41話 墓に鞭打つ3
頭から泥を被った男の一人が、大声を上げた。
「どうしてくれんだよォ、泥だらけにしやがって! クリーニング代寄越せや!!」
だが、そんなことで萎縮するゼノフォードではなかった。
「いいだろう。
ただし、君たちが彼にクリーニング代を支払ったらね」
言いながら、ゼノフォードは後方にいるマリウスを示した。
「君たちが汚した場所を、綺麗にしてくれてたんだからさ」
「払う必要ねェだろ! 俺たちは抗議活動をしてんだからよォ!」
「君たちに不満があることはよくわかった。
だけど、感情的に場を荒らして人様に迷惑をかけるなら、それは子供の駄々とおんなじだ。子供の方が、まだ善悪の区別がついていない分、君たちよりずっと可愛げがあるけどね。
――ああ、もしかして君たちも、善悪の区別がついてないのかい?」
ゼノフォードの言葉に、男たちはより立腹したらしい。
「うっせェ! ガキが割り込んできて説教かよォ!」
一人が前に出て、泥だらけの手を握りしめて振りかぶった。
が、ゼノフォードは迷わず男の顎に蹴りを入れた。
「ぐうッ」
ヒールがクリーンヒットした顎が大きく上を向き、男は尻餅をついた。
そんな男を一瞥し、ゼノフォードは「カツン」と音を鳴らして足を下ろした。
「そもそも君たちは、誰に何を抗議したいんだい?
今は亡き第二皇子に、第一皇子の暗殺を企てたことを?
それとも帝国に、第二皇子の逃亡を許したことを?
どうせ、何も考えてないんだろう」
「――くそッ、うるせェ! そんなのどうでもいいだろうがよォ!」
泥だらけになった男は、くわっと牙を剥いてゼノフォードに噛み付いた。
が、彼の背後からやってきたダンテがカチリと音を立ててマグナムの撃鉄を起こしたのを見て、「ヒッ」と情けない声を上げて留まった。
ゼノフォードは、威嚇をするダンテを制するように横目で一瞥してから続けた。
「君たちがやっていることは、器物損壊だ。罪に問える――犯罪なんだよ。
どうせ君たちは、『抗議』っていう名分で破壊活動をして憂さ晴らしをしたいだけの、中身が空っぽなのに見てくれも悪い劣悪品のハリボテ君なんだろうけど、違うって言うなら教えてあげよう。
破壊活動と犯罪で主張を押し通そうとすること。
それは、『テロ』って言うんだ」
ゼノフォードは、首の前でシュッと手を振り、首を掻っ切るような仕草をした。
「反逆罪でしょっ引かれたくなかったら、二度とここに来るんじゃないよ」
『反逆罪』という強い言葉に、男たちは一瞬尻込みをした。
だが、やがて。
「く、くそッ……覚えてろよ……ッ!」
そのまま立ち去っていった。
「まったく。程度の低い連中だった」
これで墓が汚される問題のすべてが解決したとは言えないだろうが、少なくとも減るのではなかろうか。
さて、後には泥だらけになった石畳と、点々と残された男たちの足跡が残された。
それを見て、ゼノフォードは「しまった」と息を漏らした。
「――汚してしまった」
しかもよりにもよって、帝国で皇帝の次に偉い第一皇子の目の前で。なんらかの罪に問われても文句は言えなそうだ。
もっとも、その第一皇子を泥から守ったのだから、少しは多めに見てもらいたい。
ゼノフォードは、くるりとマリウスの方を向いた。
「もしよければ、そのモップを貸してもらえませんか」
しかしマリウスは、その問いに返答することはなかった。
ゼノフォードは、彼がずっと――男たちに襲われているときすらも――押し黙っていたことに気が付いた。
第一皇子マリウスについて、ゼノフォードはよく知らない。
会話を交わしたのは数回だけ。生前に読んだ彼の設定資料の内容も浅い。彼は開始早々に死去するキャラクターだったため、人物像を深く掘り下げる必要がなかったからだ。
だが、マリウスが尋問中に口を開いたことや、先ほどゼノフォードに話し掛けてきたことを思えば、別に引っ込み思案というタイプではない。むしろ、思ったことがあれば物申すたちだろう。
それなのに、しばらく彼は一言も発していなかった。
臆しているわけではなさそうだ。
ただ、じっとゼノフォードを見ていた。
(――まさか、僕の正体がゼノフォードだと気付いたのか?)
帽子を目深に被っているため、顔は見られていないはずだ。
だが、背格好や帽子から出ている髪の色、あるいは声――疑われる要素はある。
と、マリウスが口を開いた。
「――前に会ったことがあるか?」
――やはり。
ゼノフォードは動揺を悟られぬよう、努めて冷静に返す。
「さあ。貴方がどなたか、存じませんから」
「私は第一皇子マリウスだ」
「……ッ」
ゼノフォードは瞠目した。
後方でダンテが「なんだって」と声を上げているがゼノフォードとしても同じ気持ちだ。
まさか、こんなにあっさり身分を明かすとは思っていなかった。
そんなゼノフォードの様子を一瞥し、マリウスは続けた。
「皇帝城で行われた午餐会で。
私を助けてくれたのは、――おまえだろう」




