、「第一皇子を助けたのは自分だ」と吐き捨てたとき。

 ゼノフォードが自作自演などではなく、本当の意味で自分を助けようとしていたのだと知ったマリウスの口から漏れた、後悔の色に染まった言葉だった。


 だが、今は違う。懐疑の色を帯びていた。

 果たしてマリウスは、こう切り出した。


「そんなはずはない」


 ――と。


「そうだとすれば、彼は尋問のときにその事実を持ち出していただろう。『自分が兄を救ったのだ』と。

 そしてそれを根拠に、暗殺を企てた罪を否定したはずだ。


 ――いや、こういう可能性もあるのか。

 『ゼノフォードは暗殺計画を企てて、自らそれを阻止することで英雄になろうとしていた』――と」


「そうやって疑われるから、尋問のときに何も言えなかったんですよ、『彼』は」


 ゼノフォードは、再び笑った。


「貴方は、『ゼノフォード殿下は悪者』って前提でしか考えられないんですね。まあ、貴方だけじゃないか。世界中の皆がそう思ってる。

 ――仕方ないか。『彼』自身が、罪を認めたんだから」


 こうして墓に出向いていようと、やはりマリウスも他の者たちと何ら変わらないのだ。

 むしろ、政治の世界で生きるマリウスのほうが、他の者たちよりも人一倍、ゼノフォードの行動を合理的に解釈しようとしている節があるのかもしれない。


 それにしても、本当に面白いものだ。

 ゼノフォードのことは誰も信じないくせに、自白の言葉だけは疑いもせず信じるのだから。


「暗殺に関与して収監されているオスヴァルトに、一言でも聞いていればよかったのに。『第二皇子ゼノフォードは、あなたの仲間ですか?』って。

 そうしたら、すぐに否定されたでしょうね」


「……だが」


 マリウスの声には、いよいよ後悔の色が滲み始めていた。


「ゼノフォードが、暗殺を企てていたと通報があった」


「へぇ。『彼』のことは信じないのに、何者かもわからない赤の他人の通報は信じるのですね」


「あいつは――政敵だった。私を殺す理由がある。ましてや私を助ける理由などない」


「政敵だと思っていたのは、貴方だけなのかも」


「あいつは、皇帝の座が欲しくなかったとでも?」


「貴方が欲しいからといって、他人もそれが欲しいとは限らない」


「あいつの性格的に、人助けなど」


「『彼』の性格を語れるほど、仲が良かったのですか」


 マリウスはまだ何か言おうと口を開きかけたが、言葉が出ないようで、唇を震わせると、それきり黙り込んだ。


 そんな様子を眺めつつ、ゼノフォードは帽子の下で目を細めた。


(そんなに僕を、悪者にしたいんだな。

 僕が罪を否認していても、それは変わらなかった)


 あの消し飛んだ過去において、尋問の場で無実を訴え続けた自分に向かって、優しげな顔で「罪を認めろ」と言ってきたことは、きっと一生恨むだろう。


(――そんなに僕が嫌いなのか)


 あのとき存分に理解した。だから何も、今更驚きはしない。


 別にいい。

 これは何も、自分自身のせいだけではない。

 半分くらいは、元々の『ゼノフォード』という、高慢ちきで無能で自分本位なキャラクターのせいでもあるのだから。


 そんなことでいちいち傷付くほど幼稚でもなければ、非論理的でもない。


 単に、この石頭に嫌気がさしたのだ。

 ――ただ、それだけだ。


 やがてマリウスは額に手を当てて「ああ」と嘆くように声を漏らした。


「――本当に、ゼノフォードが?」


 その声は、震えていた。


「あの子は――私を暗殺など、しようとしていなかった――と。そういうことなのか――?

 それどころか、私を救ってくれていた――と?」


 マリウスのその端麗な顔が――歪んだ。

 後悔しているのか。

 それとも、悲しんでいるのか。


「だというのに私は――私たちは、あの子を無実の罪で追い詰めて――死なせてしまったと。

 ――そういうことなのか――?」


 その表情を見て。


 ――ゼノフォードは、あの尋問のときに感じたのと同じ愉悦を覚えた。

 帽子の影に隠れた紫の目を細め、薔薇色の唇の端を、僅かに持ち上げた。


「だから、そうだと言っているだろう」


 ゼノフォードは――すっ、と帽子を取った。


「兄上」


□□□

「――ああ、例の『英雄』のことですか?

 生憎ですが僕ではありません」


 ゼノフォードはあっけらかんと答えた。

 彼の手元から、『セーブデータの読み込み完了』を示す表示が残るインターフェースが、すっ、と消えた。


「人違いですよ」


 ゼノフォードはそのまま踵を返す。

 後方でマリウスが「待ってくれ!」と声を上げているが、ゼノフォードは気にしなかった。


「行こう、ダンテ君」


 状況を理解できていないらしいダンテは、ひとまず「お、おう」と頷いて、ゼノフォードを追って墓地を後にした。


 ――『ゼノフォード』は、死んだ。


 だから『ゼノフォード』が無実だったというのが判明し、さらに件の『英雄』だったと明るみに出たとしても、皇位継承権がこの手に戻ってきてしまう、なんて不都合は起きない。

 むしろ誤解が解ければ、地に落ちた名誉を挽回できる。

 それはそれで、ゼノフォードにとっては精神衛生上良いことかもしれない。


 だが、ゼノフォードには、どうしても脳裏にちらつく顔があった。


 ヒルデガルトとアルノーだ。


(彼らは、僕が罪人だと思っている。

 だから僕が死んだことに、何の感情も抱いていないだろう。むしろ清々しているかもしれない)


 だけど。


(もしも僕が、本当は無実だったと知れば。

 ――優しい彼らに、蟠りを残すことになりかねない)


 それはゼノフォードとしても不本意だった。


(二人には、僕のことなど綺麗さっぱり忘れて、何の後腐れもなく、今まで通りの日常に戻ってほしい)


 それに。


(何より、無実を訴えることにはもう疲れた)


 あの尋問で、懲りたのだ。


 今はただ、ついさっき消し飛んだ過去において、マリウスの顔に滲んだ後悔を脳裏に焼き付けることができただけで、充分だった。


□□□

「おいゼノ」


 馬を引きながら帝都の街を歩いていると、ダンテが口を開いた。


「よかったのかァ? あのまま放置しちまってよォー」


「別にいいさ」


 ゼノフォードは淡々と返した。


「人違いなんだから、どうしようもないだろう?」


「そうじゃなくて」


 ダンテはくいくい、と親指で来た道の方を指差した。


「あの辺、汚しちまったじゃねェか。オメェさん、掃除する気満々だったのに、結局ほっぽってよォ」


「……あ」


 墓地の石畳が泥だらけになってしまったことを、すっかり忘れていた。

 ゼノフォードはしまった、と思いつつも、「まあ」と口を開いた。


「……誰かが掃除してくれるだろう、たぶん」

お読みいただきありがとうございます。

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